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2017年10月30日 (月)

同人誌評「図書新聞」(11月4日)評者・志村有弘氏

  豊岡靖子の「藤原の息女・光明子」(あべの文学第25号)が労作。
  萩原有記の王朝小説「於才ときね」(狼第70号)が心優しい王朝絵巻。佳作。
  逆井三三の歴史小説「戦わざる日々」(遠近第64号)が力作。
  曽根登美子の「夕陽を追いかけて」(法螺第75号)が、ひとりの女性の波乱に満ちた半生を綴る。早いテンポの文体のせいか、荒削りな感じもするが、心に残る作品だ。
 白河葉の「不思議猫」(ペン第12号)の主人公は、動物を拾ってきては飼育し、希望者にあげている小学生の優。ミステリー風な少年小説の感も。
 エッセイでは、秋田稔の「探偵随想」第128号に年輪の凄さ。江戸川乱歩の「奇譚」翻刻のことや、通勤の友として乱歩の市民文庫『心理試験』(河出書房、昭和二十六年刊)を持ち歩き、今はカバーも取れて裸となっているという乱歩病(?)が示される。ーー他。(相模女子大学名誉教授)
《参照:豊岡靖子の光明皇后を描く歴史小説(「あべの文学」)――萩原有記の庶民に視点を置く平安絵巻(「狼」)

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2017年10月29日 (日)

町田文芸交流会だより!文芸同人雑誌の向上へ=外狩雅巳

 今回は同人会運営や編集センス等を考えてみましょう。
現在手元に「私人」93号、「babel」創刊号と「駱駝の瘤・通信14」「文芸多摩通信14」の4誌が届いています。通信と題して大型で薄い冊子に雑記・連絡・書評等を載せて気楽に読ませます。
 私は「相模文芸」誌の創刊号裏表紙に宣伝文を印刷しました。
--相模原は空気が良い  相模原から富士が見える
相模原には緑がある  相模原には「相模文芸」がある-
 と書きました。以来44号の現在まで引き継がれています。
 見た目が大切だと考えました。表紙で宣伝します。当初は巻頭に詩を載せました。気楽に読ませる工夫です。 「私人」は表紙に執筆者名を印刷しています。
 次は運営です。結束の為の手段も様々です。月例会を行い仲間の顔合わせ・歓談も大切です。役割分担も大切です。
 外部との交流・紙誌を報道機関などへ送付する事で作品評が貰らえて「群系」誌は受賞に結びつき盛り上がっています
 会員を大切にし、書き手の新人を増やします。高齢化社会です。宣伝一つで大量加入も出来ます。
 才能を発揮する新人も増えますよ。実力者集団になる事も落書帳にする事も編集・運営次第でしょう。
外狩雅巳のひろば

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2017年10月28日 (土)

同人雑誌季評「季刊文科」72号(2017・10・22)

《対象作品》下平尾哲「積乱雲」(「くれす」第12号・京都市)/住田真理子「杭を立てるひと」(「あるかいど」61号。大阪市)/奥田寿子「楓」同)/葉山ほずみ「ホームタウン」(「八月の群れ」VOL・64。兵庫県)/耽羅澤楮「浜風に澱む」(「てくる」21号・滋賀県)/水無月うらら「君は檸檬が読めない」(「mon」VOL・10。大阪市)/猿川西瓜「ミドルエイジ」(「イングルヌック」第3号・大阪市)/後藤髙志「シーズン・シート」(「カム」VOL・14。高槻市)/塚田遼「It’sa Sexual World-2-」(「孤帆」28号・川崎市)/とおやまりょうこ「編集後記」同)/大牧裕子「トルコマーチ」(「北陸文学)第81号・金沢市」/松宮信夫「ある映画俳優の回想録」(「樹林」vol・639.大阪市)。

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2017年10月27日 (金)

