« 「小説は、紙と鉛筆さえあれば書ける」高橋弘希氏 | トップページ | 情報の秘境探検のひとつの分野としての文芸同人誌 »

2018年7月28日 (土)

文芸同人誌「星灯」第6号(東京)

【「リベンスキー『一週間』の受容と展開―英国・日本・中国の国際的拡がりのなかで」島村輝】
 ロシアのプロレタリア文学者リベンスキーの「一週間」という作品は、1922年の発表当時から評判で、アジア各国に翻訳されていたそうである。これと小林多喜二、井上ひさしなどの作品と、弾圧時代の共産党員の動向や小林多喜二の創作活動の状況が明らかにされている。とくに池谷信三郎の日本語訳の経緯を読むと、その時代の知識人の意識と、民衆の社会意識の反映が読みとれる。関東大震災の混乱した雰囲気に、民衆が巻き込まれた事情などを考えてしまう。
【「井上ひさし『一週間』―そして多喜二『地区の人々』を読む」佐藤三郎】
 井上ひさしは、多喜二の党生活とその創作について、随分多くの者を書いていたらしい。ここに出てくる(M)というのはゾルゲ事件にもつながる松本某のことであろうか。この論でもMの人物が多く出てくるので、わからないところだが。いずれにしても、国内問題を外国との関係に大きく影響されることは、現代でも同じ。情報化時代のなかで、海外からの視点で自国の状況を考えることの重要性を感じる。
【「戦後反共風土の形成――山崎豊子『沈まぬ太陽』を手掛かりに」本庄豊】
 日本共産党という政党は、保守系派の政治家と民衆のイメージダウン対策の的になることが多い。大衆ポピュリズム的な中傷のなかで、国民に一定の支持を獲得しているのは、民衆に平衡感覚が存在していることを示している。
 なかでも、文学的には思想的なビジョンが確立しており、社会性の強いものが支持されている。ここでは、山崎豊子の作品の解説である。テレビドラマ化されたものなどを、自分は見ているが、全体を俯瞰した評論は大変に勉強になる。関心を持って読んだ。人間の道徳感は、理論的に理解していても、組織内での自己利益のため、倫理感を優先するという傾向もある。その調和の道を見つけることができるのか、その答えはないのだが、探して行くしかない。
『「『負け犬の社会主義』にならぬためーー共産主義でいこう!」紙屋雪』
 「負け犬の社会主義」というものが、どういうものかわからないが、ロマンチックである。個々に取り上げている思想には、少し理解できるものがある。
 まず、安倍政権による働き方改革関連法は、経団連の巨大資本の要請で実現した。現代の資本主義のあり方は、現在の民主主義システムを破壊する方向にあるということである。マイナス金利になった日本資本主義は、利益の産み場を失い、労働者を安く働かせて、そこで生まれた利ザヤを得るという方向にきていることが分かる。
 また、ベーシックインカムについて、ここでは実現可能性を論じているが、その欠点についての視点がない。日本の年金制度において、運営の問題点が指摘されているのは、その資金の多くを国民が出資しているため、内部情報を知る権利があったからである。ベーシックインカムのように、公務員が支給する仕事になると、それがまるで自分の権力で、国民に恵んでやるという意識から、権力化する危険がある。気に入らないらない意見の持ち主には「お前には支給を止めてやる」と恫喝する可能性がある。ロシア革命後にしても、レーニンやトロツキーなどは、政策の具体的で公平な実行者を国民がどうしたら選別できるかを、議論している。スターリンの独裁でその発想は抹殺されったが。今後は、官僚を選挙で選ぶのも一方法であろう。
【「情勢と人生の曲がり角でー昭和30年代からー加藤周一論ノート(5)」北村隆志】
 昭和は長く、社会的な激動の時代である。ステージごとの状況判断が、その時ごとに変わってくる。加藤周一というと、現代を生きた評論家と言える。時代ごとにその観察と解釈をしているようだ。
 ここでは、加藤周一が1949年の「文藝」10月号で「文学は時代を作るもので、時代を反映するものではない」「人生の原型をつくるもので、人生を模倣するものではない」と記しているそうである。これはこの時代における文学が生活文化カルチャーの主流を占めていた時代のものであろう。
 現代はあらゆる情報手段のなかで、文学のカルチャーに占める比率の低下から、それが妥当ではないと思えて仕方がない。そのことが大衆ポピュリズムの席巻を招いているのではないか。
発行所=〒182-0035調布市上石原3-54-3-210、北村方。「星灯編集委員会」。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

|

« 「小説は、紙と鉛筆さえあれば書ける」高橋弘希氏 | トップページ | 情報の秘境探検のひとつの分野としての文芸同人誌 »

コメント

丁寧なコメントありがとうございます。FBの星灯のページで紹介させてもらいました。

投稿: 北村隆志 | 2018年8月 2日 (木) 12時35分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「小説は、紙と鉛筆さえあれば書ける」高橋弘希氏 | トップページ | 情報の秘境探検のひとつの分野としての文芸同人誌 »