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2018年5月26日 (土)

総合文芸誌「ら・めえる」2018・第76号(長崎市)

 【「疼く街」櫻芽生】
 雪乃は思春期に、家族の居ない時に、家で昼寝をしていると、いつの間にか大家が合鍵を使って、家に入り込み雪乃にのしかかられる体験をしていた。肉体的な傷は受けずに至ったが、その恐怖感は、暴行されたと同様であり、心に深い傷を残す。そのことは大学に進んでもトラウマとして残り、男性に対する「ケモノ」意識は消えない。
 それは成人男女の交際にも支障をきたす。そのなかで、女遊びの巧い妻帯者の淳一郎と知り合い、誘惑に乗って関係をもつ。妊娠をしたが、男は中絶すればよいことと、言い切り縁遠くなる。しかし、それでも淳一郎は、妊娠中の雪乃にふたたび接近してくる。そ
こで、雪乃のケダモノ感覚が沸き上がり、男を刺してしまう。
 構成にひとひねりがあり、文体はですます調で、文芸表現的に含みの多い意欲作。現在、セクシャルハラスメントにおける、女性の心の傷の深さにスポットがあてられているが、その流れを反映して、すばやく作品化されたところに、多くの女性たちの男性社会に抑圧さてきた様子が推察できる。
 【「人事今昔物語―人事部S君の苦悩―」関俊彦】
 おそらく事実は、歴史をもつ大企業の話であろう。S君が人事部に配属されて、それまで知らなかった総務の人事部のさまざまな、特別な仕事の多さにおどろくという体験談。
 給与の振込口座の別口システムがあったのが、それをなくしたら、社員が愛人をかこっていたことはわかるとか、社会の有力者や得意先大企業の係累だと、無能でも採用しなっければならず、その対応に苦慮するなど、とにかく面白い読みものである。
 【「富の原伝説」古道まち子】
 歴史的にみると、古代から九州全体が自治独立体の集まりであったろう。長崎県大村市富ノ原にも古代の遺跡があるという。その状況の説明がある。すると、その語り手が、透明な存在となって、その時代にタイムスリップし、本土権力と富ノ原の人民との交渉に巻き込まれる。こうした地域の知られざる歴史に興味をもたせる巧い手法と感心させられた。
 【「核禁止条約成立後の廃絶運動探って」嶋末彦】
 いかにも長崎の地域性を前面に打ち出した評論である。条約の決議の時に、日本政府の欠席に失望する田上市長に手元には、故人となった長崎原爆被災者協議会の谷口稜瞱会長と土山秀夫・元長崎大学学長の写真があったという。また、安全保障関連法を憲法違反だとして、提訴した長割き被ばく者たちの法廷口頭弁論の様子が報告されている。
 【「プラトン初期対話編三編」新名規明】
  作者者は、これらの哲学書を文学として読むという姿勢を示している。ソクラテスは前399年、70歳で刑死。アリストテレスが生まれたのは前384年。ソクラテスの死後15年が経過。
  プラトンは、ソクラテス刑死の時、28歳で直接指導を受けたという。アリストテレスはソクラテスと面識がなかったという。そうなのかと、勉強になった。細部は理解できないが、人間社会での「真」「善」「美」の価値観がこの時代から存在していたことは、証明されているようだ。
 ということは、現代において、何が真善美であるのか、価値観の変化があるのかないのか、問いかける気持ちになった。アリストテレスの論理的な分類手法と、ソクラテスとプラトンの漠然とした「イデア論」などに対応した現代会批評の基礎をまとめてみたものも読みたい。
発行所=〒850-0913長崎市大浦町9-27、田浦事務所。「長崎ペンクラブ
紹介者=「詩人回廊」北一郎

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2018年5月24日 (木)

佐藤裕「言葉の壁」と「真実・事実・現実 あることないこと」谷川の取り合わせ

 佐藤裕「言葉の壁」もそうだけれどーー第一、サルは言葉でウソをつかない。サルもやらないウソを人間はやる。社会的には、 世間の中の嘘と本当のせめぎ合いを、普遍的に表現した谷川俊太郎・作詞はさすがに普遍性がある。
真実・事実・現実 あることないこと」~~作詞:谷川俊太郎  作曲:小室等
ほんとをうそにするのはコトバ
うそをほんとにするのもコトバ
コトバはヒトのつごうでかわる
うそがほんとのかめんをかぶり
うそのすがおはやみのなか