発売前の本の書評を前提に無料で読める「NetGalley」

 出版デジタル機構はこのほど、ネットサイトを活用した紙の本の促進支援サービス「NetGalley」(ネットギャリー)を本格稼動した。書店員、図書館員、教育・報道関係者、ネットブロガーなどを対象に、発売前の書籍ゲラや見本本を電子書籍の形態で無料配布する。
 会員パスワードでログインするシステム。出版社によって承認された利用者は、仕入や予約のほか、記事やレビューを書く材料にできる。増売や書籍情報が広く社会に拡散されることが期待されている。
  これまではKADOKAWA、幻冬舎、講談社、光文社、集英社、小学館、ディスカヴァー21の7社でテストしてきたが、本稼動にあたり、朝日新聞出版、イースト・プレス、秀和システム、主婦の友社、竹書房、トランスビュー、白泉社、PHP研究所、ブリッジ、マガジンハウスが加わり、計17社から作品の提供を受けることになったという。
  現在、ネット書評は、「読書メーター」やアマゾンのレビュー投稿があるが、それらでは、何かが不足しているのであろう。

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2017年10月25日 (水)

文芸同 人誌「砂」の現状についての考察=外狩雅巳

 同人誌『砂』近況から始まった考察と助言の二回目です。《参照:休刊間際の文芸同人誌「砂」の活性化に向けて始動
 『読む人ネット』のサイトは文芸同志会通信の記事転載も多く、時々覗きます。さらに提携先の『文芸同人誌案内』へリンクを辿ります。ここには同人雑誌の作り方を詳しく説明しています。多くの人が活用している事でしょう。なんと二百以上の同人雑誌が参加しています。
 パソコンで簡単に書けて印刷製本出来るので、同人雑誌自体の発行や仲間集めが安易に行われている事でしょう。
 趣味としての活動なら気楽にやれば良いと思います。
 行政の広報誌や新聞の仲間集め欄を利用したり、ネットで募集して大量の会員となれば運営手法の問題で解決します。
 しかし、書きたいこと・訴えたいことに真剣なら別な切り口で同人誌のあり方を考える必要もあるかと思います。
 半世紀前に私が始めたのも労働者文学として思想性を込めた作品群で結集したかったからです。
 労働学校の仲間なら合意出来ると思い行動しました。が、やはり運営的な甘さから赤字運営になり破綻しました。
 購読中の「民主文学」誌が組織拡大を呼び掛け続けながらも、読者が減り続け存続の危機に立たされています。
 半世紀前に「新日本文学会」が思想問題で分裂した時に発足し、継続し続けた「民主文学」の現状を考えながら文学と思想について更に趣味としての文芸についていろいろと書き続けてみたいと思っています。
外狩雅巳のひろば

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2017年10月23日 (月)

秋の「詩人囲碁」大会を開催。台風のなか参加者多数

 恒例の秋の詩人囲碁大会に、北一郎も参加。台風の大雨、参加者は少ないであろうと思っていたが、結構盛況。《参照:「詩人回廊」第36回詩人囲碁大会の優勝者は橋本茂さん
 目下、新しい参加者を歓迎しているという。

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2017年10月22日 (日)

コスモス忌の集い。文壇バー「風紋」のマダム林聖子氏(89歳)が登場。

 アナーキスム詩人・秋山清の「コスモス忌」が29回目を迎えた。今回は、89歳でバー「風紋」のマダムをしている林聖子氏の話を聞いた。《参照:林聖子氏が森まゆみ氏に父と文壇人を語る(1)》
 太宰治の紹介で出版社に入り、その後、新宿でバー「風紋」のマダムをしている。太宰治の短編「メリーク・リスマス」のモデルともいわれている。太宰が玉川上水で行方不明になったとき、捜索に人が川べりに、並行して土の筋が二本線路のように残っていたというような話も出た。

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2017年10月20日 (金)

