文芸時評5月=東京新聞(5月2日)=佐々木敦氏
高橋弘希「送り火」(『文学界』5月号)は、両親とともに青森県の平川に転居し、来春に廃校が決定している地元の中学に通うことになった中学三年生の歩(あゆむ)の物語である。
途中までは、ありきたりと言ってもいい「田舎に転校した少年の話」が、この作家ならではの濃密な描写とともに続いていくのだが、花札を使った「燕雀(エンジャク)」という遊びが出てきたあたりから、不穏な空気が漂い始める。いつも必ず晃が胴元なのだが、歩は彼が巧みに札を操作していることに気づく。そしてほとんどの場合、稔がドボンになり、残酷な罰ゲームを強いられる。だが晃は教室で稔を故意に無視したクラスメートを殴ったりもする。稔はいつも半笑いで、晃に命じられるがままでいる。だが少しずつ歩たちの日常は失調していき、やがておそるべきクライマックスが訪れる。
村田沙耶香の長編一挙掲載「地球星人」(『新潮』5月号)は、ひょっとしたら「コンビニ人間」以来の小説ではないだろうか。となると約二年ぶりの新作ということになるのだが、待たされただけのことはある途轍(とてつ)もない傑作に仕上がっている。
「殺人出産」「消滅世界」「コンビニ人間」と書き継がれてきた村田の「反・人間」小説の最新作は、結末に至って、グロテスクでショッキングな、完全なる狂気の世界に突入する。いや、これはほんとうに「狂気」なのだろうか。そう思うのはこちらが「地球星人」であるからではないのか。村田は私たちが「本能」だと思っているものに楔(くさび)を打ち込み、内側から破壊する。戦慄(せんりつ)と吐き気に満ちた美しさが、そこに現れる。
《参照: 村田沙耶香「地球星人」 高橋弘希「送り火」 佐々木敦》
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