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2017年11月30日 (木)

男性も読めば立場への理解が「夢半ば」(小野友貴枝)壮年期

  日本の人手不足について、アベノミクス政策には、女性の活躍がしやすい環境づくりを公約している。しかし、その現状把握は、ほとんどできていない。 また、さまざまな働く女性の共通課題すら、よくわからない。たまたま、小野友貴枝会員の日記「夢半ば」を読むと、家庭と職場とのはざまで夢を追う実際の気持ちが理解でき、ページをめくる手を休めて考えてしまう。《参照:読書のこの秋!「夢半ば」の出版の意義=小野友貴枝
 なんで読んだか忘れたが、島尾敏雄の「死の棘」の映画を外国で放映したら、観客から笑いが起きたという。監督は笑われてがっかりしたようだが、自分は真面目に笑ってしまうが、笑っていられない深刻さを体験したことがある。夫婦の気持ちの通じ合わない断絶にいまでも手に打ちようのないものがあるのを、「夢半ば」の壮年期編には、思い至らせるものがある。

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2017年11月27日 (月)

回想の叙事詩としての文学性

  「詩人回廊」の外狩雅巳氏のネット交流記「懐かしい人の冨岡氏が「夜間は『中央労働学院』」にコメント」がある。波乱万丈の人生模様が簡潔に記され、行間のなかで読者の想像力をかきたてるものがある。まさに、神話的な叙事詩のそのもののように、自分には読めるが、彼の周辺では、生活日誌的作文になれてしまい、あまりひょうかされないように感じている。文学性の感受性にもいろいろあるものだ。

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2017年11月26日 (日)

文人碁会に参加、特別室・幽玄の間を知る

  文学フリマ東京の出店が終わって疲れていたが、 文人囲碁会に参加。有段者と無段者のAクラスで対戦。名人戦は詩人の郷原宏氏が優勝。対戦場所が幽玄の間だったので、そちらの方が気になった。川端康成の揮毫した掛け軸があって、感慨を受けた。《参照:文人碁会2017年(秋)第21回の優勝者は郷原宏氏

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2017年11月25日 (土)

文学フリマでは、増え続けるマイナー文学作品

 伝統的な文芸同人誌が減っているという話題が出るが、第25回文学フリマ東京の出店は、800件弱の出店で、東京での出店数最多新記録である。それが全国に広がっているのだから、文学作品出版そのものは、増えていることは間違いない。《関連情報:見本誌コーナー(A・B)にみる第25回文学フリマ東京
 今回は、見本誌コーナーの写真記録を多くとって、具体的な情報として提供することにした。まだまだ、見本誌コーナーの紹介を続ける。同人雑誌は仲間の仲に個人が埋没してしまうのが欠点である。文学作品は、作家個人が個人に発信したいという気持ちのものという前提を満たすものとして、文芸同志会は参加を続けている。

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2017年11月24日 (金)

ロサンゼルスでも知ってる人がいる文学フリマ東京

  イベントの国際化で、米国の感謝祭も日本に伝わってくる。文芸同志会関係者には海外と密接なところがあて、「詩人回廊」でも「文学フリマ東京2017  江素瑛」がある。
 そのほか人でも、海外との関係者が多く、フェイスブックには多くの外人からのお友達申込みがあるが、ほとんど無視。自分は、長めの理論のできるネット活用に限定している。  

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2017年11月23日 (木)

第25回文学フリマ東京・出店の風景

  2017年の文学フリマの最終イベント東京版に出店。今回は当会委員で「砂」同人メンバーばかりだったので、今後の方向性も話し合う。「砂」は、今後、文芸同志会が積極的にかかわることで、「砂」の会を盛り上げていこうということで、砂の同人会が文芸同志会会員になった。そこで、当会の特典待遇を、砂の会員にすることになり、新しい社会的なテーマを同志会から投稿することになった。
 それにして、売れないであろうと、残部些少なまま展示したら、なぜか買い手が現れたて、見本誌まで売り切れてしまった。在庫ゼロ。一休みしたら、新刊として制作することにした。なにしろ、次回から売る本がない。
《参照:文学フリマ15周年ー第25回東京に出店!ジャンルの多彩さ

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2017年11月22日 (水)