我が同人雑誌の遍歴体験苦節10年=外狩雅巳

 10月15日の通信に文芸同人誌『砂』の現状が掲載されている。
 高齢化で文芸同人誌の継続には多くの苦労が伴います。思い当たることも多いので私の見聞や経験を述べます。
 先ず私の三度の同人誌運営経験から幾つか述べます。
 最初は三十歳。夜間『中央労働学院』通学時でした。文芸科の男女4人でサークル誌『未知』を結成しました。年長なので代表になり、年五回の発行をつづけました。一人で百ページ弱。十万円弱の費用を負担しました。
 三百部発行一部二百円での買取、回収では赤字です。月間『未知通信』も発行して個人負担が大変でした。千部販売を目標に頑張りましたが無理でした。
 集会で平等負担を呼び掛けたら拒否されました。誰が金を払っているんだと捨て台詞で解散しました。
 『あなた、悲哀,愛と、書いてしまうと、あとは、何も書くことの無くなってしまう僕の詩』という表紙文字です。新聞『赤旗』同人誌評にも取り上げられ有頂天でした。
 トラウマになり以後二十年は仕事人間になりました。
--それは昭和60年の春でした。新聞募集での同人誌に加入するべく説明会
に出席したのが始まりでした。---
 これが人生後半の同人誌体験です。上記は同人誌『慧』鵺号の編集後記の冒頭文です。
 42歳で加入した同人誌で二代目代表になりました。会費制の会で掲載費も著者負担として活動中の会でした。相模原に移住後も池袋の月例会に出かけて継続しました。
 新聞の募集欄にも投稿して会員拡大に努めました。新日本文学会・文学学校教師の登芳久氏も加入しました。
 合評会を先導してくれ学びの場として盛会が続きました。さらに、定年後の為相模原市で同人誌発足を行いました。図書館の紹介で知り合った長澤勝男氏と協議しました。
 彼が会長で私が事務局で公民館に募集ビラを貼りました。十人ほどの加入者で『相模文芸』創刊号を創りました。
 市役所・公民館・地方新聞等の応援もありました。会員には後に会長等を務め現在も活躍中の人達がいます。編集・会計・正副会長・事務局の組織運営体制です。集団運営が現在に続く盛況の秘訣でしょう。
《参照:外狩雅巳のひろば

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2017年10月19日 (木)

文芸同人誌「星灯」第5号(東京)

【「支配からの逃走」渥美二郎】
 人間による人間の支配をテーマに、教師の立場から見た支配的な事例を上げて、自からの行為も検証する。まとまった物語の形をとらないので、エッセイ的に見えるが、こうしたテーマ追求の形も純文学の特性であろう。ドストエフスキーの「地下生活者の手記」の手法もあるので、こうした作風に注目したい。
【「ラスト・マン・スタンディング」野川環】
 桜井大は、40才を超えた中年だが、現在はマウンテンバイクを使って、故郷の実家に戻ってきた。原発とは距離があるのだが、放射能汚染は、ひどい。そのため妻子は、大と別れてしまった。過疎となった実家は荒れ果てていた。彼は、勤めていた会社の早期退職に応じ、マイホームを売ることで退職金を使ってローンを返済した。それが、妻の離婚の意思で、ローンと離婚の慰謝料に多くの金が消えてしまった。残った多少の金で生活するために、実家に戻るしかない。過疎地であっても近くに、老婆が住んでいた。その老婆もそこから出て行くという。大は、放射線汚染のその地で暮らして行こうと、決心する。
 原発事故を忘れることがあっても、放射能汚染はなくならない。放射能汚染を日常化させた試みは、意義があると感じさせる。地域の電気水道事情や、セイタカアワダチ草の繁茂する様子など、フィクショナルであるが、話を面白くさせている。
【評論「日本文化論の形成と発展―加藤周一論ノート(4)」北村隆志】
 加藤周一という評論家のものを意識して読んだ記憶はない。が、マルクス主義思想の社会階級論文学についての評論は読んだ記憶がある。ここでは、加藤評論の日本人の精神的風土論を紹介しているので、大変興味深い。知識人による日本人論として、宗教や万葉集、源氏物語を生み出した精神の底流の分析を紹介している。
 なかでも、日本人の現在主義と集団主義の意識について、積極的に論じている。そのなかで共産主義者のなかに、戦争に反対した人々が存在していることを強調している。
 現代のポピュリズムの世界的な流れのなかで、現在主義と集団主義という視点は、分類項としては、幅が広すぎるようにも思える。これらは、近代社会の流れから知識人による分析を紹介している。その意味で勉強になる。
 ただ、本誌の大変面白い座談会(渥美二郎、神村和美、島村輝、松本たきこ)「『騎士団殺し』メッタ斬り」で論じられているような問題。つまり、近代社会以後、ポストモダンの文学的な現象に向けた視点での評論を生み出すことが課題ではないだろうか。
発行所=〒182-0035調布市上石原3-54-3-210、北村方。星灯編集委員会。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一