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2018年5月20日 (日)

プリンターのスイッチを入れたら何故か、故障と表記

  最近は、本も書店に買いにいって、アマゾンは使わないようにしている。膝を痛めているので、歩く運動にもなる。スマホ決済などしたら、どれだけムダ遣いをしてしまうだろう。第一、宇宙線擾乱や天変地異で通信がキレたら、どうなるのか。アナログ生活でリスクを晴らすことだ。本の電子端末をも買ったが、使わないことが多いことがわかった。
  ネットをやらない人から、ブログの記事を印刷して見せて欲しいというので、1昨日は印刷できた。《参照:杉田篤史&村山岳の自由な語りと音楽》。ところが、昨日になって、もうすこし部数が欲しいというので、またプリンターの電源をいれたら、故障だから、電話して修理に田せと出た。いろいろ試したが、動かず、電話。すると修理代と新品の差が微差である。仕方なく、買い替えをすることにした。以前から、故障した終わりだよと知人にいわれていた。まさか、と思っていたら、本当だった。スマホをやらないでガラケーを使っているが、やっていたらネット関連メンテ代はばかにならない。
 

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2018年5月19日 (土)

文芸同人誌「海」第97号(いなべ市)

【「闇の色」宇佐美宏子】
 ソムリエの資格を持つ55歳の吟子は「ワインバー・吟」の経営をしている。35歳の時に離婚、慰謝料としてこのバーとビルの最上階の異質の住まいを得たものだ。バーは、ソムリエをはじめ、沢田という男を中心に数名の従業員で繁盛をしている。
 あるとき、鈴木隼人という若者が吟子のバーで働かせて欲しいとやってくる。吟子は彼に不思議な魅力を感じ許可する。
 謎めいたところのある隼人は、次第に吟子に身の上話をするようになる。そして、幼児期より母親の性的な虐待を受けていたことを打ち明ける。精神的に嫌悪しながら肉体は母親の愛撫に応える自分に苦しむことを告白する。
 そして、隼人は店での沢田の姿に魅かれて、ここに来たという。吟子は、自分の心が彼に傾斜していたので、痛みを感じる。やがて、隼人は、知り合った女実業家と共に去った。
 これまで、存在は推測されていたが、表に出ない近親性虐待、LGBTを正面から題材にした作品。設定も良く世相を敏感に反映している。同人雑誌の同時代を見せて、注目させる。
【「星影の情景」紺谷猛】
 会社経営者の時朗が、スーパーで妻に頼まれた買い物をしていると、社員にそれをを見られ、バツの悪い思いをする。そこから、妻の美穂子が時朗の89歳になる母親の世話をしているので、そうしていることがわかる。老母には、ほかにも子供がいるが、たまに様子をみるだけで、充分なフォローができないので、美穂子が義母引き取って世話をする形になった。美穂子の介護の大変さと辛労が描かれる。嫁の立場の宿命でもある。その後、義母を養護施設に入れる。義母は多少の不満を感じたが、結局そこで人生を終える。いろいろあったにしても、結果的には、介護問題では、非常に物事がスムースに進んだ事例となるのであろう。
【「白い十字架」白石美津乃】
 高齢者の女性が、ホスピスにいる男性友人に遠路会いに行く。これまでの友人との出会いや、出来事を思い出す。終末物語そのもので、まさに、自分自身の記憶をたどって、感慨にひたる自己表出の話。気持ちの整理整頓になるのであろう。文章を書くことの効用が良く見える。
【「鈴沢弘江の覚悟」国府正昭】
 理髪店をしている伸吉は、高齢者が散髪に店まで来るのに大変なのを実感する。当人も高齢である。すると、近所の70代の友人が、伸吉のお客を車で送り迎えをしてくれるという。その得意客の鈴沢弘江という女性が、独り暮らしをしているが、自分は死ぬまで、自分を投げ出すことをしない、という覚悟を語る。
 やがて、その鈴江が骨折で動けなくなると、鈴江の子ども達が見舞にやってくる。じつは、鈴江は再婚で、彼らは継子であり、子供たちには継母なのだった。しっくりいかなかった、当時の思いを語り合うという話。この世界に秘められたありそうな沈黙する生活者のたちを浮き彫りにした物語。
【「安西均の詩―生誕百年に寄せて」安部堅磐】
 詩人・安西均の名は覚えているが、どのような詩風であったか忘れてしまった。本稿で改めてその精神の一端を学んだ。伝統的な言葉のリズムを共有していた教養人たちの存在感を感じさせる。感覚の多様性により、砂のようなさらさらとした粒になった現在の詩人たちの境遇を嘆くべきか。
【「刑事死す」宇梶紀夫】
 警察署物の追跡ミステリーで、面白く読んだ。刑事で父親の殉職したその息子もまた殉職するという二代の話をつなげて統一感にしている手法で、うまくまとめられている。
発行所=〒511-0284いなべ市大安町梅戸2321-1、遠藤昭巳方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2018年5月17日 (木)

