文芸同人誌「弦」第104号(名古屋市)
【「誤審」長沼宏之」】
私立高校のサッカー部の大野監督は、部を強くするため、これまでは比較的に順調に成果を上げてきたが、このところの成績があまりよくない。このままでは、監督責任論が出るかもしれない。そうしたなかで、試合中にゴールを揺るがしたシュートに対し、審判の明らかな「誤審」とも思われる判定に、ノーゴールとされ試合に負けてしまう。そのなかでの選手起用の苦労を語る。現代小説らしく、サーカーの試合の様子が活写されている。その部分はいいが、ほかの問題提起のしかたが平版なような気がする。この話の進行のバランスの難しさを感じさせる。
【「女優」市川しのぶ】
舞台女優に徹して、昭和平成と活躍していた女優が、外出するための玄関先で倒れ亡くなってしまう。その人生を友人が語る。最初から、話の顛末を明らかにして、それから過去の歴史を語る手法は好感が持てる。そのなかで、友情の在り方や、女優魂が語れるが、結婚をしないで女優業に徹した生き方に、納得させられる。
【「さよ」フランシス和田】
24歳年上の夫を亡くしたさよが、若い男と恋をする話。60代の女性で、まだ色香の豊かな女性多い時代を反映して、ひとつの恋愛小説にしている。
【私記「九ヶ月の記-夫との二八二日」小森由美】
長年連れ添った夫が突然発病した。自宅にいて脳動脈瘤が破裂したのだという。救急車で要因へ、くも膜下出血の重いものだとわかる。手術してからの治療と、亡くなるまでの日々が記録されいる。どのような状態であったのか、一部始終が語れる。他人ごとでなく、自分もそうなるかもしれないと、我が身に照らしながら、読み入ってしまった。
【「はざまの海」白井康】
パナマ運河を通行する貨物船の船会社、船長、船員たちの物語。船乗りでないとわからない仕事ぶりが具体的に描かれ説明されている。このなかで、水夫長のことを「ブースン」ということがわかる。じつは、自分は土木工事での現場代人に取材したことがあるが、そこでは、職人の親方を「棒心」(ボーシン)と呼ぶ。これは、船乗りのボースンからきたものではないか、ということだ。
【「桜人」森部英生】
大学教授を定年前にか、定年後も講師をしていた学校を自ら早めに止めた「私」高原。
その後、代官山の住まいを売って、故郷の名古屋に帰る。そこには義姉がいて、新しい物件を探してくれている。その名古屋に帰るのに、新幹線を使わずに東海道線で各駅のおもいでなどを回想する。筋のないような、私小説風なスタイルの創作であろう。作者のディレッタンティズム精神の横溢する作品で、長いが読ませられる。今後の同人誌作品のひとつの方向性を示唆するところもある。
【「蝶の来る繰る庭」木戸順子】
語り手のわたしは、夫が少年の息子を載せて乗用車を運転していて、事故を起こし、息子だけが亡くなってしまう。それ以来、夫との夫婦関係がうまくいかなくなる。空虚な心をかかえた私は、ブランティアの子供食堂を手伝いはじめ、その子供たちに息子の面影を視てしまう。文章運びも良く、筋立ても構成もきちんと整っている。とくの文句もないが、計算通りにおさまっていることで、物足りなさもある。
【「同人雑誌の周辺」中村賢三】
本誌には、全国から送られてくる著書や同人誌のリストが掲載されている。かなりの数である。そのせいか、筆者は毎号、同人誌作品を評している。前から読んでいて、これをどう紹介するか、考えていた。全文公開したいがそうもいかない。対象となった同人誌作品をリストアップしてみる。
--「闇の色」宇佐美宏子(「海」97号・三重県いなべ市)」/「雑記―あらのー1」山口馨(「渤海」76号・富山市)/「身の上ばなし」富岡秀雄(「季刊作家」91号・愛知県)/「晩節」棚橋鏡代(「北斗」649号・名古屋市)/「不登校、そのわけ…」鈴木孝之(「彩雲」10号・浜松市)/「父の面影」西学みゆき著(葦工房刊・三重県)/「明日は明日で」高橋惇(「法螺」77号・大阪府)/「短い夜、」弐番目に陥る」堀田明日香(「じゅん文学」96号・名古屋市)/「肺ガン病棟の三十日」水上浩(「果樹園」31号・豊川市z)/「風寒し」野沢菫子Z(「長崎文学」88号・長崎市)。
事務局=〒463-0013名古屋市守山区小幡中3-4-27、中村方「弦の会」。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。
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