文芸時評11月(産経新聞)石原千秋教授
文芸賞は、日上(ひかみ)秀之「はんぷくするもの」と山野辺太郎「いつか深い穴に落ちるまで」の2作品。「はんぷくするもの」では、震災の被災地で仮設店舗を経営する毅の母が、客の古木さんに三千円ばかりの金を貸すが、古木さんは返さない。そのわずかなお金がこの地域の生活を壊していく。生活がお金を必要とするのではなく、お金が生活を回していく(はんぷくすること)ありさまが日常の中で語られていく秀作だと思う。「いつか深い穴に落ちるまで」は、日本からブラジルに最短距離で行けるような穴を掘る話。僕も子供の頃、そういうことができればいいと思ったものだ。そのバカバカしい話を大まじめに書くのがいい。しかし、「結末があまりにも安易」(町田康)という選評はその通りだ。
新潮新人賞は、三国美千子「いかれころ」。南大阪エリアを舞台に、差別問題と姉妹の結婚問題とを絡ませた作品で、谷崎潤一郎『細雪』と中上健次の諸作を混ぜて薄めてひっくり返したような作品。幼い妹の視点から語られるからそれが強くは出ない。この「新人」は「自分らしさ」を壊す力があるように思えた。
すばる文学賞は、須賀ケイ「わるもん」。これもある一家の出来事を幼い子供の視点から書く。したがって、何が起きているのかその全体がわからない。全体が家族の異化になってはいるが、それだけの作品だと思う。
《参照:産経新聞2018.10.28 早稲田大学教授・石原千秋 「自分らしさ」を壊す》
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