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2018年3月15日 (木)

文芸同人誌「私人」第94号(東京・朝日カルチャーセンター)

【「バグダット空港」えひらかんじ】
 前号に続いて、国際的な建築コンサルタント会社に勤務する設計者が、イラクのバグダット空港の建築設計のため社命で、現地の各国のコンペに参加し、無事そこの設計が採用されるまでの、国際人の活動ぶりを語る。人によるであろうが、私に大変面白く、中東の様子が分かって面白い。私自身、輸出入の仕事に携わり、やらされたのが、イラン・イラク戦争で、ODAがらみの輸出品がダメになり、倉庫に山積みの製品が何時までも処分できないでいたのを整理することもしたので、まるで無縁ではない話であった。
【「百ドル」根場至】
 これもまた、海外支社のサラリーマンもの。シンガポールでの日本企業に勤めるうちに、現地の従業員管理に手を焼く話。海外に支店をもつのは、日本企業が親会社で、そこの仕事を下請け的に扱うことが多いが、このエースはメーカーかなにかで、現地生産の企業のようだ。話は現地採用の男に、一杯食わされる話だが、いかにもありそうな事例。読み物として面白い。主人公の帰国してからの日本の社内体制に慣れるまでを書いたら、テーマが出来たかも知れない。
【「祭りの終わり」杉崇志】
 会社の人事部に配属された男が、景気の良い時は求人難で新入社員を集めるのに、手腕を発揮し、バブルが弾けると、リストラに腕を振るう。しまいには、自分もリストラされるかと思うと、実は重役に出世してしまう。会社人間のパターンの一つとして、時代の記録になっている。
【「隣家の火事」みず黎子】
 隣の家の火事によって、自分の家の火事になった騒動を想い起こし、そこから家庭環境の出来事が語られる。小説的な形式をもった生活日誌。
【「ラビリンンス・さん」伊吹萌】
 ラビリンスさんというのは、貪欲や嫉妬など、不吉な欲望に取りつかれた不幸な人のことを示すそうである。話は資産家の年上の男と結婚した妻が、若い愛人をもって、暮らす。やがて、彼女が夫と登山した時に、夫は崖で滑落死する。語り手は、それ以前にの夫から、自分の身の上になにかあったら、読んで欲しいという手書きを持っている。妻の夫殺しの状況は濃厚だが、証明はできない。
 話の進行が遅く、まだるっこいが、細部の書き込みは、熱意があって、意欲がにじむ出来合いで、面白く魅力をもった作品である。小説教室で語りの本質を学んだ成果が発揮されているようだ。
【「E・ヘミングウエイの時代」(二)尾高修也】
 ヘミングウエイが、「武器よさらば」以後の長編小説と資質における短編小説への傾斜との関係につて触れている。勉強になる。現代文学の話題作は、すこし以前は、世界も日本も、ガルシアマルケスなどフォークナーの影響が強かった。
 現代は日常での通信手段では、ヘミングウエイのタイプライターの産物とされる短文の積み重ねが普及している。その点で、ヘミングウエイは短文で意味を深く表現し、幾度も読み返せる点で、優れた作家だと思う。テーマが人生の空虚さに関連しているのが、良いのかも知れない、と思った。
発行人=〒346-0035埼玉県北本市西高尾4-133、森方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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