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2018年6月 4日 (月)

文芸時評5月(東京新聞)=北条裕子、乗代雄介の作品=佐々木敦氏

群像新人賞受賞作の北条裕子「美しい顔」(『群像』6月号)は、大変な力作だ。「選考委員激賞」とあるのを横目で見つつ、どれどれお手並み拝見といった気分で読み始めて、すぐさま瞠目(どうもく)した。そのまま熱に浮かされるようにして一気に読み終えてしまった。これはちょっと相当に凄(すご)い小説である。力作と書いたが、まさに言葉に宿る「力」が尋常ではない。
 この小説で描かれるのは、二〇一一年三月十一日の出来事、あの日から始まった出来事である。語り手の「私」は十七歳の女子高生で、重篤な被害を負った地域に住んでいた。巨大な津波によって自宅は流されてしまったが、十歳年下の幼い弟とともに九死に一生を得て、現在は避難所にいる。父親は五年前に亡くなっている。看護師の母親とは連絡が取れない。当初は水や食糧も枯渇する状況だったが、東京のテレビ局が取材に来たことをきっかけに、避難所にはさまざまな支援が寄せられるようになる。そんな中で「私」は被災地に住むけなげな少女を、内心は底知れぬ忿怒(ふんぬ)を抱えながらも上手に演じて、そのことによって余計に胸の奥にどす黒いものを貯(た)め込んでゆく。この小説はそんな「私」の独白である。
  荒削りな作品ではある。モノローグの勢いが強過ぎて、その速度に書き手が酔っているように思えるところもなくはない。だが、細かな弱点を全て勘案したとしても、これは本物の小説である。むしろ生半可な小細工や技術には目もくれず、ただひたすら真正面からあの出来事に向き合っているさまに感動を覚える。作者は一歩も後ずさりをしようとはせず、逃げていない。こういうことはめったに出来ることではない。
 同じ雑誌に、やはり群像新人賞出身の乗代(のりしろ)雄介「生き方の問題」が載っている。デビュー作『十七八より』以来、私としては、文学や哲学思想にかんする豊饒な衒学(げんがく)趣味に彩られた、凝りに凝った語りの戦略に感心させられつつも、いつもどこか策士策に溺れる的な弱さや甘えを感じなくもなかった。だが、今回は素晴らしい。
 全編は、二十四歳の「僕」が「貴方(あなた)」こと二歳年上の従姉(いとこ)に書き送る一通の長い手紙という体を取っている。ほんの幼い頃から「僕」は「貴方」を思慕してきた。十代になるとそれは欲情の形を取ることになった。しかし大人になってからは顔を合わせることもなくなり、やがて二人の子供を抱えて離婚したという話だけが伝わってきた。手紙が送られる一年前、突然に「貴方」から連絡があり、二人は久しぶりに再会した。手紙は、その日の一部始終を極めて詳細に綴(つづ)ってゆく。
《参照:北条裕子「美しい顔」 乗代雄介「生き方の問題」 佐々木敦

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