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2018年3月 1日 (木)

文芸同人誌「クレーン」39号(前橋市)

【「花祭りのあと」糟谷和美】
 作者が、東京・赤羽の改札口を出たところを話の糸口にしている。十年ほど前に亡くなった母親が、赤羽出身である。ここでの、工場経営者の祖父と母親の戦前戦後の運命が、手短に語られる。
 母親が工場経営者の娘で、裕福だった子供時代に、荒川で泳いだり、近くの「常勝寺」のあるとろだったらしい。その寺は、作家・安岡章太郎の作品の「花祭」の内容から、安岡が中学生時代に、成績が悪いので預けられた(作中では入院)ところだったことがわかる。この安岡章太郎の「花祭」の引用が楽しめる。何気なさのなかに微妙な味わいのある文体は、改めて文学的な表現の重要さを認識させられる。
 それだけなく、語り手の母の実家の祖父の時代に負の歴史をもつ墓の前に立つ。そこは、語り手の曾祖父にあたる男の自死の悲劇があった。その墓が存在するということは、親族の誰かが建てたということになる。しかし、語り手は、寺の過去帳を見て、事情を詮索する気にならない。
 第三の新人といわれた作家たちは、地味な作品のものもあり、ここでは安岡章太郎の作品の舞台となった世界を広げる役割果たす良い作品に思えた。
 現代文学界の表現が、技術の発達によってなのかは、わからないが、過去の文学的な精神基盤から乖離した位置にいるように感じる。あらためて、旧来の文学的な基盤を見つめることも必要であろう。
【「天皇制廃止を訴える」わだしんいちろう】
 タイトルは、まるで評論かオピニオンのようだが、形は小説である。連常寺行夫という男が「現在(いま)、天皇制廃止を訴える」という講演をするという。主催は「天皇制廃止を訴える会」。語り手のぼくは、極左団体の政治集会のかくれみのではないかという懸念をもつ。しかし、出かける。その前に、紅い蜘蛛が腕に這っているのを振り落とす。
 それから行ってみると、連常寺は、1926年生まれで、戦時中は戦争に行ってしぬものだと思っていた。友人には、特攻隊員なって出撃した者もいるという。城山三郎の小説「大義の末」にある、自分の幸福より、大義である忠君愛国だけを思いつめてきた、という一文を例にとり、国民が天皇の命令によって、戦争にいった。それなのに敗戦になって昭和天皇は、責任をとらなかった。そこで、敗戦以後彼は、天皇制廃止を訴え続けて来たという。
 そこから天皇制の発祥の由来や、その根拠の解説をする。彼らのグループと僕は、なんとなく縁ができる。連常寺は高齢ながら周囲の女性にもてもてで、エロい関係も堪能している様子が描かれる。ぼくは、ばからしくなる。ただ、その時に、天井が赤い色になっている幻影を見る。末尾の参考資料に、「大義の末」のほか、「語りの海吉本隆明①幻想としての国家」、「吉本隆明が語る戦後55年⑨天皇制と日本人」が、ある。詩人や文芸評論での文学的な世界だけの話のようだ。
 無条件降伏した日本における昭和天皇の戦争責任は、戦争勝利国によって、免責され「象徴」として、憲法にその存在位置を明記し、保証された。象徴の神に祈る貴人として天皇の存在は、神話のなかにあり、その発祥を問うことは、事実上できないであろう。また、天皇制についての改変は、憲法改正を意味するのが、現実である。
 宗教の自由を標榜する欧米には、聖書に誓うことで、正義を問うている。キリストも、その生誕根拠も、神話の世界のものである。また、州法によっては、ダーウインの進化論を教えることを禁じる法律が存在する。神の創造した人間の祖先が猿だなんて、許せないのである。矛盾をそのまま抱えてきたのが、法である。急いで直す必要があるものと、そうでないものがある。
 まさに、「幻想とともに生きる人類」としての憲法を持つ(ない国もあるが)人間像と向き合わないと、現代とのズレが目立ってしまうのではないか。
【「最後の西部劇」田中伸一】
 これはクリント・イーストウッドの映画人の記録と、ジム・ジャームッシュ監督の作風評論である。イーストウッドの映画は、テレビでいくつも見ているが、知らなかったことが多いし、ジム監督の話も面白い。
発行所=〒371-0035群馬県前橋市岩神町3-15-10、わだしんいちろう方。前橋文学伝習所事務局。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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