文芸同人誌「アピ」第9号(茨城県)
【「百歳の母の人生」田中修】
寿命が百歳というのは、日本ではそう珍しいことではないようだ。だが、亡くなったのは作者の義母。東京電力福島第一原発の事故により避難指示区域になったところが長年の住まいであった。作者の夫人の実家で、そこは、南相馬群小高市で、原発から北西訳10キロ、海岸から約5キロメートル(5メートルを訂正)程、離れているという。山沿いにあったために津波の影響はなく、地震で屋根瓦の一部が破損しただけだという。
原発の事故の津波を考えると、そんな地形があるのか、思う人もいるかと思うが、変ではない。原発は冷却水の放出の費用策削減のため、もとは高かった山地を切り崩して低くしたのである。それで、津波を被ったのである。それが電源喪失の唯一の原因とは限らないという説も出てきている。ともかく、義母が事故に遭遇した時は、93歳であった。避難に行政からの指示もなく、避難場所を転々と変え、やっと親戚の家に落ち着いたという。避難生活では、死んだ娘のところに行きたいと言っていたそうだ。その後、体調を崩して入院すると、そこでアクリルたわしを作って、配ったそうである。不幸な晩年生活で、震災関連死者のひとりであろう。それでも、最期は穏やかなものであったという。
【「混沌の地平線」西川信博】
何とかタウンという場所で、アパートを借りている僕と妻の二人の生活のなかでの、出来事を描いたもの。妻は、普通の人には見えないものが見える。小さなコンピューター会社のプログラマーである僕もそれを受け入れて、暮らす。会社はブラック企業的な社員待遇で、35歳ぐらいになると、退職を仕掛けてくるようになる。
こういっても意味はないほど、人間的な精神の運動を中心に話がすすむ。実に文学的センスに優れ、純文学的な面白さで、読者として惹きつけられた。かなりの才能ではないかと、期待させられた。
【「エルムの丘へ」さら みずえ】
敗戦後の帰還兵であった康冶は、青函連絡船に乗って北海道の炭鉱労働者となる。彼と家族は、さまざまな難を逃れ、鉱山会社の無事勤めていたが、働き手の康冶が、十勝に旅行に行って、その広大な風景に見せられ、そこで農地を買い農業を始めるまでを描く。手堅く丁寧に、話が語られる。ただ、メリハリに欠けるのは、言いたいことの何かの表現が足りていないのかも。
〒309-1722茨城県笠間市平町1884-190、田中方。「文学を愛する会」
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
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コメント
早速アピ9号をご紹介戴きありがとうございます。伊藤さんの御批評書き手にとって大変参考になります。
私のエッセイ「百歳の母の人生」の中で、海岸から約5メートルと書かれていますが、約5キロメートルですので間違いかと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: 田中 修 | 2018年12月12日 (水) 19時35分