第25回文学フリマ東京」2017年11月23日(木祝)開催

  「第二十五回文学フリマ東京」2017年11月23日(木祝)が開催されます。文芸同志会は2階のブース「キー24」に出店します。
  それぞれのジャンルで、出店者と文学論が語り合えます。静かでゆっくりした図書館なみの雰囲気で、文学にひたる世界で、同人雑誌の作品にもこの情景を活用した小説が生まれてきえいます。当初は、文芸同人誌の即売フリーマーケットとしていましたが、現在は文学作品の即売会と範囲が拡大しています。
 今年の第24回の出店風景《第二十四回文学フリマ東京に出店!コミック評論が好調

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2017年11月19日 (日)

草の実アカデミーの100回記念講演と加計学園の全面広告

  加計学園の補助金不正疑惑について、黒川敦彦氏の説明講演があった。主催した「草の実アカデミー」というのは、NHKにいた上田哲氏(故人)が主催したあと、有志によって承継されたという。いろいろな文化活動のなかのひとつなので、誰の紹介か忘れたが、代表の林克明氏やその友人の寺澤有氏などと名刺交換した記憶から、時間的に可能な限り、出るようにしている。今回は「森・加計」問題で、告発プロジェクトの代表をし、実際に安倍晋太郎氏の選挙区で落下傘立候補した黒川敦彦氏の講演を聴いた。《参照:安倍総理に選挙で勝負を挑んだ黒川敦彦が語る
 それにしても、読売新聞の全面広告には驚いた。応援記事を書いて、広告をもらなんて、政治業界新聞になっているのだから。

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2017年11月18日 (土)

アメリカの従属国としての日本の未来=ジャパン州なることの利害

  さまざまな分野での米国の従属国であることを、実感させる出来事が、多く認識できるが、げんざいの情況では、米国共和国の州になってしまった方が、メリットがあるかも知れない。まず、膨大な財政赤字もなんらかの対応ができるし、沖縄の基地問題も、住民はアメリカ人となるので、人権侵害で軍機が上空を飛ぶこともない。現に、沖縄の基地の軍人の家族が住む地域には、軍機が上空を飛んではならない、という決まりがあるらしい。
 すると、天皇制をどうするか、これも問題になる。《参照:亀井静香氏、日本が独立国家ではない状況を国民が良しとしている》この動画の後半で、私は亀井氏に天皇継承の在り方について、質問をしている。

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2017年11月16日 (木)

日本人の変化と時代の流れ=亀井静香氏の談話から

 11月15日に亀井静香氏が自由報道協会の会見で、現代の世相を語った。《参照:亀井静香氏、日本の国情を憂う
 亀井氏の政界引退そのものは、時代の流れであると思えるが、それ以上に、日本人の変質を感じる。人間はいつも同じで安定した存在ではいられない。時間の法則がそれを強制するのだ。これが科学的な論理と、文学的解釈の融合をすることで、理解が可能なのか、やってみる価値があると思う。

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2017年11月15日 (水)

文芸同人誌「弦」102号(名古屋)

