文芸同人誌「私人」第95号(東京都)
【「苦しいとき」えひらかんじ】
小さな建築事務所を経営していたが、バブル崩壊で仕事を失った。その時の状況がタイトルにある「苦しいとき」のことだが、東京・九段の事務所ビルの建て替えや、海外の仕事の受注など、その当時の思い出を語り、現在は静岡の富士山の見える土地に邸宅建てて悠々自適の生活らしい。苦しい時に、誰に読ませるともなく自分史を執筆することで、悩みが忘れられたという。
【「沖売り」根場至】
静岡の清水港に出入りする外国船に、小船で物を売る仕事を「沖売り」というらしい。それで商売をする一家の主人が病気で入院する。そこに失業者の旅人が現れ手伝いをする。ホームドラマだが、NHKテレビの風土記的放送を見て、参考にしたとあるから、なかなかの創作力である。
【「ステンドグラスの夢」杉高志】
妻子のある中年男が、年若き清純な女性の涼子と知り合い、恋に落ちる。お互いに大切にし合いながら交際を重ねる。そして、二人秘かに旅に出て、二人だけの一夜を過ごす。しかし、一紙まとわぬまま、褥をともにしながら、女性の躊躇によって、肉体を交わることをせずに過ごす。クリスチャンのために聖書のソドムとゴモラの神話を暗示的に組み込み、ありえるとも、ありえないとも言える綺麗なロマンの表現になっている。完成度が高い。
【「雪片のワルツ」みず黎子】
冒頭に東京に住む沙也は、新聞報道で、北国で住宅に床下で片脚の切断された女性の白骨死体が見つかる、とあるのを読む。沙也はこの地で東京の大学に行く前に、バレー教室のアルバイトをする。そこに錦織というバレートウシューズの販売員がいる。17歳はの彼女は、錦織の脚曲線に対する美意識に心を惹かれる。彼女も美しい脚をしていると自負していたが、彼の関心を得ることは出来なかった。そして東京に出て、美脚フェチの夫と結婚し官能的な満足をえて平穏な生活を送っている。北国の猟奇的殺人らしき記事を読んだ沙也は、犯人は錦織であるという想いを強める、という話。短いが読者の想像力を広げる余白の部分が大きく、センスの良さが光る。
【「つぎはぎ姫」なかじまみさお】
平和で退屈な日常をただ文章で書き起こすことを脱出しようと、身内に人間の他者への生まれ変わりや、霊的な超常現象を組み込むが、意欲だけが先行し、効果は曖昧になっている。
発行所=〒163-0204新宿区西新宿2-6-1、新宿住友ビル、尾高修也教室。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。
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