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2018年9月 5日 (水)

文芸時評8月(東京新聞)今の世界、社会、時代、日本=佐々木敦氏

 古市憲寿(ふるいちのりとし)「平成くん、さようなら」(『文学界』9月号)は、同誌4月号の「彼は本当は優しい」に続く、人気社会学者の二つ目の小説である。「平成くん」は語り手の女性の彼氏のファーストネームで、「ひとなり」と読む。彼は一九八九年一月八日、すなわち「平成」の始まりとともに生まれ、大学の卒論が二〇一一年三月十一日の東日本大震災に関連づけられて書籍化されたことをきっかけに、あっという間にメディアで引っ張りだこになった。有名な漫画家だった亡き父親の著作物の管理をしながらアニメのプロデュースやイラストを手掛けている「私」は、平成と付き合うようになり、現在は同居している。物語は、彼女が平成から「平成」が終わるとともに安楽死をしようと思っていると告げられたことから始まる。
 誰もが平成に作者自身を重ねて読んでしまうわけだが、私はテレビを普段まったく観(み)ないので、古市憲寿と「平成くん」が、どの程度似ているのかはわからない。実際よりもさらに人間らしさの足りない無機質な人物として描かれているようにも思える。それはともかくとして、作者の狙いはもちろん、このような非常にフィクショナルな設定を使って平成という時代の終焉(しゅうえん)を浮かび上がらせようとしたということだろう。そしてそれはかなり成功している。情報量の多い内容を軽快に捌(さば)きつつ、きわめて読みやすい文体でサクサクと進んでゆくストーリーは、ラストで思いがけぬ湿度を帯びる。
 だが私にとって最も興味深いのは、何よりも古市憲寿がこれを書いたということである。
《参照:古市憲寿「平成くん、さようなら」 鴻池留衣「ジャップ・ン・ロール・ヒーロー」 佐々木敦

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