【「芸能史談―柳永二郎の名古屋地方の戦中慰問」下八十五】
 柳永二郎という俳優がいた。渋く重厚な風格のある脇役の重鎮という印象があった気がする。新派を主にした人物だとは、知らなかった。理知的な日誌の一部転載がある。戦時中に空襲による焼夷弾攻撃の合間に、舞台を続ける様子が、よくわかる。現在でも、北朝鮮のミサイル攻撃に備えてJアラートなどの対策をしている。いつの時代にも政府が、何を言おうとも、戦争に国民は対応しようがないことを実感させる。
【「指のあと」木戸順子】
 「還暦を1年遅れで祝う会」と名付けた高校のクラス会に出席し、昔の仲間と再会する。主人公の美穂は、夫を亡くし、夏子という娘が結婚相手を見つける。また、クラスメートで親しくしていた晋平との友達付き合いの時に、彼に強く抱きしめられ、身体に食い込んだ記憶を想い起こす。これらが40枚のなかに描かれている。ひとつひとつの出来事は巧みな文章力で、自然に読める。ただ、40枚にこれだけの内容を持ちこむので、味の薄さを否めない。
【「糠喜び」空田広志】】
 高齢者の生活感居を描いている。筆達者でいろいろな出来事を面白く読ませる。軽快な筆使いが絶妙。生活日誌を書きながら、筆が冴えてくるというのも、面白い現象である。
【「陰翳の男」山田實】
 陶磁器のデザインをする会社が、ベトナムに進出する。日本の陶器製造販売の細部がえがかれているので、面白い。それだけでなく殺虫剤を買いにスーパーに行くと、店内放送で、怪しい客がいるので、警備員は注意するようにという合図するような指示の声が流れる。男は、それは己のことかと、思い買い物の動きがぎこちなくなるところが意表をついて読ませる。
【エッセイ「枯木カリブ海に浮くーキューバ紀行」岡田雪雄】
 紀行文は、自己記録としては、意味が深いが、他人が読むと、それほど面白いとは思えないのだが、これはキューバの人々の生活ぶりを覗けるので、自分には興味深かった。キューバは、社会主義国であるが、米国の経済制裁でみんな貧乏。そこにオバマ前大統領が制裁を解除するとしたので、貧富の差がひらくのではないかと、心配されたが、トランプがそれを取り消して、やはりみんなで貧乏は変わらないようだ。そこから脱出したいと考えるのは当然だが、人間は格差が少なければそれだけ不幸感が減るということを示す社会のようだ。
【エッセイ「青年とカンボジアの未来」加納伸】
 これも紀行文の一種だが、短いが政治的な現状を反映した民衆の意識が表現されていて、興味を引く。
【「少年の死」フランシス和田】
 半島にある鄙びた漁村の少年と少女の一時期を描いて、終章で少年が首なし死体でみつかるという謎めいた出来事を語る。海辺の光景が、雰囲気良く調和的に描かれているのが、文芸的な味をもっていて、印象的である。
発行所=名古屋市守山区小幡中3丁目4-27、中村方。「弦の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2017年11月14日 (火)

文芸月評(読売新聞11月3日)文化部 待田晋哉記者

 今月は、文芸誌3誌で新人賞の発表があり、計4作の受賞作が出た。その中で、圧倒的な言葉と観念の密度を感じたのは、文芸賞を史上最年長で受賞した若竹千佐子さん(63)の「おらおらでひとりいぐも」だった。
 主人公は、突然に夫を亡くした70代の女性。深い悲しみの中である日、生まれ育った東北の言葉が体の内側からわき上がってくるのを覚える。
 <どうすっぺぇ、この先ひとりで、何如なんじょにすべがぁ><だいじょぶだ、おめには、おらがついでっから(略)おらだば、おめだ。おめだば、おらだ>
 彼女は東京五輪の年に24歳で実家を出て50年になり、標準語が身についたはずだった。だが一人で暮らすうち、自分の中で対話するように故郷の言葉で過去を振り返る。幼い頃に<さかしいの、めんこいの>とほめてくれた祖母。勝ち気な母に反発しての上京。結婚と子育ての日々――。
  新潮新人賞は石井遊佳さん(53)の「百年泥」に、素材の面白さがある。多重債務の返済のためインドで日本語教師として働く女性が、現地で100年に1度の洪水に遭遇した。川の汚泥が巻き上げられ、自身や現地の人々の記憶などが混然一体となって呼び起こされてゆく。
 すばる文学賞を受賞した山岡ミヤさん(31)の「光点」は、家族の問題などを抱えた若い男女2人が、新しい一歩を踏み出すまでを刻む。文章が澄んだ光に包まれている。
  石田千さん(49)の「母とユニクロ」(群像)は、年老いた両親が住む東北の街に里帰りした女性が、母とユニクロへ出かけた一幕をつづる。ブラウスの袖の形などについてあれこれ言いながら選ぶ2人の姿に、老いた親を気遣う娘と、子供がいない娘を思う母の無言の優しさを交差させた。
  町屋良平さん(33)の「水面」(文芸冬号)は、心が弱い若者の失恋や傷心のインド旅行、社会での低迷の日々を記す。弱い人間の図太ずぶとさもにじませた。
  <ぼくのベッドはナッツ> 短編では、不思議な一文で始まる坂口恭平さん(39)の「ロンパの森」(Monkey13号)に、広い場所へ導かれるような心地よさを覚えた。
 村田喜代子さん(72)の連載「エリザベスの友達」(新潮昨年4月号~)も完結した。北九州の介護施設に入った認知症の老いた母親たちと見舞いに訪れる娘たちの物語だ。年を取って知覚が衰えると、人間は自分の過ごした最も良い頃に帰るという。中国の天津租界で優雅な生活を送った記憶に浸ったり、出産の痛みに包まれた時間へ戻ったりする母の姿を娘たちは目の当たりにする。
 夢を扱った『屋根屋』をはじめ著者には、意識と無意識の境界が揺らぐ世界に紡いだ小説群がある。今作は、老いの衰えに物語の桃源郷を見出みいだした。(文化部 待田晋哉)
  『時の肖像 小説・中上健次』などの著作を残した辻章さん(1945~2015年)の作品を収めた『辻章著作集』(作品社)の刊行が始まった。麻布学園時代の同窓生が刊行会を作り、6巻を出版する。
 第1巻には、初の作品集『逆羽』や第2作品集『この世のこと』のほか、芥川賞候補作になった「青山」などを収録した。「逆羽」は、学生運動がセクト同士の陰惨な内ゲバへと転じた時代が舞台だ。「暴力革命」といった抽象的な言葉からはこぼれ落ちてしまう、実際に学生に鉄パイプが振り下ろされたような現実のざらざらとした恐怖感が身に迫る。「青山」は、障害を抱えた子供を持つ父母が家庭を崩壊させてゆく姿を書き尽くす。いずれの作品にも、現代の小説には見かけなくなった剛直さがある。
《参照: 【文芸月評】方言の背後 豊かな力

