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2017年9月11日 (月)

文芸同人誌「R&W」第22号(名古屋市)

【「滅びゆく懐疑派―『東海魁新聞』と眞野志岐夫の周辺」渡辺勝彦】
 眞野志岐夫というアナーキストが居て、まず、その長男の眞野吉宣が亡くなったことを記す。吉宣氏は、昭和11年の生まれで、行年76歳。語り手の「私」が彼に会ったのは、6年前である。
 「私」は、『東海魁新聞』を発行していた眞野志岐夫のことを調べているのだが、まず、その息子のことを記すのは、時代背景と現代との距離をつかませる。そして「私」が彼の父親について、取材すると、多くを語ることを避ける。しかし、彼の死後に「私」に向けて書かれた手紙が、発送されないで残っていたことがわかる。じつに話の展開が巧い。
 「私」が『東海魁新聞』を入手してその幾つかの号を読むのだが、眞野志岐夫は社会主義思想に基づいて、新聞を発行し、広告なども充実し読者の安定していた様子が新聞からわかる。彼が「治安維持法」違反で、警察から罰金刑を科せられるが、罰金が払えず、刑務所に入っている。
 その後、警察によって、社会主義思想家からの転向をさせられる。転向後も新聞を発行するが、国民より国家権力を優先する風潮を、転向者の証明として、過剰に賛美表現することで、皮肉の意味を持つような記事を載せるようなこともしていたらしい。
 すでに、法として成立している「治安維持法」のなかでの生活の様子が、普通に描かれている。現在の労働基準法をないがしろにする残業代ゼロ容認法なども、こうして成立していくのだろうな、と感慨を呼び起こす。資本主義と国家体制が結びついて、目に見えない網がかかっている社会の空気が読めるような気がする。いま与党として連立している公明党だが、創価学会の牧口常三郎初代会長は、伊勢神宮の御札(大麻)を受け取らなかったということで、昭和18年「治安維持法」違反で、拘束され獄死しているという。錯綜する矛盾社会をみる気がする。
【「禿頭賛歌」藤田充伯】
 亡くなった田中小実昌は、作家・翻訳家として著名である。文壇や周囲ではコミさんで親しまれた。彼はベレー帽を被っていたが、それは禿頭なので、頭が寒いからだったと想像がつく。本稿の作者も禿頭だそうで、そこから田中小実昌の人となりを語る。自分は、田中小実昌訳となると、ほとんど目を通した。翻訳なのに、ひらがなを多用し、日本の物語のように訳す。本人の書いたものは天才で学ぶべくもないと思っていたが、翻訳というのは別だろう思っていたところ、とんでもない。翻訳の文体でも天才であった。ハドリー・チェイスの「ダブル・ショック」の翻訳を読んだ時の驚きは忘れない。名人技の文章である。
 その彼が、映画鑑賞と路線バスに乗るのが好きで、わたしの地元、蒲田西口商店街にあった映画館に通っていたことを書いているのを読んでいる。晩年は、カント哲学について書いているのには驚いた。今は路線バスに乗るたびに、ひょいっと外の風景を見ては、彼のことを思い起こすことがある。何でもない街の風景に心の永遠なるものがあるのだ、と悟らせられるのだ。
 本稿で、通称コミさんがクリスチャンであったことや、亡くなったのがNYでの客死あったことなどを知った。
【「シ・ネ・マ」霧関忍】
 少年が罪を犯したと思いこんでいる過去と、ロマンスと超常現象とを混ぜ合わせた物語。過去のことに罪悪感をもつという自意識を働かせた題材が、現代では珍しい。そう感じるのは、政治家が「美しい日本」を掲げているが、それは過去に「汚れた日本」の存在を示す意味があるのに、気づかないような自意識の薄さ。現在の日本人の風潮を意識させるものがある。
 発行所=〒460-0013名古屋市中区上前津1-4-7、松本方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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