坂本龍馬ファンに問題提起する穂高健一

 幕末、明治維新に新資料を提示して歴史小説「芸州広島藩 神機隊物語」を書き、話題になっている穂高健一が、坂本龍馬ー「龍馬の真贋ならば」、「芸藩志・第81巻」を読みたまえ」--を説いている。歴史は書き換えられていくということか。

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2018年5月15日 (火)

文学の原理をガイドした菊池寛とヘーゲル哲学

  「菊池寛の「日本文学案内」という著書が昭和13年に刊行されている。ここには、菊池寛の当時の日本の作家志望者に向けた指針と、文学の本質に沿った原理論が記されている。(現在絶版)。
 なかには、作家になるために読んでおくべき必読者として、国内外の作品の解説がある。私が注目したのは、さ作家志望者に示した文学原理論であった。そこで、現代に共通するこの原理論を抜き書きした。その原理が、現在に至るまでの変化を比較してみたのが、「文学が人生の役に立つとき」である。《参照:暇つぶし以上「文学が人生に役立つとき」(伊藤昭一)解説
 これを読むと、日ごろの文学に関する漠然とした疑問が解決したように思えるが、実はそれはすでに古い時代のものなのである。
 ただ、現役作家が世界と日本の古典から近代文学まで、俯瞰し展望を書くという作業を行ったことは不思議である。それが、菊池寛「半自叙伝」によると、彼は若い頃、作家になれるとは思えずに、大学の講師にあるつもりでいたようなのだ。だから、古今東西の文学論や、作家の傾向を研究していたらしい。その成果を「日本文学案内」にまとめたらしい。その思想の基本はヘーゲル哲学である。人間社会の意識は、段階的に発展する論理から、25歳以前に小説を書いても、知識だけだという、発想はがあるようだ。
 原本は、旧仮名遣いで、ルビつき、いまはまったく知られない海外作家の解説などあるのを、必要部分だけチョイスしたが、ルビをはずし、時には旧仮名をそのままにして、時代の空気を残してみた。それで、純粋抜粋でもなく引用でもない、変な形になってしまたのであった。

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2018年5月12日 (土)

文芸誌「みなせ」第78号(秦野市)