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2017年11月12日 (日)

文芸同人誌評「週刊読書人」(2017年11月3日)=白川正芳氏

   阿曽十喜「詩撰集 五編 中間被災地記録」、犬童加津代「運動会」(「海峡派」140号)、「ずいひつ遍路宿」215号より高島緑「柿の木」
桑原文明「吉村昭試論39 法意識」(「吉村昭研究」第39号)、東喜啓「たんぽぽ」(「民主文学」10月号)、榎並椈水「四季 有情」(「安芸文学」86号)、山田美枝子「許されざる者」(「まくた」292号)、堀康治「アンテナ暴走」(「雑木林」22号)、「北村くにこ特集」(「人間像」187号)
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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2017年11月10日 (金)

東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』第71回毎日出版文化賞を受賞

   東浩紀著『ゲンロン0 観光客の哲学』が第71回毎日出版文化賞を受賞した!本日11/3(金)の毎日新聞朝刊にて、鷲田清一さんのコメントとともに『ゲンロン0』の受賞が発表された。
 《参照:第71回毎日出版文化賞 受賞作決まる
本書は、根底にポストモダン思想からの延長線上のものであることを、冒頭部で述べられている。
【ポストモダン】とは。
  現代という時代を、近代が終わった「後」の時代として特徴づけようとする言葉。各人がそれぞれの趣味を生き、人々に共通する大きな価値観が消失してしまった現代的状況を指す。現代フランスの哲学者リオタールが著書のなかで用いて、広く知られるようになった。
  リオタールによれば、近代においては「人間性と社会とは、理性と学問によって、真理と正義へ向かって進歩していく」「自由がますます広がり、人々は解放されていく」といった「歴史の大きな物語」が信じられていたが、情報が世界規模で流通し人々の価値観も多様化した現在、そのような一方向への歴史の進歩を信ずる者はいなくなった、とされる(『ポスト・モダンの条件』1979年)。
  また、ポストモダンという言葉は、ポスト構造主義の思想傾向を指す言葉としても用いられ、その際はポスト構造主義とほぼ同義である。唯一の真理をどこかに求めようとする思考を徹底的に批判しようとしたデリダ、近代は自由を求め拡大したのではなく、むしろ人々の内面と身体を管理する技術を発達させたと述べたフーコーなどは、共に、近代的な物語を解体しようとした思想家として見られるからである。 (西研 哲学者 / 2007年)

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2017年11月 7日 (火)

文芸同人誌「文芸中部」106号(東海市)