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2017年10月17日 (火)

文芸同人誌評 「週刊読書人」(2017年10月6日)白川正芳氏

  「北斗」10月号の「清水信追悼号」より清水信「(文芸時評)汚れたる指にて」(田中英光論)と「なぜと問うなかれ-少し長い「私のいる風景」」・尾形明子「いつの日にか書くはずの清水信論のための備忘録」、寺町良夫「同人誌の神様は逝った」(「美濃文学」96号、談話室)、「吉村昭研究」39号より桑原文明「吉村昭論39 法意識」他
山田美枝子「許されざる者」(「まくた」292号)、創作「北村くにこ特集」(「人間像」187号)、東喜啓「たんぽぽ」(「民主文学」10月号)、武田純子「マイ・ホーム」(「安芸文学」86号)、秋亜綺羅「エッセイ 1200字のひとりごと」(季刊「ココア共和国」21号)、とうやまりょうこ「ヒア、ボトム」(「孤帆」28号)、涸沢純平著『遅れ時計の詩人』(「編集工房ノア」刊)
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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2017年10月15日 (日)

ある伝統的な文芸同人誌「砂」の典型的な動向から

  文芸同人誌「砂」は、第135号まで、発行してきて、次号も発行できる余力はある。《参照:休刊間際の文芸同人誌「砂」の活性化に向けて始動
(投稿原稿も来ているそうである)。会員数の高齢化による、減少はともかく、運営実務者が次々と病に倒れ、とりあえず運営の中の比較的若い人の有志がとりまとめて、運営実務を行ってきた。文芸同志会の伊藤も同人であるが、運営にかかわっておらず、投稿もそれほどしていなかったので、なんとなく「活動が不活発だな」と思う程度であった。そこで、昨年来、その事情を確認し、会合をしてきたが、印刷所の変更や会計担当の変更などを行って継続している現状のなかで、一度は休刊か廃刊にしようということになった。
 しかし、これまで連載小説を行ってきた投稿者から継続を望む声もあり、それに押されて発行を続けようということになった。それでも、同人会の活性化は必要で、会員拡大や同人会の活動の周知をすることに、文芸同志会も活動しようといううことになった。
 この「砂」というのは、1950年代から1970年代まで「雲」という同人誌があって、その会の解散後の受皿として1970年代に誕生した。
 「雲」は一時は、北海道から沖縄までの会員300人弱を容し、年総会には、上野・池之端の会館を借り切ったほどの組織であった。
 その運営者は、直木賞候補にもなった現役作家夫妻であったため、その指導により、当初は生活の生きがいに物を書いていた人のなかから、商業誌の文学賞や、ミステリー作家を輩出した。
 そのため、「雲」という一つの同人誌の内部に、作家志望派、生き甲斐生活作文派、作家工房結成派の三つの組織が、本誌とは別にそれぞれ雑誌を発行するという事態になっていた。
 伊藤は、その作家夫妻に精神的な影響を受け、結婚式の仲人をしてもらった。したがって、「雲」の運営の苦労や、一般会員の知らない事情に詳しかった。「雲」を主催する夫妻が高齢で、会を解散したあとも、その作家夫妻とは子どもを連れて、訪問していた。だが、まず夫の作家が亡くなった。その時に夫人が、「あなたは、やせているけど、年をとれば肥りますから、そのときは、これを着なさい」と先生の礼服をくれた。それは、当たっていて、今では私の礼服になっている。夫人が独り暮らしをしている時は、雑誌記者をしていて行動に、自由があったので、書いた記事を載せた雑誌や小説誌を渡していた。夫人の最期は、お子さんの家に引き取られ、住んでいた家を処分する旨の電話が、家内が受け取ったそうである。夫人が亡くなっても、息子さんが大企業の幹部であったため、両親の過去の人間関係者については、絶縁の知らせを受けた。人知れず庶民の生きがいとなって、さまざまなロマンと功績があったのに、死んでしまうと、すべてが消されてしまうものだと、実感し涙したのを覚えている。
 その関係で、後継同人誌「砂」の会員になっていたのである。

