« 「文学フリマ」の名称を意匠登録など望月代表が語る | トップページ | 「第二回文学フリマ前橋」」プレトークに萩原朔美×岡和田晃 »

2018年3月19日 (月)

同人誌評「図書新聞」(2018年3月3日)評者・越田秀男氏

  『『グレコ』でグッバイ』(森美樹子/九州文學40号)は、半世紀近く前の男二人女三人の重層的な三角関係ドラマ。当時この渦中にいて、なぜかこれまで直接の面識がなかった男女が、時を経て、関係図絵の不明だった部分をメールで交換しあう。結末は関係の糸が一つずつ切れていき、最後の糸、カフェ「グレコ」のオーナー夫人が彼を看取る。鋭く研ぎ澄まされた才は減衰し、母胎へと回帰していく様が、半世紀後の老人男女の衰えにコラボする。
 曾禰好忠の「由良のとを わたる舟人 かぢをたえ ゆくへもしらぬ 恋の道かな」の歌に導かれた三角関係ドラマが『ゆくへも知らぬ…』(岸本静江/槇40号)。舞台はフランス、日本絵画界のドンを巻き込む源氏物語絵巻の絢爛豪華な仕立て、その結末は「ゆくへもしらぬ」。ただ、好忠の歌の序詞だが、潮の流れの激しい河口で櫂を失って沖に流され、歌どころではない! 海上保安庁救難隊出動!
 『擬似的症候群』(小河原範夫/ガランス25号)。ギリギリ生活の母子家庭に性欲満足のため乗り込み結婚の約束も反故に。ん十年後、男は準ゼネコン常務執行役員まで上り詰め定年を迎える。人生、斜に構えてかわしながら生きてきた男が、突如正眼の構えでオカルトオカマと対決、みごと土俵下転落?
 『青と黒と焦げ茶色の絵』(杉本雅史/風土17号)。息子を事故で亡くし、その妻が孫をつれて実家へ。残された夫婦に溝、妻が痴呆症状を発し入院。そんな時、パチキチで借金地獄の夫から逃げ出してきた母娘と昵懇になる……。
   『夜の客』(工藤勢律子/民主文学628号)。作品は“創る”から“写実”へ。重苦しくなりがちな認知症介護のテーマを優しく包む――『夜の客とは、認知症の母が夜飛び起きて誰か来たと思って玄関に行くことを繰り返す行為のことだ。それがやがて、かつて帰りの遅い娘を心配しての母の姿であったことに気づく。
  『火傷と筮竹』(たにみずき/蒼空22号)。“書く”から“語る”へ―孫娘が頭皮を火傷し、婆は自分の不注意と自責し頭髪が生えてこないのではと心配する。これだけの材料で心に染みる作品となるのは、語りの術といえる。
 この“語り”について、西田勝は太宰の『魚服記』を評するなかで《あらゆる「言語」による表現は「音」による》とまで言う(『言語アートとしての太宰治のかたり』/静岡近代文学32号)。作品を読み解くのではなく、音を聴くことで別世界が現れることを、読むと聴くの解釈の違いを突き合わせながら説得力をもって示している。
 文藝“別人”誌『扉のない鍵』(編集人‥江田浩司)創刊。《自由な創作と発想の場として、多彩な表現の横断や越境》を目指す。「一枚のおおきな扉は おお空に吊され 身じろぎもせず 時に微風にたじろぐ……」(『蛭化』生野毅) (「風の森」同人
《参照:評者◆越田秀男ー読み解くよりも「音」を聴け(西田勝)――文藝“別人”誌『扉のない鍵』創刊、多彩な表現の横断や越境めざす

|

« 「文学フリマ」の名称を意匠登録など望月代表が語る | トップページ | 「第二回文学フリマ前橋」」プレトークに萩原朔美×岡和田晃 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「文学フリマ」の名称を意匠登録など望月代表が語る | トップページ | 「第二回文学フリマ前橋」」プレトークに萩原朔美×岡和田晃 »