【文芸月評】(読売新聞1月4日)意識の古層に触れる
若松英輔さん(49)の評論『小林秀雄 美しい花』(文芸春秋)に畏おそれを覚えながら、ひかれるのを抑えられなかった。『霊性の哲学』などの著書がある批評家が、日本の近代文芸批評を形作った小林秀雄(1902~83年)と正面から向き合った。
筆者の立場は、小林が1929年に発表した評論「様々なる意匠」の有名な一文、<批評とは竟ついに己れの夢を懐疑的に語る事ではないのか!>の解釈に象徴されている。
例えば、若き日の批評家が、親友だった中也の恋人の長谷川泰子を愛した有名な事件について。筆者はまず、二人の文学青年がともに耽溺たんできしたランボーなどの詩を訳した際、互いの訳文が影響し合うほど精神的に<別ちがたき仲>だったことに触れる。そのうえで小林は単に泰子を愛したのでなく、<中原から泰子を奪うことで、中原との関係を手に入れようとした>と示す。
<この間はいなげやへつれてゆかないでごめんなさいね(略)おばあちゃんはみすずちゃんが大すきです>
青山七恵さん(34)の「わたしのおばあちゃん」(文学界)は、スーパーのいなげやに連れて行かなかったことを孫に謝る祖母の手紙から始まる。
津村記久子さん(39)の「名を匿かくまう」(すばる)は、世間ではその場にいない人の話をするとき、その人物の名前を明かして語る人間と、隠して語る人間がいると説明することから始める。後者の人間のずるさやむなしさをある逸話から語り起こしてゆく。
柴崎友香さん(44)は、各国の作家が学内に滞在し、交流する米・アイオワ大の国際創作プログラムに参加した体験などをもとに連作小説の執筆を続けている。今月の「小さな町での暮らし/ここと、そこ」(新潮)はとりわけ、学内での何げない生活の模様を記し、日本人が圧倒的な少数派の環境で、自分とは何か、言葉について考えさせた。
最後に、今夏の芥川賞を受賞した沼田真佑さん(39)が、「夭折ようせつの女子の顔」(すばる)を発表した。ふとしたことで中学校に通えなくなった女子生徒が、気分を変えるため盛岡の叔母の家に預けられる。
ざっくばらんな叔母、一緒に暮らす気弱な30代半ばの恋人、中ぶらりんな状態の主人公。不思議なバランスを三人は保つ。手のひらで鳥のヒナを包むかのように、変な力を加えると潰れそうな彼らの日々、流れる時間を優しくつづった。(文化部 待田晋哉)
読売文学賞を受賞した『夜は終わらない』(講談社)をはじめ、ラテンアメリカ文学の影響を受けた大柄な小説で知られる作家の星野智幸さんが、異色の相撲エッセー集『のこった』(ころから)を出版した。
《参照: 【文芸月評】(読売新聞1月4日)意識の古層に触れる》
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