【「かげろう」根来澪子】
 宮田美乃里という薄命のフラメンコダンサーがいた。がんで故人になっている。これは彼女の美しさに魅了された作者の生きることと美学についての評論である。宮田さんは、29歳の時に、恋人から婚約を破棄され、歌集「花と悲しみー魂の軌跡」を出版。その頃から乳がんに侵され、5年生存率は6割だという。乳房切除の対応を拒否。絶望のなかで、エロス写真家アラーキーこと荒木経惟に写真制作を依頼する。それが「乳房、花なり」という写真集になる。その本を荒木から贈られた作家の森村誠一が、宮田美乃里を訪ね、話を聞き、ドキュメンタリー的な小説「魂の切影」を刊行している。
 その宮田さんの生き様に焦点をあてて、生きる時間をどのように惜しんでいくかというテーマに迫っている。
 ここには、記されていないが、森村誠一氏は宮田さんに出会う直前に、奥さんを肺小細胞癌で亡くして、喪失感にさいなまれていた時期のようだ。また、荒木氏は、モデルとなったKaoRiiという女性から、「私写真」という手法のために、彼女の尊厳を奪われ、ずたずたにされた、というアートハラスメントともいうべき告白も公開されている。それは余談としても、評論において、人間の失われる命という宿命の重さを表現した秀作である。
【「アンチ群衆の人」多谷昇太】
 いわゆる人間の群れるという素質に抵抗反発する心が生み出す言葉の抽象画であろう。この作者は、よほどの博学家。古典から現代までの文学的な教養は計り知れない。このほかの同時投稿作品を読むと、わかる。また、早く書くことの天才もあり、やたらに書き散らす印象がある。ジレッタンティズムに満ちた作風は、常識的な同人誌では、排除されそうなものであるが、それを肯定する「みなせ」の表現の自由に対する姿勢は貴重である。
【「雑事記ー言葉の研究とエッセイ2題」盛丘由樹年】
 言葉の研究として「すごい」「だいじょうぶ?」「××ぢてもらっていいですか」「ちがう」「べらんめえ」などについて、言及。いずれも、流行ったものの使い方について、本来のものとのずれを指摘している。
【お湯、ときどき水」折葉沢居】
 日本の高齢者の生活レポートのひとつ。家族情況がわかり、細部において、それぞれの事情を知るのに参考になる。
 本誌は、「みなせ」サイトで全作品が公開されている。自由な表現の場に敬意を表して紹介者・伊藤昭一も「知られざるミステリー作家の死」を投稿している。

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2018年5月11日 (金)

文芸同人誌「浮橋」創刊号(芦屋市)

【「永井荷風『墨東綺譚』に寄せて」上坂京子】
 作家・永井荷風にかんしては、さまざまな評論がでている。それらのうち、社会情勢や溝口健二監督での映画化した「墨東綺譚」と豊田四郎監督のそれとの比較や、永井荷風における女性に対するエゴイズム的な精神などを指摘。なかでも従弟が、永井に似た風貌と性格をしているということなども面白い。
【「空白」曹達】
 タクシーの運転手をしていた浅岡は交通事故で大けがをし、入院をしている最中。手術の麻酔の副作用が長くつづき、朦朧とした意識に、事実の記憶と幻想、妄想が頭の中をかけめぐる。その想念の詳細が、濃密にみっちり描かれていて、読みふけっていたら、正気に戻って、ぷつりと終わる。えっ、と思ってから、これも意外性のある終り方かと、感心する。
【「母との思い出」藤目雅骨】
 私、西村幸子は、母親ゆきが突然居なくなってしまったため、児童養護施設に入れられて育つ。タイトルそのままの話で、平板に叙述する。児童養護施設出身のことでも、いろいろ大変な身の上だが、その心情をさておいて、母の行為の記憶を淡々と語る。生活記録としてはひとつの資料になるかも。語り手の視点に乱れもあり、体験らしいので、それを書くことだけで満足するような作品なのか、判断がつきかねた。
【「消えた人」吉田ヨシア】
 マキツという手形割引業の男との出会いと交流を描いて、なかなか興味深く読ませる。マキツは男性的な機能に不全があるという。交際に性的な制約を押さえているようなところでの愛の交流の記録として素材が用意が、それを生かして表現が足りているかというと、なんとなく突っ込み不足の感がある。
【「乾いた砂の上の蜂」小坂忠弘】
 アパートのオーナーをしている主人公が、部屋の借主が孤独死をし、その後始末や曰くつきとなった物件の他の借主の対応などが、具体的な話の素材であるが、凝ったタイトルと考え合わせると、オーナーの精神状態を、表現するための手段かと、考えさせるところがある。
【「忘れられないこと」広常睦子】
 母親ががんを患い、病院に見舞って付き添い寝をしたところ、夜寝ている間に、足元から何かがもこもこと入り込んで、背中まわるのを感じたが、金縛り状態で動けなかった。その感覚とイメージが忘れられないという話。だそのベッドに魔物がいるように思う。睡眠と目覚め時の神経の短時間の混乱現象と見られるが、よほどリアルな感覚であったのであろう。
【「ハスラーへの道」夏川龍一郎】
 ハスラーを主人公をした小説と思ったら、本人がハスラーでビリヤードの詳しい説明であった。
 他にも読んでいるが、全般に平板な書き方のものが多く、そのれが意図的なのか、自然にそうなったのか、考えさせられた。時代と情況で同人誌の雰囲気が変わることを実感した。ただ、芦屋的雰囲気に満ちたところがある。
発行所=〒659-0053芦屋市浜松町5-15-712、小坂方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2018年5月10日 (木)

