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2017年12月16日 (土)

文芸同人誌「海」第96号(いなべ市)

【「猿追いの記」宇梶紀夫】
 田園都市というから、地域郊外の町立病院で、定年退職後、管理員として勤める。その前は町役場の職員として医事課職員であった。病院の医事課の仕事の詳細や、人口減のつづく町の住民高齢化の様子から、親しい友人が亡くなるなどのエピソードを挟みんで、山の猿が、畑を荒らすようになり、捕獲と山奥への追い払いの作業を具体的に描く。
 かつての農民文学賞を受賞したと記憶する作者の作品だが、これまで鬼怒川流域山村の歴史的な検証を兼ねた物語を連続して描いていたように思う。今回は、現在形で過疎化しかねない町の現状を、フクショナルな調子で軽快に描き、よくまとまっている。
【「八月の雪」白石美津乃】
 30代の奥村祥子は、食品会社に勤める。旅行雑誌を見て、スコットランドのエディンバラ城を知り、行くことにした。現地で、今は亡き弟と同年代の素敵な男性と知り合う。そこで、ささやかなロマンスの漂う交流をする。なかで、自分は普通に生まれついたが、人間は身体の不自由な人も、そうでない人も、何かに選ばれて存在するーーということに気付く。普通のロマンス系の話のようで、素材が意味ありげに扱われている。何かを言いたそうだが、なにが言いたいのかよくわからない。だからどうなの? と思わせる。
【「バトンの道筋」紺屋猛】
 木葉小夜子は、長年経営してきたスナック「リーフ」を閉めることにする。彼女は過去に婚約者がいたが、結婚する前に交通事故で亡くなってしまう。すでに妊娠していて、出産をする。仲人をするといっていた上司には子供なく、赤ん坊を引き取って育てたいというので、彼女は放心状態のまま承諾する。そして、女一人の生活をする。新しい男性とも知り合うが、彼女の過去を話すと、悩んだ末に去って行く。
 そうして、スナック経営を始めたのである。それを、高齢になって閉じようとしていると、ひとりの女性が新しい客として、やってくる。彼女の言葉や振る舞いから、小夜子は彼女が自分の産んだ娘だと読み取る。お互いに感情のぶつけあいもなく、淡々とした交際の末に、その娘がスナックの経営を継いで、営業を続けることになる。
 さばさばした語り口で、物語が論理性を中心に進む。これも小説の一つの特性で、現実にはそうならないようなことでも、物語の法則に沿っていれば、結構面白く読めるという、なかなかテクニカルな手法が成功している。
【「川瀬賢三の変容」国府正昭】
 川瀬賢三は、妻と認知症の母親の面倒をみる生活をしている。家には看護師をしている娘がいる。そうしたなかで近所の噂で、世間の情勢をしる生活ぶりを描く。深刻さもほどほどの穏やかな雰囲気がにじみ出ている。
発行所=〒511-0284三重県いなべ市大安町梅戸2321-1、遠藤方。
紹介者=「詩人回廊」北 一郎。


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