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2017年7月20日 (木)

総合文芸同人誌「岩漿」25号(伊東市)

【「檸檬の木のある風景が」偲優一】
 私立高校の常勤講師を長年にわたって勤め、三年前に定年退職した「私」は、あてもなく町を歩く。同時に人生の越しかたを振り返る。
 「お祭りのような繁華街を抜け2時間ほど歩いていくと公園があった。遊具一つ無く、人ひとりいない小さな公園である。染井吉野の根元に血しぶきのように咲いているのは曼珠紗華。」ここに一つの伏線がある。死が目の前に横たわる意識を表す。そして、街歩きしながら、過程のこと、家族のことなどが、思い起こされる。すべて普通に順調な平凡な人生の過程が思い起こされる。だが、懐には、佳き妻であった彼女への離婚届が入っている。
 そして、この小説の小説らしさ示す箇所がある。
 それは立ち寄った画廊に飲みかけのペットボトルを置き忘れ、キャップを開けたまま忘れたことを思い出すのである。これが「私」の存在感を感じさせるのである。
 それに追い打ちをかけてーー刑法上の違法行為をしない限り刑罰を科せられないーーという条文をしめす。終章で「人の往来がまばらになり、街灯の間隔が遠くなり、星ひとつ見えない。ポシェットには二か月分の抗うつ剤と睡眠導入剤が入っている。5メートルほどの紐も入れてある。あの公園に水道はあるし、枝ぶりのいい染井吉野もある」で締めくくる。――社会的な参加のない老年の死をまつというか、憧れる情感を、きちんとした骨格にするための計算の行き届いたニヒリズムに満ちた完成度の高い文学的作品に読めた。
発行所=〒413-0235伊東市大室高原9-363、小山方「岩漿文学会」。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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