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2017年9月25日 (月)

「二流作家」デビューのデイヴィット・ゴードンのポストモダン

 「二流作家」というタイトルのミステリーでデビューしたデイヴィット・ゴードンという作家の短編「ぼくがしようとしたこと」のなかに、作家の主人公が、「たしかに、ぼくはものを書くことを生業(なりわい)としている。考えようによっては、自分の作品をポストモダニズムに位置づけることができるだろう。(普通に考えれば、モダニズムに分類すべくだと考えるが)--」という文言がある。(2012年早川書房「ミステリアスショーケース」収録)。
 作品は、娯楽物として、ほんとにつまらない小説だが、こようにポストモダン文化が世界的に普及しているのだ。
  そんなわけもあって、モダニズム文学の一端を紹介した。《参照:伊藤整「氾濫」モダニズム文学の周辺と北原武夫の評論(1)》

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