« KADOKAWA、文芸情報サイト「カドブン」開設 | トップページ | 寺澤有氏のメディアが伝えない警察組織の内情が面白い »

2017年6月16日 (金)

文芸同人誌「奏」34号・2017夏(静岡市)

【「評伝藤枝静男(第一回)」勝呂奏】
 表題の郷土の私小説作家の詳細である。冒頭に講談社文庫に藤枝の短編集が2点刊行されていることに触れ、没後も一定の愛読者が存在することの現象として捉えている。
 たしかに、私自身も「悲しいだけ」をもっているし、それ以前に幾つかの短編を読んでいた。40才頃から執筆しはじめた藤枝の作品が、師とする志賀直哉とほぼ同量の作品を残した、と指摘しているのには驚いた。なぜ、藤枝静男の作品が意外にも? 読まれるのか。自分はその理由は、家族関係が題材になっていることが多いことだと思う。
 家族関係は、人間生活の基本的な構造に由来する。したがって、読み物好きには、興味深く感じる。場合によればもっとも大衆的な素材である。人間の好奇心に訴える物語にミステリ―小説があるが、それと同等な世間話的な家族関係も大衆的な魅力がある。横溝正史の長編推理小説。「金田一耕助シリーズ」の大ヒットもそうした両面をもっているためであろう。
 同時掲載の【「藤枝静男『家族歴』ノート」勝呂奏】と合わせて、藤枝の家族関係の細部は、愛読者には参考になる労作である。
 本論一部を読んで、私なり注目したところを上げてみると、まず藤枝の自我の形成についての手掛かりがある。人間の自我形成は幼児期にあると見るので、これによる藤枝の自我形成には、祖父や兄によって、愛情を与えられて、そこから無意識な自己肯定の基礎ができたこと。
 同時に、人間像へのイメージが尊敬する先輩や偉人の姿に置くという理想主義があって、彼の自己肯定感を満たすには、この境地に達すること、というビジョンがあったこと。
 そのために、自己批判と自己否定感の影を負っていたと見える。常にそれと向き合っていただけに自分は自分という自己肯定感によって、困難に打ち勝つ精神が確立された。志賀直哉の我儘にも見える自己肯定の精神に藤枝が同感したのも道理である。
 これと対象的なのが、太宰治で、裕福な家庭内ありながら、家族からどこか充分な愛情を受けているという、充足感を知らず、愛情不足を抱えた精神が形成されたのではないか。無意識に抱く世界感について、寛容性を感受するより、不公平感を持つ。僻みっぽく、自己肯定的精神が弱い。他者の気分を伺い、それに感情が左右される感受性が生まれる。太宰治の文学的才気の繊細さと、藤枝の図太いような作風は対照的である。
 今後はそれに関連した話題として、示唆されると思うが、藤枝の私小説が、ただ事実をもとにしただけでなく、そこから次元を超えた日本の風土に根差した異次元世界への展開を含む、想像力による手法に果敢に挑戦したところが魅力であろう。
【「小説の中の絵画(第六回)太宰治『キリギリス』(続)妻の願い」】
 太宰の作品にこのような絵画の場面があるとは知らなかった。妻の独白体の引用文を読んでも、女性の感性を表現するのが巧いし、女性の孤独感より、夫の孤独感が想像させるのは、やはり巧さと才能を感じるしかない。
発行所=〒420‐0881静岡市葵区北安東1-9-12、勝呂方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

|

« KADOKAWA、文芸情報サイト「カドブン」開設 | トップページ | 寺澤有氏のメディアが伝えない警察組織の内情が面白い »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« KADOKAWA、文芸情報サイト「カドブン」開設 | トップページ | 寺澤有氏のメディアが伝えない警察組織の内情が面白い »