文芸同人誌「アピ」8号(笠間市)
本誌の発行拠点である茨城県は、わたしの母の郷里でもあり、愛着を感じる。とくに今号の田中修「旧水戸街道120キロを歩く」は、その道筋に思い当ることが多く。感慨深かった。近年でも、我孫子の手賀沼には足を運んでいる。
【「一つ目橋物語・其の一『踝』」西田信弘】
時代小説である。大工の竹造は仕事が終わると、隅田川岸辺のつたやという小料理屋で、白い美しい踝の女を見染める。竹造がその女と懇意に接触し、恋と人情の話に展開する。私は時代小説は読まない方だが、この作品は視覚的な要素に注力した文章が見事なので、読み通してしまった。かなりの経験と修練に優れた、小説の小説らしさを示した筆使いに注目した。
【「生命の森」さら みずえ】
一家族の日常の現在が、親の介護あり、仕事あり、親子関係あり、それをめぐる夫婦の関係が描かれ、主人公は主婦の多江で、ある意味で家庭の日常をいかに平穏に維持するかということへの努力を描く。小説的でありながら、生活日誌的で不思議な作品と感じた。それが末尾の「おことわり」に「この物語の時代背景は、1980年です。従って、看護師、付添い婦といった名称は当時のままであることを御理解下さい」とある。なんと、約40年前のほとんど実話なのだ。その内容は、高齢化社会の進み方と、現在の普通の家庭に比べ、巧みにソフトランディングして家庭のまとまりということに破綻がない時代であったことを、強く認識させてくれた。
発行所=〒309-1772茨城県笠間市平町1884-190、田中方、「文芸を愛する会」。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
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