全作家協会の活動にフリーマーケット出店

 同人誌作家という名称が消えて久しい。このところ文学作品の展示即売会「文学フリマ東京」に出店している「全作家協会」は、かつては同人誌作家の集う会であった。《参照:全作家協会が「文学フリマ東京」に出店した意義
  特長は、役員が多い事であろう。なにしろ全国展開をしているので、各地域からの有力作家の意見を反映させる必要があるからであろう。
  機関誌「全作家」には、文芸評論家の横尾和博氏が、職業作家から同人誌作家の動向まで、丁寧に読んでで、論評をしている。最新109号では、下記のようなことも記されている。
『最近公募商業誌へ投稿する場合の問い合わせも多いので一言書いておく。プロをめざす書き手にアドバイスをおくるとすれば以下のような点である。まずなぜ文学者、作家としてプロをめざすのかの理由である。職業としては一部の人しか生活できない世界。自分の自尊心や虚栄心を満たすためならやめたほうがよい。つまり文学への固執、強靭な文学精神がないとプロには向かないということだ。二つめは小説技術を真摯に磨くこと。スポーツでたとえれば練習ということになる。三つめは同じくスポーツにたとえれば優れたコーチや指導者に出会うことである。なかなか難しいが、この三つをクリアすればプロの道が開かれるだろう。
 さて同人誌評である。現在は「三田文学」「季刊文科」「図書新聞」が商業紙誌で批評コーナーをかろうじて維持している。だが「読書人」では無くなった。またスペースも限られている。同人雑誌の読み手の作家、批評家、研究者も少ない。同人誌の高齢化も指摘されている。一方で文学フリーマーケット(フリマ)は各地で盛況で若い世代の参加も多い。この乖離をどのように考えるべきか。そしてどのようにすれば文学は生き延びていくのか。前述のように各々胸に手をあてて考えなければならない。』
  ネットでもアップされているので、全文が読める。よく出来ているHPである。

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2018年5月 9日 (水)

新同人雑誌評「三田文学」(2018年春季号)柳澤大悟氏・加藤有佳織氏

・小畠千佳「二つに一つ」(「あるかいど」63号、大阪市阿倍野区)
・望月なな「透明な切取線」(「mon」11号、大阪市阿倍野区)
・真銅孝「バーバラ」(「バベル」創刊号、大阪府八尾市)
・日上秀之「こどもたち」(「北の文学」75号、岩手県盛岡市)
・澤田展人「ンブフルの丘」(「逍遥通信」第2号、札幌市豊平区)
・武村賢親「かんう」(「琳琅」創刊号、埼玉県所沢市)
・箕田政男「見上げてごらん」(「ちょぼくれ」76号、群馬県前橋市)
・多田加久子「あなたに話したい。」(「北の文学」75号、岩手県盛岡市)
・崎浜慎「百ドル札」(「四の五の」第4号、沖縄県那覇市)
・島田奈穂子「近藤さん」(「mon」11号、大阪市阿倍野区)
・今西亮太「真夏にサンタクロースは来ない」(「樹林」634号、大阪市中央区)
・木戸岳彦「えび」(「季刊作家」第90号、愛知県稲沢市)
・森ゆみ子「空を泳ぐ」(「たまゆら」第109号、滋賀県東近江市)
文芸同人誌案内掲示板・mon飯田さんまとめ

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2018年5月 7日 (月)

