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2018年12月28日 (金)

【文芸時評】1月号(産経新聞12月23日) 石原千秋教授

--2頁から抜粋ー
もし近代国家も崩壊した果てに、AIが物語を作ったらどうなるだろうか。AIが物語を作ることそれ自体が問題なのではない。AIが作った物語を人々が物語だと心から信じたときが、人類が人間ではなくなるときだ。ミシェル・フーコーは、世界の主体としての人間の終焉(しゅうえん)を説いたが、それとはちがった意味での人間の終焉がはじまっているようだ。僕たちは自らを理解するために、「人間」とはちがった言葉を用意した方がいい時期にさしかかっている。
 河出新書再始動第1号の橋爪大三郎と大澤真幸との対談『アメリカ』は、アメリカの政治から思想までをも縦横に語った読み応えのある本だが、このアメリカは明らかにトランプ以後のアメリカである。大澤は、いまのアメリカは本気でキリスト教を信じている一握りの人々がいるから、まあアメリカはキリスト教国家としておこうという「なんちゃって」キリスト教国家だと言うのだ。僕たちは、これまで自らを人間と呼んできたから、まあこれからも人間と呼んでおこうという「なんちゃって人間」になってはいないだろうか。
《参照: 【文芸時評】1月号 僕ら「なんちゃって人間」?! 早稲田大学教授・石原千秋 》

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