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2017年10月11日 (水)

文芸同人誌「澪」第10号(横浜市)

【「大池こども自然公園生態系レポート-1」かいぼり編(上)鈴木清美】
 長年にわたって地元の大池公園の自然を写真撮影や、生き物観察の場に愛好してきた写真家の作者が、編集者の依頼で、公園と大池のかいぼりの話が生まれるところから、住みついた外来種の魚類、動物などについて記す。こうした活動は自治体のやる気がないと、なかなか進まない。同時に、のちに地域の歴史に関しての貴重な資料にも成り得る。
 イギリスの居酒屋パブで、飲み客が町の噂や政治談議をしたこところから、パブリックという言葉が公共性の意味を持つようになったそうである。パブリックとジャーナリズムを合わせた機能を、文芸同人誌に折り込む試みに期待したい。写真も素晴らしい。一瞬の現象をスーパーリアリズムや幻影にちかい手法で表現するための努力が見える。同時にこれが永遠の一瞬かと、感じさせる。
 今回は難しすぎて、紹介ができないが、同時掲載の評論「ハイデガーを想う」柏山隆基の存在論を具象化したようにも見えるカメラ視線である。
【「カップマルタンの休憩小屋」衛藤潤】
 これは自衛隊員を兵士というより、公務員意識から描いた異色の作品である。時がくれば光があたるであろうと、想わせるものがある。
【随筆「かたち」草野みゆき】
 愛猫の葬儀所を探すはなしだが、細部の説明と描写が的確で、エッセイを超え、小説になっている。ただこの文才が、猫好きによるものか、持ち前の才気なのか見分けがつかないが、構成が巧みで面白い。
【「クラシック日本映画選5-カツライスアゲイン『座頭市物語』石渡均」】
 勝新太郎の映画の「座頭市」の解説で、運が良ければ、BSテレビでの再放送で鑑賞ができる。我が家のテレビは、26Vだが、BSの映像で見ると、撮影時における光と影の工夫のあとがはっきりすることがある。だから、光と闇の話はとくに面白かった。
【おとなの童話「ねこくる日々」片瀬平太】
 叙事と言葉のリズムの感覚が心地よい。つまり、文章表現が巧みということになる。
発行所=〒横浜市旭区左近山157-30、石渡方。文芸同人誌「澪」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2017年10月10日 (火)

「散文とは判断の芸術である」ということ

  長々とモダニズム文章論を紹介してきた。でもこれが結論。《参照:伊藤整「氾濫」モダニズム文学の周辺と北原武夫の評論(4)
北原武夫は「散文とは判断の芸術である」というアランの言葉を前提にこの評論をしているようだ。自分は、判断のない文をじぶんなりに、叙事と称することにしている。そして、そこに文学味があればとりあえず、叙事詩としている。

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2017年10月 8日 (日)

