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2017年7月27日 (木)

文芸同人誌「私人」第92号(東京)

【「名残の夜空」鳴沢龍】
 これは太平洋戦争で、敗戦国となった日本軍に捕虜となったカナダ人と、戦時には幼児であった日本の会社員との交流記である。語り手「私」は、世界展開している大企業メーカーか、商社のような有力企業の社員らしい。戦時中に、カナダ人兵士が、捕虜となって、強制労働をさせられた。その兵士Aが終戦後カナダに帰国したあと、来日するという。会社の応対が悪いと、反日的な意識を高められても困ると、広報部からその接待係を頼まれる。
 ところが、Aは日本の文化に興味があり、理解者であった。国内の行きたい場所や、会いたい人などの希望をかなえるために、私は奔走する。すると、Aはその取材をとおして、著書を刊行したり、文化表現力を発揮して、母校で成功をおさめる。
 その間の交際をとおして、日本人としての立場からの感情的な、好悪感と兵士Aの感情の動きなどが、細かく語られる。
 A兵士は戦争で、日本軍に虐待された。それを忘れることはないが、強く根に持つても仕方がないというような気分。一方で、「私」は、戦争の世代ではない。しかし、前世代の責任を背負って、応対する様子と、感情的な揺らぎがよく細かく描かれている。
  両者の感情的な応接の様子から、外国人との交際の難しさと、その機微を表現したものとして、優れた作品に思えた。
【「D・H・ロレンスの思い出(六)」尾高修也】
 ここでは、ロレンスの「チャタレイ夫人の恋人」について、その性描写の一部が引用されている。訳し方によっては、卑猥な描写になるようなものだという。そして、粗筋として、夫人コニーの夫クリフォードと、恋人のメラーズが支配階級と被支配階級の対立として描かれていることを解説。結局コニ―は離婚を決意し、メラーズの子供を身ごもっていることをクリフォードに告げる。クリフォードは茫然とする。結局コニ―は、実家に帰り、メラーズも別居中の妻と別れ、二人は別々の場所でお互いに離婚が成立するのを待つ。
 じつは、我々が読んでいる「チャタレイ夫人の恋人」は、三種類あって、二度書き直した末の第3稿であるという。
 その第2稿としての「ジョン・トマスとレイディ・ジェイン」という題で、大沢正佳氏の訳があるというのは、知らなかった。タイトルは、男性器と女性器をイメージさせるものらしい。それでも性愛関係の描写は、「チャタレイ夫人の恋人」の方が、長く露骨だという解説をしている。筆者は本書の特性として「小説の長い語りの末にしるされるのは、男と女のあいだの『小さな炎を信じ』ようという、ごく単純で控えめなことばである。文明論的な大きなことばのあと、日常場面の小さなことばで締めくくられる小説だといっていい」としてる。
 たしかにロレンスは、死と性に関する意識につい、て哲学的な意味での追求を考えさせる思想的傾向もつ。そこに、いわゆる恋愛における不倫関係など、刺激的な要素を取り入れているところは、純文学小説として、思想を小説にする技巧に優れた作家であることを再認識させられた。
発行人=〒364-0035埼玉県北本市西高尾4-133、森方。
紹介者=「詩人回廊」・北一郎。

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