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2019年1月25日 (金)

同人誌時評「図書新聞」(2019年1月26日)評者・志村有弘

No.3384 ・ 2019年01月26日


<一部抜粋>
  根場至の「啄木のDNA」(「私人」第96号)。「私」は死んだ父を憎んでいた。母に暴力を振るい、母の姉との許せない関係……。父が造った山小屋にあった石川啄木の歌集に、父は気に入った歌に丸印を付けていた。「私」は父との共通点があることを恐れながら、父の付けた印が見えないようにして、印を付けていった。その結果『一握の砂』では六首、『悲しき玩具』では共通のものは一首もなかった。好きな歌を探そうしたのは、「父から引き継いだ感性」が自分の内に「養われている」のを「確かめたかったのではないか」と思う。これが作品の梗概。心の奥底に潜む父への思い。佳作。
 波佐間義之の「スモモ」(「九州文學」第567号)は、少年時代から好感を抱いていた一つ年下のヒロちゃんとの別れを綴る。「ぼく」は陸上競技の力で就職できたけれど、壁にぶつかり、ヒロちゃんへの思いがつのる。ヒロちゃんとトシオの結婚という残酷な結末。「ぼく」の心に残る「甘酸っぱ」さと「顔を顰めてしまいたくなる」憎悪の交錯。青少年時の恋の苦さ。読ませる作品である。
 木下径子の短編「詐欺に遭う」(「街道」第32号)は、銀行協会の者という人物にカードを渡し、預金を引き落とされた話。暗証番号を知られていた不気味さ。男は捕縛されたけれど、警察は犯人が暗証番号を知り得た理由を教えてくれない。「わたし」の心には不愉快なもどかしさが残ったことだろう。詐欺の恐怖を考えさせられる作品だ。
 山口道子の「島崎商店」(「南風」第44号)も詐欺事件を扱う。煙草・菓子等を売る島崎商店のおばさんが詐欺に遭った。犯人は孫の友人で、女友達が事故を起こした車の修理代をなんとかしたいと思ったのだという。これまで交流のない広美(作品の語り手)にバス代を貸し、孫の友人を信じて五十万円を渡してしまうおばさん。孫の友人は根っからの悪人ではないが、罪を犯した瞬間、その人は悪の烙印を押される。広美の情報が詐欺グループの名簿に記されていた不気味さも看過できない。平易な文体で作品を展開させる技倆が見事。
 吉田慈平の「鬼の住む世界」(「風の道」第10号)の主人公である鬼は何かのはずみで人間世界に堕ちたらしい。作者は丁寧な文章で、人間世界に棲むものたちの醜さ、したたかさを描こうとする。地獄という言葉を聞いて懐かしく思う鬼が可愛らしくさえ見える。
 奥野忠昭の中篇「世に背く――西行出家遁世秘録」(「せる」第109号)が力作。十六歳から二十三歳(出家時)までの佐藤義清(西行)の純朴な風貌がよく描かれている。藤原秀郷の亡霊が登場するように「内容はすべてフィクション」というが、『山家集』をはじめ、中古・中世の歌人の歌集を随所に引き、義清の言動を素直な文体で綴る。待賢門院と義清ふたりの交流の姿も美しく描かれ、行尊・西念など仏教世界の人、賀茂一族の陰陽師の登場も作品に厚みを与えている。
 「どうだん」は、昨年、通巻八五二号を重ねた。どうだん短歌社が始まったのは発行人清水都美子(創刊者清水千代三女)が小学三年のとき。「坂道を車を押して登り行く年毎にこの坂きつくなりたり」という年輪を示す都美子の歌。同人誌は続けることが肝要だ。「虫のくせに優雅な名をもつしらが大夫栗の大樹を音たてて食む」と、軽妙な歌を詠む編集人吉岡迪子の努力も称賛に価する。
 麻生直子が詩集『端境の海』で、北海道新聞文学賞(詩部門)を受賞した。詩誌といえば、「コールサック」も文学を通して〈平和〉を願い、世の中の不条理を訴え続けている。(相模女子大学名誉教授)
《参照:<父を忌み嫌いながらもそのDNAが自分に流れていることを心の奥底で願う根場至の小説(「私人」)――青年期の西行の姿を綴る奥野忠昭の歴史時代小説の力作(「せる」)。詩人たちの活躍に瞠目

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