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2017年12月24日 (日)

文芸同人誌「奏」2017冬(静岡市)

【「井上靖『猟銃』ノート」勝呂奏】
 井上靖の作品には、まず散文詩を書いて、その素因をもとに小説にしているものがある。芥川賞受賞作「闘牛」の方はさておいて、なかでも国際的には「猟銃」が支持されて翻訳されているという。
 ここでは、散文詩形式と小説の形式のちがいによる「孤独」の追求の違いを比較して読める。人間の孤独感は、人により千差万別な感受性のなかで生じる。たんなる「孤独」という言葉には、それぞれの感受性が反映されない。Aが孤独だといい、Bが孤独だといっても、そこに共通し、重なるもの要素はわずかである。マルクスやエンゲルスが捉えた「疎外」という言葉も、資本との関係性を絶たれたことの、貧困者の孤独な表現であろう。それだけに個別の事情をすべて包括する「孤独」の存在を浮き彫りにする作品が少なくない。
 この評で、興味深いのは、井上靖が「猟銃」を書くときに「全く作りごとの、楽しく、贅沢な感じのするもの」を書きたいと、考えたということが記録されていることだ。根源的で普遍的な「孤独感」を素材にしたことで、ロマンチズム精神を現代文学に持ち込めたことが、海外でも読まれる理由であるのだろうか。私事だが、自分は朔太郎の初期の詩から、中・後期の散文に傾倒し始めた。詩は、天才の技で、模倣しようにも、とても及ばないが、「猫町」のような散文なら、模倣は可能な気がしたのだ。そのなかで、井上靖の散文詩「猟銃」に出あった。なるほど、と思った。それが小説化されていることを知っても、自然なことにも感じたものだ。
【「安部公房『水中都市論』論―街が水に沈む意味」森岡輝】
 安部公房の抽象的な作品を、幾何の補助線を記して説明されているようで、面白かった。共産党に入党し、闘争と弾圧を意識したことで、隠喩や暗喩に満ちた作品が巧みさが磨かれたのかもしれないとも感じた。
【「評伝藤枝静男(第二回)」勝呂奏】
 藤枝が、眼科医になるまでの苦労と、作家活動の変遷は、知らないことばからりで、そうだったのか、なるほど、と興味をそそった。志賀直哉だけでなく、平野謙、本田秋五などと交流があったことと、戦後の生活のなかで、左翼活動に交わるなど、私小説作家への意思の持ち方が、まさに純文学的なものであったことがわかる。掲載された「近代文学」の埴谷雄高の一文も面白い。ちなみに、私は法政大学の夜間部在籍の時に、小田切教授の名を出した文芸の会に出たが、名前だけだらしいと感じて、行くのをやめた。同じく学生の時代、講談社に友人と冒険旅行の雑誌向け企画の売り込み行った。その時に、昼に蕎麦屋へ入ったら、友人が囁いた。「おい。あそこの客は平野謙だよ。」そこには、一人の孤独そうな年配者が静かに箸を動かしていたものだった。
発行所=静岡市葵区北安東1-9-12、勝呂方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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