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2018年8月 6日 (月)

「仙台文学」92号(仙台市)

【「波路上杉の下―南陸海浜の記憶⑤-」近江静雄】
 東日本大震災3・11の被害と地形の変化を、三好隆一が確かめる記録となっている。そのなかで、愛宕山地福寺には、明治29年6月15日にも大津波災害があって、「階上村誌」(はしがみ村誌)という記録が残っているという。それは「すびとれた」という方言の残っている由来から記されている。
 明戸集落地区の死者は4百人以上におよび、遺体の収容もままならず、
「市場に鮪が並べられたように、地福寺の参道に並べられ、上には蓆(むしろ)を掛けただけだった」と、村誌には記されているーーとある。
 折しも、第159回芥川賞候補になった北条裕子「美しき顔」では、石井光太「遺体」(ノンフィクション)の表現
「床に敷かれたブルーシートには、二十体以上の遺体が蓑虫(みのむし)のように毛布にくるまれ一列に並んでいた」という表現に酷似しているところがあると指摘された。
 北条裕子「美しき顔」では「すべてが大きなミノ虫みたいいなってごろごろしているのだけどすべてがピタっと静止して一列にきれいに並んでいる」となっている。
 作者は、福島に行ったことはないらしいので、体験ドキュメント「遺体」の表現が時代を反映をしたものとして、印象に残ったので流用したのであろう。参考資料として、「遺体」作品などの記載がなかった、ということで講談社が編集ミスとしている。たしかに著作権問題に至るものではないと思われる。時代を経てた後に、どちらの作品が多く読まれるかは、わからないものがある。ただ、本作で指摘している「階上村誌」を参考に表現の工夫をしていれば、著作権はないので、このような問題は、起きなかったであろうと思う。
【「海音」渡辺光昭】
 高校教師の前島は、考え事をしながら雪道を自動車運転しているためか、スリップをして車を傷つけてしまう。そこから、父親が肺がんの疑いがあるので、検査をしなければいけないのだが、父親は検査を受けたがらない。前島が結婚したとき、父親はその嫁が気にいらず、仲がうまくいかない。
 その問題と、生徒の日野遼太が、海水浴遊びにいき、ほかの二人の友人と出かけるが、そのうちの一人が、遊泳中に溺れて死んでしまう。彼は泳いでいる時に、こむらがえりのような、脚がつったのであろうか、遼太にしがみつこうとしたらしい。そんなことをされたら遼太も動きがとれなくなり、二人とも溺れてしまう。そこで、遼太は友人を足で蹴り突き放す。そのことを誰にも言えず、その罪の意識を示した心境をノートに手記にし、教師の前島に渡す。
 いろいろな話の要素から、ここでは遼太の罪の意識と、教師の前島の父親との葛藤における父への対応の罪の意識が重なり合うことになる。話がどこに向かうかと思わせたが、うまくまとめる方向になっている。
 罪の意識がテーマなると、夏目漱石の「こころ」が有名だが、こうした作品を読むと、こうしたテーマの扱いの難しさを感じる。
【「夏目漱石詩一篇の謎(23)水底慕情」牛島冨美ニ】/【「直木三十五短歌一首の謎(24)心に多くの人間を棲まわせた大衆作家」同】
 文芸批評を身近に読めるように、謎を設けて追及するという巧い手法で、その時代の人、社会、関係者の話題を提供するもの。資料を駆使したエピソードが面白い。
 夏目漱石では、華厳の滝に投身した藤村操に対する思い入れや、藤村の噂について、知られざる話題を提供している。
 また、直木三十五については、大衆小説作家としての活躍し、菊池寛が直木賞という証を創設したほどであるが、現在はほとんど読まれることがない。
 これらの評論は、学問的ではない。我々がなぜ文学作品や作家に興味をもつかとなると、単なる余暇の過ごしや、気分転換のほかに、自らの生き方への問いかけという、切実な関心も含んでいる。
 本評論と解説は、そうした問題と密着した書き方をしているところが、なかなか優れていると思われる。
発行所=〒981-3102仙台市泉区向陽台4-3-20、牛島方「仙台文学の会」。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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