【「闇の色」宇佐美宏子】
ソムリエの資格を持つ55歳の吟子は「ワインバー・吟」の経営をしている。35歳の時に離婚、慰謝料としてこのバーとビルの最上階の異質の住まいを得たものだ。バーは、ソムリエをはじめ、沢田という男を中心に数名の従業員で繁盛をしている。
あるとき、鈴木隼人という若者が吟子のバーで働かせて欲しいとやってくる。吟子は彼に不思議な魅力を感じ許可する。
謎めいたところのある隼人は、次第に吟子に身の上話をするようになる。そして、幼児期より母親の性的な虐待を受けていたことを打ち明ける。精神的に嫌悪しながら肉体は母親の愛撫に応える自分に苦しむことを告白する。
そして、隼人は店での沢田の姿に魅かれて、ここに来たという。吟子は、自分の心が彼に傾斜していたので、痛みを感じる。やがて、隼人は、知り合った女実業家と共に去った。
これまで、存在は推測されていたが、表に出ない近親性虐待、LGBTを正面から題材にした作品。設定も良く世相を敏感に反映している。同人雑誌の同時代を見せて、注目させる。
【「星影の情景」紺谷猛】
会社経営者の時朗が、スーパーで妻に頼まれた買い物をしていると、社員にそれをを見られ、バツの悪い思いをする。そこから、妻の美穂子が時朗の89歳になる母親の世話をしているので、そうしていることがわかる。老母には、ほかにも子供がいるが、たまに様子をみるだけで、充分なフォローができないので、美穂子が義母引き取って世話をする形になった。美穂子の介護の大変さと辛労が描かれる。嫁の立場の宿命でもある。その後、義母を養護施設に入れる。義母は多少の不満を感じたが、結局そこで人生を終える。いろいろあったにしても、結果的には、介護問題では、非常に物事がスムースに進んだ事例となるのであろう。
【「白い十字架」白石美津乃】
高齢者の女性が、ホスピスにいる男性友人に遠路会いに行く。これまでの友人との出会いや、出来事を思い出す。終末物語そのもので、まさに、自分自身の記憶をたどって、感慨にひたる自己表出の話。気持ちの整理整頓になるのであろう。文章を書くことの効用が良く見える。
【「鈴沢弘江の覚悟」国府正昭】
理髪店をしている伸吉は、高齢者が散髪に店まで来るのに大変なのを実感する。当人も高齢である。すると、近所の70代の友人が、伸吉のお客を車で送り迎えをしてくれるという。その得意客の鈴沢弘江という女性が、独り暮らしをしているが、自分は死ぬまで、自分を投げ出すことをしない、という覚悟を語る。
やがて、その鈴江が骨折で動けなくなると、鈴江の子ども達が見舞にやってくる。じつは、鈴江は再婚で、彼らは継子であり、子供たちには継母なのだった。しっくりいかなかった、当時の思いを語り合うという話。この世界に秘められたありそうな沈黙する生活者のたちを浮き彫りにした物語。
【「安西均の詩―生誕百年に寄せて」安部堅磐】
詩人・安西均の名は覚えているが、どのような詩風であったか忘れてしまった。本稿で改めてその精神の一端を学んだ。伝統的な言葉のリズムを共有していた教養人たちの存在感を感じさせる。感覚の多様性により、砂のようなさらさらとした粒になった現在の詩人たちの境遇を嘆くべきか。
【「刑事死す」宇梶紀夫】
警察署物の追跡ミステリーで、面白く読んだ。刑事で父親の殉職したその息子もまた殉職するという二代の話をつなげて統一感にしている手法で、うまくまとめられている。
発行所=〒511-0284いなべ市大安町梅戸2321-1、遠藤昭巳方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
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