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2018年5月 5日 (土)

同人誌評「図書新聞」(2018年5月5日)=志村有弘氏

  安久澤連の民話風な「巡礼の娘」(仙台文学第91号)が力作。寺の住職の妻トヨは夫が出奔したあと、行方知れずとなり、娘のサキは、旅籠屋で働くうち、客を取る仕事をするようになった。トヨは突然の負傷で盲目となり、近江商人の連れの男とのあいだに子をもうける。サキは母を探して旅に出るのだが、救ってくれた旅先の袖が原の一軒家で自分の身の上を語り、念仏のうちに息絶える。苦界に身を落とすことになった娘と突然盲目となった母。サキと同じく苦界に身を落としていたミチは縊死して果てた。哀しい女人の物語が達意の文章で展開する。
 堀雅子の「祭平四郎 捕物日記―狛犬の根付」(R&W第23号)は、同心祭平四郎が文介の手助けで盗賊を捕縛する話。綿密な時代考証の跡を感じるものの、話の展開が早過ぎる印象。脇役である盗賊男女造や女性たちのしぐさの描写は巧み。
 逆井三三の「生きていく」(遠近第66号)が、脳裏に「生活保護」で暮らすことがチラつく大学生(田中一郎)の姿を綴る。子どものころから居場所がなく、いじめられもした一郎は、周囲とうまくやれず、出世欲もなく、ただ生きていられればいいという人間。十八歳のアサコと知り合い、一度の性交渉三万円という関係が一年間ほど続いたが、アサコは離れて行く。同じクラスの女子学生からは「田中さんだけは嫌」と言われ、アサコから「あなたは誰も愛せない人だ」と言われる。「何をもって幸せとするかは、人によって違う。ただ生きていればいい」というのが一郎の哲学。「給料は我慢料」・「笑いは絶望から生まれる」・「未来なんてどうでもいい」などの一郎哲学が示される。一つのユーモア小説と捉えることもでき、優れた表現力に感服。
 東峰夫の「父母に捧げる散文詩」(脈第96号)は、一種の観念・幻想小説の世界。主人公(ぼく)の郷里は「基地の島オキナワ」。基地はキリストを信奉する使徒たちと金融資本家に追随する広域組織暴力団とが葛藤しているという。平和を好み、戦いの無意味さを思い続ける「ぼく」は何かに遭遇すると兄に「精神感応のケータイ」で連絡し、兄からその返答が来る。「ぼく」は「睡眠瞑想」で「彼岸」へ渡り行くことができ、軍団の隊長と戦ったりする場面を設けるなど、作者の想像は八方に飛翔する。『古事記』・『聖書』も根底にあり、〈古〉と〈新〉との相克、平和への願いが作品のテーマなのであろうか。ユーモアもあり、異色の文学世界を示す。
 山本彩冬の「錆びた刀」(裸木第39号)は連載の第一回目。「私」(晶子)は小学校三年のとき、父に連れられて兄・弟と共に継母の家に行った。第一回は「私」が私立高校に入学するまでが綴られる。父が母と離婚したのは、出征しているあいだに母が家宝の刀剣を供出してしまったこと。父は父なりに子のことを考えてはいるが、青山藩に代々仕えた武士の誇りを捨てることができない。このあと、父と娘の衝突が示されるのか、作品の展開が気になるところ。
  随想では、宇神幸男の「吉村さんと宇和島」(吉村昭研究41号)が、吉村昭の宇和島の鮮魚店への思いなどが記され、人間吉村昭の一面を伝えていて興味深い。
  西向聡の「須磨寺まで」(法螺第76号)が、文部省唱歌「青葉の笛」にまつわる平敦盛の悲劇、熊谷直実の男気を綴る。映画「無法松の一生」の中で吉岡少年が「青葉の笛」を歌う場の感動を記し、無法松の「節度をわきまえた侠気の潔さ」を教わった、と記す。須磨寺境内の句碑を紹介し、西向自身の「敦盛の貌すずやかに夏立ちぬ」など七句も示す。
 秋田稔の「とりとめのない話」(探偵随想第130号)が、中国・日本の古典から蛇にまつわる話を渉猟し、文人の怪談の句、『夜窓鬼談』の河童の話などを融通無碍、サラリと綴る名人芸。秋田が実際に見たという蛇捕り人の首に袋に入れ損ねた蛇が這っていた話など寒気がする。
 「クレーン」第39号が伊藤伸太朗・遠矢徹彦、「月光」第54号が松平修文、「私人」第94号が原田澄江、「民主文学」第630号が三宅陽介の追悼号(含訃報)。御冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)
《参照:運命に翻弄され生きた母娘を描く安久澤連の民話風な時代小説(「仙台文学」)――「生きていればいい」という人生に意義を認めることのできない若者の姿を描く逆井三三の小説(「遠近」)。読ませる数々の随想

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