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2019年1月23日 (水)

文芸同人誌「文芸多摩」第11号(町田市)

【「誕生日」一条まさみ】
 キミエはもうじき80歳になる。歯科医から自分の歯が26本も残っているのは、いいことだいわれる。そこから歯の丈夫なDNAを受け継いだことは、幸運であるが、そこが自分の血筋を語る伏線になっている。
 キミエの両親は、重い結核により別々の病院に入院してしまう。母親は、若くして亡くなってしまう。父親は入院し、キミエは兄の翔太と弟の敬二と3人で暮らす。いつの間にかキミエは主婦のする仕事をするようになっていた。3人は成長するが、そのうちにキミエは、自分が亡くなった母の子供ではないことを知る。父親が、姉を頼って同居した母の妹と関係をもって、産ませた子供だったのだ。この自分の実の親の探求と、兄の存在を描き、勉学に強い学習意欲を結実させるまでの生活の苦労を描く。時代の説明をしないで、出来事と場面で時代背景を表現する文章力には、非凡なものがある。
【「地底からの出征兵士」木原信義】
 昭和13年、日本の近代社会(モダン)は欧米列強に対に方を並べようと、中国大陸侵略戦争を展開する時代に入る。この時期、欧米から資源の供給を止める経済制裁がはじまる。
 炭鉱夫の高橋正勝は、国家総動員制により、徴兵される。国内資源の開発も重要だか、兵士の必要性も増していた。そのなかで正勝は出征前に結婚し、妻の兄が危険な炭鉱事故で亡くなっていることを知る。国家主義社会の桎梏のなかで、自分の意志にそぐわない行動をさせられる民衆の姿を論理性をもってきちんと語られている。
【「書との出会いと良寛の般若心経」佐久健】
 敏行は書道や絵画など、文人趣味に多才なものをもつ。そのなかで良寛の「般若心経」の挑む。すると良寛と対話をしているような気分になる、という話。自分は書はやらないが、般若心経のなかの「空」について「空」という概念のない時代の「金剛般若経」を座禅道場で修行体験をしたことがある。その境地がどのように維持できるか、これからの自分の課題であることから、興味深かった。
【「ある老姉妹の戦後」原秋子】
 多摩丘陵に住む「私」は、地域のカルチャースクールで、学徒出陣した婚約者を11年間待ったという先生に出会う。そこから、老姉妹の戦時中の苦労が語られる。この間の作者の挟む四季の風景の表現が透明感をもっている。暗くなりがちな話に光を与えている。
発行所=町田市中町2-18-10、日本民主主義文学会・町田支部。事務局=町田市南大谷1637-7、神林方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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