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2017年8月24日 (木)

文芸同人誌「季刊遠近」第64号(川崎市)

 本誌の編集後記で、ドイツ文学者の松本道介氏が亡くなっていたことを知った。私が会員制情報誌「文芸研究月報」を発行している時に、便りをいただいた。そこの時点から同人雑誌作品紹介を行っていた。当時は、会員だけの印刷物だから、文学精神に欠けた作品の典型があると、遠慮なく批判した。それが、意に適ったのか、著作を贈っていただいた。「季刊文科」の編集部に草場影郎氏がいた頃である。松本氏はドイツ哲学にも詳しいようであったが、文学畑の読者には、それを理解されたような形跡がなく、雑誌「文学界」の同人誌評も大変なのであろうと、想うところがあったものだ。
【「幻の薩摩路」藤民 央】
 書き出しは平成27年に高校の「喜寿記念同窓会」があってそれに出席したことから始まる。それを足がかりに、過去の回想のなかで、薩摩人の風土的な傾向を述べる。平成28年に「私」は、高校の教師をしていた時の女性と出会う。現在の停滞した生活から、過去の人生の越し方を回想するように出し入れに工夫をし、単調にならないように工夫をしている。特に第3章に歯のインプラントをしない話や、亡き父の幻覚を見るようなところで終る。自己生活史的散文から文学性の世界に入ろうとするところで終る。
【「戦わざる日々」逆井三三】
 幕末の幕府の老中、板倉勝静の江戸城無血開城に、蔭で貢献した人物としてその仕事ぶりを描く。歯切れのよい文体で、わかりやすい説明が説得力をもつ。歴史的な背景の解釈には多様性があるようだが、外圧だけでなく、と国内の飢饉的な情勢があったことを強調しているのは、説得される。 
【「濃霧」難波田節子】
 康介は、結婚して妻の宏美は妊娠中である。しかし、彼には幼馴染みで従妹の梨花との関係が続いている。これは家族愛的な近親的恋愛であることの表現力は流石である。それだけに絆が強く、簡単には関係が清算できない。とくに梨花には、康介と別れる気持ちは持てない。妻の知らないところで、康介と梨花の関係は泥沼状態になる。この行き詰った状態を手厚い筆法で、描く。小説巧者であるこれまでの作者であったら、手際良く主人公の心理を創って、きれいにまとめて治めてしまうことも可能であるはず。意外にも、作者は人間の情欲の業のようなものにとりついて、生き詰まるところまで行きつく。いや、どうなるかわからない。壁に当たる。壁にあたるということは、作者が前に進んでいることを示す。普通に、読み物として読むと、終わりのない話になるかもしれないが、純文的に読むと、書き続けると先があるものだ、と作者の今後に期待する気になる。文学とは、面白いものである。
発行所=〒215-0003川崎市麻生区高石5-12-3、永井方、「遠近の会」
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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