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2018年7月12日 (木)

文芸同人誌「胡壺」第14号(福岡県)

【「緑の花」井本元義】
 病を得て入院中の77歳の男性「私」が、自分の容貌の醜さや、自己存在の意味性の薄さを意識しながら、これまでの人生遍歴のなかで文学に傾倒した記憶をかたる。
 若い頃は、香港の街に憧れた。中国語習得グループの教室「緑の会館」に参加する。そこで、小美という日系中国女性に出会い彼女の個性と美しさに魅せられる。そこから、「私」の美意識と欲望の遍歴が語られる。一応、物語的に論理的なつじつま合わせにも、わかりやすく読めるが、それが読者サービスになるのだろうか。そのことが、内面的なイメージの飛躍を押さえているかも。中国文化への耽溺が表現されている。話はちがうが作者は、6月に閉店した新宿の文壇バー「風紋」の東京新聞記事に客として、コメントを述べている。文学的な遍歴キャリアの豊富さがわかる。
【「夜の庭」ひわきゆりこ】
 男は、世間のしがらみから離れ、勤めをやめ、見知らぬ街の見知らぬ貸家に住む。物語のようなものはない。だが、男の出会う不動産の女や、貸家の大家の女性の風変わりな描写が面白く、見知らぬ街での男の自由な新生活ぶりが、興味深く読み込むことが出来る。小説という表現の必要条件を満たしているので、架空の謎めいたの世界の中でも説得力をもった存在感がある。
 作者の「自作を語る」には、優れた絵画の風景には、その世界に入り込んでしまいたくなる気持ちにさせるものがあるーー。という趣旨がある。
 たしかに、小説の男は、風景画の世界に入り込んでしまったのか、と納得する。その意味で、成功している。要因には、男の設定があらゆる世間のしがらみから解放された状況にしたことであろう。そういうことがあったらいいなと、読みながら羨望させるものがある。心がのびやかになる。同時に、風景画のなかの生活を味わう精神を、文学作品として描くという希有な世界を表現していることで、貴重な作風に感じた。具体的な名画を選んで、その世界に入った話などもぜひ読みたいものだ。このジャンルでの専門作家になることにも期待したい。
【「凶暴犬とガマガエル」雨宮浩二】
 福岡に仕事で赴任してきた僕は、街中で野犬に襲われて、近くのジャングルジムに上って危機を逃れる。その時の犬の表情に恐怖を覚える。その事件があってから、ある人間との接触の時に、普通の何げない表情の中に、凶暴犬の表情があるのを見つけてしまう。
 常識的に見れば幻視にすぎないのかも知れない。ここでは人間の本質の中に、優しさと凶暴性が同時に保持されており、凶暴犬の性質は誰にでも隠されているのではないか、という恐怖感を表現する。
 会社でクレームを処理する仕事をしているが、昼弁当を買う店の販売担当者の女性との交流や、会社にクレーム電話をする男の存在など、話の展開は豊かである。僕は常に、未来に対して恐怖と警戒心をもって生活しており、その心理がスリリングに伝わってくる。
 本作の「自作を語る」によると、凶暴犬にやられたことは実体験らしい。それがいまだにトラウマになっているようだ。ただ、それから離れて読んでも、我々がの現状がそのまま継続するとは、限らないことに対する鈍感な社会の雰囲気を擬人化して表現するのに成功している。動機不明な殺人事件などのニュースが飛び交う日本の社会不安が巧みに暗示されている。
【「戻れない場所」桑村勝士】
 東京で官僚となり、産業行政の担当者の身分で、出身地の工場団地企業招へい活動を視察に行く。そこでの用事を済ますと、かつての青春をすごした地域に行ってみる。
 そこから時間は、過去にもどる。中学校と親しい悪ガキと、溜池でのルアー釣り(作者好みらしい)。そして、いじめをする別の悪ガキ。そこでの復讐など。
 しかし、現在ではため池は埋められて近代的な街になっている。完全な断絶の帰れない場所になっている。一種のビルドゥングス・ロマンの変形とも読めるが、そうした分類が適切かどうかは、わからない。
連絡窓口=〒811-2114福岡県粕屋郡須惠町上須恵768-3、樋脇方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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コメント

伊藤昭一様
暑中お見舞い申し上げます。まだ夏休みも始まっていないのに猛烈に暑いです。これからの長い夏が思いやられます。
拙誌の感想をありがとうございます。読み取ってくださり、とてもうれしいです。
メンバーで集まり、同人誌の方向など話しました。以前とは状況が異なり、同人誌評も減ってきています。そんな中、自分の作品をメンバーだけは真剣に読み込んでくれることが美点である、ことに落ち着きました。
文芸同士会通信の記事はとてもありがたいです。私は同人誌作品の感想を書くまではゆきませんが、この文化が続いてゆくように手伝えたらと思います。
どうぞ健やかにお過ごしください。

投稿: 樋脇由利子 | 2018年7月17日 (火) 10時05分

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