【「お願いですから」堀井清】
 主人公の自分は、80歳ぐらい。妻はすでに亡くなっており。結婚した娘が50歳になって、離婚し出戻ってきて同居。二人暮らしである。ここまで生きて、今後どうするという夢もない。なんとなく、無意識的にスーパーで万引きをしてしまったりしている。
 自分は、夫婦との健在で、息子夫婦と同じ敷地に住む境遇の友人を訪ねる。すると、孫が若い身の上で、もう結婚しようとしていることを気に掛けている。満ち足りた老後でも、それなりに悩みが生まれる。
 作者は、これまでも高齢者の置かれた立場をさまざまな生活環境に置いて、その精神を逐一描いてきた。しかも、同じようで、すこしずつ異なる設定のなかで、家族関係と社会的な存在の位置を普遍的に表現する。本作では、同居していた娘が、再婚でもするのか、家を出るという。そこで、80歳になっての一人暮らしが暗示される。高齢者視点小説の専門作家として貴重な存在であると思える。
【「カメだって反撃する」朝岡明美】
 「わたし」の高校時代からの友人の香澄が離婚したらしく、主人公の家に転がり込んで、何時の間にか居ついてしまう。おまけにカメまで飼って、わたしに面倒をみさせている。私には、大学時代からの男と交際していたが、彼がまた接近してくる。彼は香澄とも関わり合いがあった。わたしは、用心深い女とされているが、そこで彼の結婚申し込みを受けるかどうか考慮するところで、終わる。女性にの生活を描いて、その場、その場は読ませるが、わたしの人間的な在り方が良く見えなかった。
【「文学館のこと」三田村博史】
 愛知近代文学館建設促進委員会があって、前中部ペンクラブの前会長の横井幸雄氏が立ちあげて、三田村氏は理事にされたことからはじまる。その後機関誌「風の音」が創刊され、東海TV会長、春山行夫、城山三郎、杉浦明平たちが顧問になり、寄付などがあったが、同誌の勢いがなくなると、次第に文学館の建設から遠ざかっていく。その後の経過から、「愛知WEB文学館」のネットサイトを立ちあげたとある。収蔵物のデジタル化をしているという。
 杉浦明平宅には、戦後文学の雑誌10万冊、清水さん宅には、同人雑誌20万冊が、引き取り手がないままになっているという。
 読んで、さもあらんと、感じた。私も東京で、生前の浜賀知彦氏が、大田区の南部文学として活動したプロレタリア同人誌を2階に集めていたものだ
  その目録を作っていたのでそれをもらっていた。そのなかに安部公房や壷井栄の同人誌やGHQが接収漏れしたのではないかという物もあったようだ。保存のために、大田区の図書館に寄贈したいと申し出たが断られたという。その後、雑誌「現代思想2007年12月臨時増刊号 総特集=戦後民衆精神史」で東京南部文学(地元では下丸子文化として知られる)の特集で浜賀さんを取り上げた。その後、収集した同人誌は駒場の日本近代文学館で引き取ってくれることになりそうだと、生前の浜賀さんが言っていた。
 さらに、不二出版が浜賀コレクション「東京南部サークル雑誌集成・編集復刻版東京南部文学資料」として3巻を刊行。当時の同人誌活動を残している。価格は、6万円と高価だが、資料価値の面で、全国図書館に置くべきだと思う。
  さらに、浜賀の話では、大森に住み、久保田正文氏(雑誌「文学界」の同人誌評を行った)の亡き後の、書庫の本は、区内の図書館に寄贈しているという。そこで、その図書館に、寄贈本を見たいと確かめに行った。しかし、係員は、そんなものは知らないという。そのこで、寄贈されたものは、どこに保管するのか、ときいたら、「これですかね」と別室の戸棚の下段にあるのを見せてくれた。雑誌「文学界」の昔の古ぼけたバックナンバーと2,3の書籍ががあった。おそらくそれなのだろうと思った。整理されていず、始末に困ってそこにあるようだった。
 現在は、図書館は民間に委託しているので、おそらく処分されているのだろう。所詮そいうものなのだろう、と納得した。
発行所=〒477-0032愛知県東海市加木屋町泡池11-318、三田村方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2017年11月 6日 (月)

西日本文学展望「西日本新聞」17年10月28日・朝刊=茶園梨加氏

題「生き方と死に方」
宮脇永子さん「三途(さんず)の川はどごですか」(「南風」42号、福岡市)、白石すみほさん「花かんざし」(「ふたり」18号、佐賀県唐津市)
まえだかずきさん「伝説のメモ帳」(「詩と眞實」820号、熊本市)、紺野夏子さん「ウエーブ」(「南風」42号、福岡市)
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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2017年11月 5日 (日)