「工場と時計と細胞」(「相模文芸」33号)とセガ労組活動=外狩雅巳

  セガ・エンタープライゼス社での労組公然化活動の記録。それを題材にしたのが、「工場と時計と細胞」で青春の一時期を記録した作品です。
  当時、中央労働学院の同級生を誘い入社させた仙洞田氏。彼の作品『忘れ火』の素材こそあの70年安保の時代です。
 『民主文学11月号』で連載も11回目になりました。私の記録と重なる部分を描写したが多くなりました。
 当事者の私には、当時の事実を下敷きにした事がよく判ります。古参幹部の回顧部分などに事実の数々を読んでいます。
 懐かしさで胸が一杯になり涙を拭いながらの読書です。そうした労働者達の築き上げた革新勢力の一端です。
それが今回の選挙情勢の中で困難な環境になっています。リベラルとか共産党とかは禁句となりそうな世の中です。
  当時は純粋に働く人の報われる社会を呼びかける事でした。しかし、中国等の社会主義国の現状が批難されています。総選挙の争点となり声を上げるのもはばかれる現状です。「詩人回廊」に、そのベースを連載し、それを編集して「相模文芸33号」に掲載した作品です。
 あの70年安保闘争の高揚の再来を切望し書きました。高齢者になり国の未来に不安を抱きながら生きています。22日の総選挙開票を固唾を飲んで待ち続けています。


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2017年10月 6日 (金)

<ノーベル文学賞>「日本はもう一つの古里」イシグロさん

 「でも、英国でも米国でも、この小説を自分たちに今起こっていることとして読んでくれる人は多いですよ」と語った。日本でも記憶を奪おうとする動きがあることを感じたはずだ。だからこそ、その作品群は、世界はもとより現代の日本人の胸に深く響く。最後に「私の底には、子ども時代があります。もう一つの古里です」とほほ笑んだ。【鶴谷真】
《参照:毎日新聞<ノーベル文学賞>「日本はもう一つの古里」イシグロさん

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2017年10月 5日 (木)

赤井都さんが新作『一千一秒物語』予約受け付け開始

  赤井都メールマガジンより=三省堂書店神保町本店一階での一週間の催事「そっと豆本、ふわっと活版6」無事に好評終了しました。おいでいただいた皆さま、お世話になった皆さま、ありがとうございました。今年で6回目なんですよ。
  去年は、2016年のミニチュアブックソサエティの賞状を飾って、『雨ニモ負ケズ』初売り。その前は、受賞作となる『月夜のまひる』を新作として出品し、皆様と出会いを作っていました。絵を販売し始めたのもこの時が最初でした。今年は、香港からいただいた木製ミニプレスなどを飾り、新作は『一千一秒物語』。見本しかできていないので、予約を受け付けました。 言壺便りでも、ご予約を受け付けます!
  『一千一秒物語』販売価格 4万7千円。ご予約金として内金1万円をお支払い下さい。お振込か、カードへの請求をペイパル経由のメールでお送りすることができます。
  年明け頃に、品物ができましたら、残りの3万7千円をお支払い下さい。限定12部の制作です。全12巻の巻物が、三段の引出しの中に入っています。マグネットを利用して、一巻ずつ枠にセットして読書します。
  文章と絵をそれぞれに印刷した雁皮紙を二枚貼り合わせた本文紙です。文字部分はレーザープリンタ、絵は活版とドライポイントです。全巻にわたり、グラデーションカラーの挿絵が多数入っています。函には、純金箔、革モザイク、マーブル紙を使用しています。断面は割れてこないように、ろうをつけました。
作品画像はーこちら「外観」「中観」ーをご覧ください。
  金箔押しとモザイクは池袋のデコールレッスンに2年通って、ようやく直線と直角と、そして小さなワンポイントを押せるようになりました。先生にも画像を送ったところ、コントロールがお見事です、とお返事いただいて、とても嬉しいです。ご指導の賜物。クラシックバレエで、体幹が鍛えられたのも良かったのかも。
  ご予約は、このメールにリプライでお申し込み下さい。作るのが大変なので、まずご予約いただきましたら着手します。材料費もかかったので、ご予約金をいただくと助かります。
  ちなみに、豆本を作った後でまだ使えた凸版で、絵はがきを印刷しました。テキンでガチャガチャと、和紙にグラデーション印刷しました。東京堂書店で委託販売します。『孤独』抜き刷りも、販売します。こちらは豆本を作った残りのページで、枠にぴんと張り詰めた雁皮紙が美しいです。
  