第26回「文学フリマ東京」の情況から

 文芸同志会が参加した第26回「文学フリマ東京」の情況だが、入場者がどのブースに気軽に寄って、手に取ったり、買い上げお客にの姿勢にちょっとした変化を感じたのだ。《参照:成熟化で埋没感はない「第26回文学フリマ東京」の出店感想
その他、会では同人誌作品紹介をした雑誌を、ブースに置き、会話をした人に、どれでもお持ちくださいと提供したのだ。実験的な試みだ。すると、「あなたが紹介したなかで、どの雑誌のどの作品がおすすめですか?」と逆に訊かれたのだ。それが一人だけでない。別の人も同じ質問をするのだ。
 自分は、同人誌だからといって、手を抜かず、全力投球していると思われる文学に取りつかれた作者の作品を推薦した。
 しかし、自分はそういう視点で、作品紹介していない。自己表現と時代表現のマッチイングの情況を観察するというのが主眼だ。しかし、たとえ無料でも、良い作品だけを読みたいという文芸愛好家の強い要望を肌で知ったのは、感じるものがあった。

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2018年5月 6日 (日)

5月6日(日)の「第二十六回文学フリマ東京」TRCにて出店します

  5月6日の「第二十六回文学フリマ東京」に文芸同志会も出店します。《 「文学フリマ東京」(第26回)販売本4点のキャッチが決まる
文学フリマの出店は、「文学が人生に役立つときー菊池寛の作家凡庸主義と文芸カラオケ化の分析ー」伊藤昭一(文芸同志会発行)。定価700円はそのまま。その他は、300円で、フリマ出店特価です。
 文学を役立てると言っても、文学の本質がわからないと、出来ない。それに対する根本的な解釈の本ばかりです。手に取ってみて欲しいい。

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2018年5月 5日 (土)

同人誌評「図書新聞」(2018年5月5日)=志村有弘氏

  安久澤連の民話風な「巡礼の娘」(仙台文学第91号)が力作。寺の住職の妻トヨは夫が出奔したあと、行方知れずとなり、娘のサキは、旅籠屋で働くうち、客を取る仕事をするようになった。トヨは突然の負傷で盲目となり、近江商人の連れの男とのあいだに子をもうける。サキは母を探して旅に出るのだが、救ってくれた旅先の袖が原の一軒家で自分の身の上を語り、念仏のうちに息絶える。苦界に身を落とすことになった娘と突然盲目となった母。サキと同じく苦界に身を落としていたミチは縊死して果てた。哀しい女人の物語が達意の文章で展開する。
 堀雅子の「祭平四郎 捕物日記―狛犬の根付」(R&W第23号)は、同心祭平四郎が文介の手助けで盗賊を捕縛する話。綿密な時代考証の跡を感じるものの、話の展開が早過ぎる印象。脇役である盗賊男女造や女性たちのしぐさの描写は巧み。
 逆井三三の「生きていく」(遠近第66号)が、脳裏に「生活保護」で暮らすことがチラつく大学生(田中一郎)の姿を綴る。子どものころから居場所がなく、いじめられもした一郎は、周囲とうまくやれず、出世欲もなく、ただ生きていられればいいという人間。十八歳のアサコと知り合い、一度の性交渉三万円という関係が一年間ほど続いたが、アサコは離れて行く。同じクラスの女子学生からは「田中さんだけは嫌」と言われ、アサコから「あなたは誰も愛せない人だ」と言われる。「何をもって幸せとするかは、人によって違う。ただ生きていればいい」というのが一郎の哲学。「給料は我慢料」・「笑いは絶望から生まれる」・「未来なんてどうでもいい」などの一郎哲学が示される。一つのユーモア小説と捉えることもでき、優れた表現力に感服。
 東峰夫の「父母に捧げる散文詩」(脈第96号)は、一種の観念・幻想小説の世界。主人公(ぼく)の郷里は「基地の島オキナワ」。基地はキリストを信奉する使徒たちと金融資本家に追随する広域組織暴力団とが葛藤しているという。平和を好み、戦いの無意味さを思い続ける「ぼく」は何かに遭遇すると兄に「精神感応のケータイ」で連絡し、兄からその返答が来る。「ぼく」は「睡眠瞑想」で「彼岸」へ渡り行くことができ、軍団の隊長と戦ったりする場面を設けるなど、作者の想像は八方に飛翔する。『古事記』・『聖書』も根底にあり、〈古〉と〈新〉との相克、平和への願いが作品のテーマなのであろうか。ユーモアもあり、異色の文学世界を示す。
 山本彩冬の「錆びた刀」(裸木第39号)は連載の第一回目。「私」(晶子)は小学校三年のとき、父に連れられて兄・弟と共に継母の家に行った。第一回は「私」が私立高校に入学するまでが綴られる。父が母と離婚したのは、出征しているあいだに母が家宝の刀剣を供出してしまったこと。父は父なりに子のことを考えてはいるが、青山藩に代々仕えた武士の誇りを捨てることができない。このあと、父と娘の衝突が示されるのか、作品の展開が気になるところ。
  随想では、宇神幸男の「吉村さんと宇和島」(吉村昭研究41号)が、吉村昭の宇和島の鮮魚店への思いなどが記され、人間吉村昭の一面を伝えていて興味深い。
  西向聡の「須磨寺まで」(法螺第76号)が、文部省唱歌「青葉の笛」にまつわる平敦盛の悲劇、熊谷直実の男気を綴る。映画「無法松の一生」の中で吉岡少年が「青葉の笛」を歌う場の感動を記し、無法松の「節度をわきまえた侠気の潔さ」を教わった、と記す。須磨寺境内の句碑を紹介し、西向自身の「敦盛の貌すずやかに夏立ちぬ」など七句も示す。
 秋田稔の「とりとめのない話」(探偵随想第130号)が、中国・日本の古典から蛇にまつわる話を渉猟し、文人の怪談の句、『夜窓鬼談』の河童の話などを融通無碍、サラリと綴る名人芸。秋田が実際に見たという蛇捕り人の首に袋に入れ損ねた蛇が這っていた話など寒気がする。
 「クレーン」第39号が伊藤伸太朗・遠矢徹彦、「月光」第54号が松平修文、「私人」第94号が原田澄江、「民主文学」第630号が三宅陽介の追悼号(含訃報)。御冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)
《参照:運命に翻弄され生きた母娘を描く安久澤連の民話風な時代小説(「仙台文学」)――「生きていればいい」という人生に意義を認めることのできない若者の姿を描く逆井三三の小説(「遠近」)。読ませる数々の随想