文芸同人誌「星座盤」Vol・11 (岡山市)

【「居川花火」金沢美香
 「私」の少年時代の鉄道ファンであった。カメラの鉄撮りでもあって、いつも寄っている無人駅にいくと、居川花火を見に行くという少女と知り合い、居川花火をみることになる。そこでの出来事は、幻想のように思えるが、その後、川で「私」の鞄が見つかる。少女は水死体でみつかったという話が伝わる。しかし、居川という川はないという。不思議物語だが、それだけのものか、ほかに意味があるのか、わからない。自分は、アクセントのない書き方は、苦手で受け取り方が難しい。
【「角打ちの友」清水園】
 居酒屋で立ち呑みをするのを角打ちというが、そこでの友達が亡くなったことから、「あいつ」と称してのその人の思い出を語る。一面的な表現で、工夫をしている。楽な書き方を選んだのか、書き手も、「あいつ」も人物に対する興味がわかないところがあった。
【「骨の人々」朝岡千昌】
 交通事故で死んだ妻のある恋人のことを想い、死者に会えるという島にきた様子を描く。
【「最愛のひと以外」水無月うらら】
 現代人の男女関係、社会生活のひとつのパターンを、文学趣味豊かな文章で描かれている。これは、「季刊文科」72号に掲載された「君は檸檬が読めない」の読後感も似たようなもので、こうした作風の積み重ねが、時代の標識として広まる可能性があるのかも知れない。
発行所=〒701-1464岡山市北区下足守1899-6、横田方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2017年11月 4日 (土)

文芸時評10月(東京新聞・10月31日付)=佐々木敦氏

若竹千佐子「おらおらひとりいぐも」自由で筋が通る。
温又柔「空港時光」複数の問い考察した力作。
≪対象作品≫文芸賞・若竹千佐子「おらおらひとりいぐも」(「文藝)冬号/新潮新人賞・
石井遊佳「百年泥」(「新潮」11月号)/温又柔「空港時光」(「文藝」冬号)/同・シンポジウム「複数の言語、複数の文学」参加(「すばる」11月号/同・リービ英雄と対談(「文学界」11月号)。

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2017年11月 1日 (水)

文芸時評・11月「そこまでして村上春樹を避けたいのか」石原千秋氏

(中頁抜粋)今月の文芸誌は温又柔(ゆうじゅう)だらけ。その中で、リービ英雄との師弟対談「なぜ日本語で書くか」(文学界)は、誌上でのゼミ指導の趣があって面白かった。リービ英雄は温又柔の『真ん中の子どもたち』について、「僕があの小説を読んで不安に思ったのは、これは管理された上品な留学生活の話だということ。場所は上海で(中略)高層ビルばかりで、でもその下に、自身の二百年分の給料を払ってもマンションを買えないような人たちがウロウロしているはずなのに、それが全く出てこない」と厳しい。これがまさにテクスト論的に「語られないこと」を暴く方法なのだ。意図的であるかないかを問う必要はない。僕がいつも授業で話している方法である。加藤はいったい何をもってテクスト論だと想定しているのだろうか。
 今月は新人賞の月。何度か批判したが、受賞作よりも選考委員が前面に出てくるいかにも権威主義的な誌面構成がいっさいなくなったのはよかった。
 文芸賞の若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」のタイトルは、言うまでもなく宮沢賢治「永訣の朝」の本歌取り。もうろくした桃子という女性の半生を、東北弁をうまく交えながら書く。結婚後は「周造の理想の女になる、そう決めた」あたりで、これは安っぽいフェミニズムが来るかなと思って我慢して読んだら、「周造のために生きる。自分で作った自分の殻が窮屈だと感じ始めたちょうどそのとき、もう周造を介在せずに自分と向き合っていたまさにそのときに周造が死んだ」という一節にピンと来た。しかも、その後に「おらおらで、ひとりいぐも」が来る。これで桃子がくっきり独り立ちした。みごとな作品だった。文芸賞ぽくないのにこの作風を受賞作とした選考委員にも拍手。
《参照:ノーベル文学賞、そこまでして村上春樹を避けたいのか 11月号 早稲田大学教授・石原千秋》

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