« 創作のために百円玉催眠に突撃体験を追う(1)外狩雅巳氏 | トップページ | 同人誌評「図書新聞」(2018年2月3日)評者・志村有弘氏 »

2018年2月18日 (日)

創作のために百円玉催眠に突撃体験を追う(2)外狩雅巳氏

  起きた出来事をありのまま、描くことを叙事という。およそ文章の働きに注意深くない人は、日常生活の出来事をありのまま書くことを、エッセイとかいうが、実際はただの叙事であることが少なくない。本人がエッセイというから、それでいいともいえる。それに詩的な味わいとリズム感があれば、叙事詩となる。
  それは物事、出来事を記述する形の韻文であり、ある程度の長さを持つものである。古典では、一般的には民族の英雄や神話、民族の歴史として語り伝える価値のある事件を出来事の物語として語り伝えるものをさす。   その意味で「創作のために百円玉催眠に突撃体験を追う」外狩雅巳氏は、文体にリズム感があり、現代的な叙事詩ともいえそうだ。
  この場合は、孤独感の強い高齢者が、親切にされ、優しく相手になってきれると、居心地が良くなってくる。そして繰り返し足を運びたくなる。それを他人から、とがめられると、余計その思いが募る。
 ここでは、その商業活動を舞台の演劇化したように表現している。高齢者たちに英雄的なドラマ性はない。
英湯的な帯兄 主にドイツの演出家・劇作家のベルトルト・ブレヒトによって探求された演劇のあり方。しかし、読者を舞台のなかの人物のように、観客を観察者にして、その出来事への理解を委ねさせれば、これは作品として成功するのではないだろうか。

|

« 創作のために百円玉催眠に突撃体験を追う(1)外狩雅巳氏 | トップページ | 同人誌評「図書新聞」(2018年2月3日)評者・志村有弘氏 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 創作のために百円玉催眠に突撃体験を追う(1)外狩雅巳氏 | トップページ | 同人誌評「図書新聞」(2018年2月3日)評者・志村有弘氏 »