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2018年5月 3日 (木)

文芸時評5月=東京新聞(5月2日)=佐々木敦氏

   高橋弘希「送り火」(『文学界』5月号)は、両親とともに青森県の平川に転居し、来春に廃校が決定している地元の中学に通うことになった中学三年生の歩(あゆむ)の物語である。
 途中までは、ありきたりと言ってもいい「田舎に転校した少年の話」が、この作家ならではの濃密な描写とともに続いていくのだが、花札を使った「燕雀(エンジャク)」という遊びが出てきたあたりから、不穏な空気が漂い始める。いつも必ず晃が胴元なのだが、歩は彼が巧みに札を操作していることに気づく。そしてほとんどの場合、稔がドボンになり、残酷な罰ゲームを強いられる。だが晃は教室で稔を故意に無視したクラスメートを殴ったりもする。稔はいつも半笑いで、晃に命じられるがままでいる。だが少しずつ歩たちの日常は失調していき、やがておそるべきクライマックスが訪れる。
  村田沙耶香の長編一挙掲載「地球星人」(『新潮』5月号)は、ひょっとしたら「コンビニ人間」以来の小説ではないだろうか。となると約二年ぶりの新作ということになるのだが、待たされただけのことはある途轍(とてつ)もない傑作に仕上がっている。
  「殺人出産」「消滅世界」「コンビニ人間」と書き継がれてきた村田の「反・人間」小説の最新作は、結末に至って、グロテスクでショッキングな、完全なる狂気の世界に突入する。いや、これはほんとうに「狂気」なのだろうか。そう思うのはこちらが「地球星人」であるからではないのか。村田は私たちが「本能」だと思っているものに楔(くさび)を打ち込み、内側から破壊する。戦慄(せんりつ)と吐き気に満ちた美しさが、そこに現れる。
《参照: 村田沙耶香「地球星人」 高橋弘希「送り火」 佐々木敦