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2017年10月 4日 (水)

分析的説明によって、小説の描写量はどれだけ減らせるか

  モダニズム文学の一頂点を極めたと自分が考える伊藤整「氾濫」という作品について、北原武夫が同業者として、独特の解説を行っている。その一例を示した。《参照:伊藤整「氾濫」モダニズム文学の周辺と北原武夫の評論(3)》 ここで、北原は、伊藤整が官能描写を不得意としていたので、別の手法を編み出したのではないか、という推測をしている。自分は、それだけでなく、千枚にもわたる大長編を書くにあたって、面倒な描写を避けて、論理的な分析で済まして、先を急ぐという気持ちがあったのだろうとも、思う。
  小説という世俗的な出来事の羅列で物語化をするために、読者を納得させるために、やむを得ずそこに至る経過を細かく書く必要がある。話が飛ばないようにである。つなげるための部分を橋という場合もある。作者によっては、面倒だが仕方がないとする部分。
それを、伊藤整は社会的な会社人と、家庭人という側面を読者に意識させながら、人間の愛欲関係を描くという、合理的な手段を必然として用いたのではないだろうか。
 うろ覚えの記憶だが、伊藤整は作家仲間か編集者だかと共に、香港に行ったときに、性行為をナマ見せするショウーがあったそうだ。伊藤整は、そのショーを正座をして観賞。周りで、酔った見物人が騒ぐと「うるさい。静かにしろ」と怒ったそうである。
 おそらく事実としての現象と、心理的な幻想力の違いに、注目していたのであろう。

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2017年10月 3日 (火)

文芸時評9月(東京新聞9月28日付)佐々木敦氏

ウェブで同時連載、上田岳弘「キュー」物語と作風の行方は
今村夏子「木になった亜沙」さらなる飛躍を期待
≪対象作品≫
上田岳弘「キュー」(「新潮」・「Yafoo Japan」)(スマートフォン向けのブラウザーで提供されるコンテンツ(https://bibliobibuli.yahoo.co.jp/q/)に行くと無料で読むことができる。/今村夏子「木になった亜沙」(「文学界」10月号)。
 (一部抜粋)――1990年代の初頭に、筒井康隆は「朝日新聞」紙上での小説「朝のガスパール」の連載をASAHIネット(当時はまだパソコン通信だった)との連動で行った。2000年代半ばに阿部和重は「ミステアスセッティング」をいわゆるケータイ小説」の携帯で連鎖した。テクロノジーの進化は、文学なり小説なりの主題や物語のみならず、それらが書かれ/読まれる環境=インフラにも大なり小なり影響を与えている。そのようなことには無頓着な作家も多いが、ITの発展に敏感にならないでいられないタイプの小説家も居り、自らIT企業の役員でもある上田はその最初のヴァージョンと言っていい。――

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2017年10月 1日 (日)

西日本文学展望「西日本新聞」9月29日/朝刊/茶園梨加氏

題「一皿の料理」
園田明男さん「星の故郷」(第7期「九州文学」39号、福岡県中間市)、水木怜さん「捨て猫はカウベルを鳴らして」(「照葉樹二期」12号、福岡市)
瀬戸ゆうみさん「「ch」の言い分」(「風響樹」49号、山口市)、立石富生さん「ジグソーパズル(前編)」(「火山地帯」191号、鹿児島県鹿屋市)久賀逸子さん「思い出に変えられた時」(「航跡」60号、大分市)
(
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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