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2018年12月 4日 (火)

文芸同人誌「文芸中部」109号(東海市)

【「開化の新聞屋」本興寺 更】
 文明開化を時代背景にした小説の題材は、昭和時代には、時代小説か現代小説かの分け方が曖昧に見えたらしく、読まれないという話があった。だが、平成も終わりの現在となると、もう時代小説として読まれるであろう。
 本編は、瓦版から新聞に変わったばかりの頃の話。真三は情報屋の探ってきたネタを元にして巷間記事を書いた。すると、投書があって、記事にした家族の居所を教えてほしいという。筆文からして武士らしき手紙である。そうはいっても簡単に教えるわけにはいかないので、渋っていると、本人が新聞社にやってくる。やはり武士で、上野の彰義隊の生き残りで、戦いで怪我をしていたとことを、記事の家族にすくわれたのだという。恩人にお礼を言いたいという。実は、真三の兄も彰義隊の戦いで行方不明になっているので、武士の話を理解し、あらためて上野を探すがみつからない。
 しっかりした時代背景の描写と構成で、時代を超えた戦争の悲惨さを良く表現している。
【「でんでれりゅうば」広田圭】
 江戸時代、長崎の出島でオランダ人たち唐人の相手をする芸妓たちは、キリストの絵踏みをさせられる。白妙はオランダ人との間に伊助という生後間もない息子と、苑というその姉を産んでいる。しかし、伊助と妙の父親のクルトは、伊助だけを連れてバタビアに赴任してしまう。それから何年かして、クルトがオランダに帰ったという噂を聞く。そしてさらに、時が経て、若いオランダ人がやってくる。その接待を手伝う白妙は、そのオランダ人が伊助と妙が幼児のころ唄っていた「でんでれりゅうば」をうたったことで、彼が伊助であることを知る。オチの効いた時代小説である。
【「絹のストッキング」ケイト・ショパン作、吉岡学訳】
 翻訳小説というのは、同人誌でも掲載されるようになった。本作品は、ソマーズ夫人が、たまたま15ドルが手に入ったことから、気に入っているストッキングを買って身につけるまでの、精神的な面での矜持を高めるというもの。買い物をするにも、女心の揺るがぬ信念と自意識の働きがあることを短く表現していて、読んでいて何のさわりもなく、ソマーズ夫人の心理に没入できる秀作である。
 というより、描き始めから、本題を提起し、その様子がどうであるかを、すっきりと描き、主題を浮かび上がらせるーー。正当な小説の形式に安心感をもつ。読んでいて、話があっちに行き、こっちに行き、結局何を伝えたいのか? 作者に心の整理のついていない話を読むのも疲れるものだ。ただ、自分は良く書けた作品だけを読みたいわけでもないのでーーそうなら市販してる職業作家のもだけを、読めば良いのだから、そうもしているがーー、小説に対する意識の変化を、ここから読みとっているので、時間の無駄とは思わない。ただ。下手でもないが、主題のわからない小説の推理をしているなかで、このようなすっきりとしたものが読めるのは、清涼剤である。
【「回生の六月」堀井清】
 独自の文体を確立し、それに合った素材を使って、修練の技をみせる作者である。自分は、それほど新しい展開を期待しないで安心して読んでいた。しかし、今回の作品では、開拓者精神の一端をみせて個性的な方法で、家族、特に老いた父親と息子の関係を描き出している。息子の結婚式の前日に、母親が自死し、結婚を取り辞めて以来、息子は結婚をしていない。彼は40代になる。婚約者であった女性は、他の男と結婚。子供がいるシングルマザーで、息子と再会する。父親の死への覚悟と、かつての婚約者であった女性と未来に向かおうとする。その語り口のなかに、作者の長い人生体験が反映されており、読み応えがあった。
発行所=〒477-0032東海市加木屋町泡池11-318、三田村方。「文芸中部の会」
紹介者=「詩人回廊」編集者・伊藤昭一。

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