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2018年5月 2日 (水)

文芸同人誌「弦」第103号(名古屋市)

【「サンバイザー」木下順子】
 主人公の現在の「わたし」は、この1年間は夫との夫婦の営みが出来ずにいる。本人は初めての妊娠で六カ月の早産をしたが、保育器の中の赤ん坊は死んでしまう。その喪失感の強さから、妊娠恐怖症になっている、と自覚している。
 夫は妻の心境を理解し、夫婦の営みのないことに、妻を責めることはしない。そんな、夫に対する罪の意識と、不安定な精神状態で、息苦しい思いをかかえて生活する様子を描く。なかで、夫が女とラブホテルに入るのを目撃したりするが、それが事実なのか、妄想か曖昧である。
 子供を早産でなくした心の傷は、周囲には秘密のはずだが、知られているらしいとか、思い過ごしの日々が語られる。終章では、ネットで、同病の女性の体験談に、心を励まされるところで終る。タイトルの「サンバイザー」は、主人公の自分を前面に打ち出せない性格の暗喩のように受け取れる。
 同人誌には、長くは書けない事情があるので、短く雰囲気をまとめた意味では巧い。しかも、状況の曖昧なまま生活していくということも、いかにもありそうである。物語的な強調をすれば、妊娠恐怖症の妻と夫の問題にもっと深く追求することが必要に思う。しかし、現実にはこの作品のようであることも不思議ではない。するともっとも現実らしさを表現して問題提起をしているのか、主人公への現実批判の意味があるのか。考えさせる点で、純文学的である。
【「風は木々を揺らす」長沼宏之】
 詩的なタイトルであるが、語り手は企業のプライシングマネージャーという仕事をしている。いわゆる値決めをする部門だが、製品や企業によってシステムが異なるであろうから、象徴的な設定かも知れない。とにかく、職場で有能な感じの良い社員に出会うかが、同性愛者であることから、周囲の違和感のなかで、退社して新しい船出をする。
 大変に優しい書き方で、共感的な態度でそれを見守る。LGBTが題材の作品が、肯定的に書かれるということは、同人誌に時代背景が強くでているということで、世相を反映している。
【「ある禁忌」高見直弘】
 漁村で、漁師の間で黒入道が出るという伝説があって、その現象を描いた奇譚。船の上で性事を行った女が、黒入道にさらわれたか、消える。漁師と海の自然の関係に性をからませたのは、なるほどと思わせるところがある。
【「ふたりのばんさん」山田實】
 語り手は、ある部分だけ記憶が薄れる高齢の男。老境小説、高齢者小説、終活小説など、さまざまな呼称がつけられるような、作品が多い。これもそのひとつか。同人誌仲間など、年齢をへて死にゆく女性の記憶をたどるところが、特性か。
【「林間に遊ぶ-8―」国方学】
 図書館に置いてあった文芸同人誌に出会い、その中の作品に自分の心境と重なり合うもの見つけ、合評会に出てみる。批評の出来る人が会の盛り上がりをはかるが、あまり感謝されていない様子が活写されている。作家として、いいところまで世間に出て、その後鳴かず飛ばずのような同人誌作家にもであったりして、なかなか面白く読ませられた。同人誌の同人でもないのに、作品を読むというのは、この欄に共通した視点でむある。
【「ワーゲンの女」空田広志】
 定年退職後の趣味に卓球のグループに入会した雄介。妻はまだ看護師をしている。卓球クラブに入るにも、スポーツ根性があるせいか、なかなか厳しい。男女の組み合わせで、色香の匂いがあるのが、楽しい。話の視点移動も自由で、突然、他の人の気持ちに入ってしまう。のびのびとした精神の有り様が面白い。結構長いのは、内容的な完成度をより、書く行為を重視したことか。
【「悲運の戦闘機」(1)(下八十五)】
 歴史的な資料として、自分の知らない出来事なのだが、なんとなく、重要なような感じがした。「暮らしのノートITO」のなかに、一部抜粋してみた。
発行所=〒463-0013名古屋市守山区小幡中3-4-27、「弦」の会)。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一

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