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2017年4月30日 (日)

福島震災復興大臣失言事件の多さについて

  福島震災復興愛人の失言事件は、記者のメディア報道が原因という説が取り沙汰されているようだ。《参照:吉野新復興大臣に政策転換要請書を提出
 その問題は、福島の震災による原発事故の被害者への政府対応がおそまつであることを、無意識的、意識的にしろメディアが感じ取っているために、良く報道されるからだと思う。原発は日本の核戦略を下敷きにした国策なのに、それを前面に押し出さない。そのために、対応策を十分に、(あるいはこれ以上は仕方がばいであろう)という)納得できることがない。例えば交通事故死が毎日あるが、それについて、メディアが問題しすることはない。仕方がないと納得知る部分があるためだろう。納得しない人も多いが、政治問題にはならない。
 チュエルノブイリでは、ソ連の対応は良いとはいえないが、それでも、事故時には住民避難のためにバス1200台が出動したという。避難民の住まいは、現在に至るまで、無償で提供されている。
 そういう国柄でいえば、キューバ国は現在も国民の医療費無料、医者になるためでもなんでも教育費は無料である。それが現在制裁で、あと10年もとうかどうか、とみられていたいたところに、オバマが友和政策を決めたのである。
 なんたって、メディアは日本が素晴らしい国とばかりしか言わないので、事実も言いたくなるのである。

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2017年4月28日 (金)

村上春樹さん「翻訳は究極の熟読」

  「好きに書く小説と制約の多い翻訳、という相反するものをバランス良くやることで、心地良いリズムがつくれる」と翻訳の効用を力説。「物をつくる人間にとって怖いのは『井の中の蛙』になること。外に開かれた窓のような翻訳作業を大事にしたい」と語った。
 このほか自らの翻訳作品や新作小説「騎士団長殺し」の一節も朗読。翻訳家の柴田元幸さん(62)を迎えた対談では時折ユーモアを交えた語りで会場を魅了した。
《産経:村上春樹さん、翻訳について語るイベント「翻訳は究極の熟読」

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2017年4月27日 (木)

文芸時評4月(東京新聞4月27日付)=佐々木敦氏

 村上春樹「騎士団長殺し」=論じやすいところが罠
 ミヤギフトシ「アメリカの風景」=文体、慕情、技巧そろう
《対象作品》村上春樹「騎士団長殺し」(新潮社)/文学界新人賞受賞作・沼田真佑「影利」(「文学界」5月号)/、ミヤギフトシ「アメリカの風景」(「文藝」夏号)。

☆ 村上春樹「騎士団長殺し」については、「新潮」が椹木野依と上田岳弘(同誌は先月号にもいしいしんじが長めの書評を寄せていた)、「群像」が清水良典、「すばる」が杉田俊介、「文学界」が小山鉄郎と鈴村和成と山崎ナオコーラと佐々木敦、「文藝」通常の書評枠だが田村文とさんがら「騎士団長殺し」バトルロイヤル状態…とある。

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2017年4月26日 (水)

事実と小説との見分けのつかない美濃加茂市長汚職裁判

  警察が詐欺犯を取り調べていたら、新人当選市長に賄賂を渡したというので、その詐欺版の自白にもとづいて、市長を起訴。贈賄側が金を渡したという時に同席者がいたが、それを観ていないし、席も外していないという。裁判になったが、1審は無罪。検察が控訴したら逆転有罪となった。その間に、起訴された市長は現職を辞任して、出直し選挙をしたら市民の支持を受けて再当選。まるで、小説のプロットの様な出来事である。《参照:なぜ「逆転有罪」になった?美濃加茂市長事件控訴審判決(3)》
  小説の読語感想には「リアリティ」あるとか、ないとかが論じられるが、そのもっともらしさというのは、事実の方があるのか、出来事の流れにそった虚構の方があるのか、そこが問題となる。だいたいが、虚構によるもっともらしさの方が、リアリティがある。そこにプロの作家の手腕がある。しかし、裁判となると、同じことが言えるのかどうかである。
 この裁判の郷原主任弁護士の説明は、サイトの一番下の動画になっているので、そちらを見た方が早いかもしれない。語られない部分に、なにか検察と裁判所の事情があるような気もするが、それは誰にもしることができない。
 

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2017年4月25日 (火)

文芸同人誌評「週刊読書人」(4月7日)=白川正芳氏

山野このみ「自宅カフェ『森のバロック』」(「創人&ほむら」合同刊3)、北村隆志「西洋見物と雑種文化論-加藤周一論ノート(3)」(「星灯」4号)、村上伸生「再び山頭火の句について」(「スクランブル」33号)
「イングルヌック」創刊号・2号より新城理「みる君どんな顔してる」・猿川西瓜「俺ら」、竹野滴「麩菓子」(「麦笛」16号)
階堂徹「張り子の家」(「詩と真実」3月号)、かなれ佳織「ダブルステッチ」(「民主文学」4月号)、北条ゆり「茶柱」(「まくた」219号)、大西真紀「トキオコシ」(「文芸中部」104号)、小島恒夫「わか家の犬たち」(「土曜文学」11号)、高橋秀城「菩薩行」(「虚空」52号)、笹原美穂子「湖」(「コブタン」43号)
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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2017年4月24日 (月)

伊藤桂一先生を偲ぶ会を仮称「竹林忌」として毎年開催へ

  4月23日に東京で「伊藤桂一先生を偲ぶ会」が開催された。《参照:伊藤桂一先生を偲ぶ会=会場風景》神戸に転居してから亡くなったので、お別れ会に東京から行かれない人が多かったようだ。しかし、神戸でも多くの人がお悔やみこられたという。広い会場の付属したマンションでも大変なようであった。
 東京でもずいぶん大規模なものであった。今後は仮称「竹林忌」として偲ぶ会をするようだ。伊藤桂一先生の人柄を偲ぶ話で、幾人もの人が伝えたのが、生き物を大切にしたことで、蚊や蠅も殺すのを避けたという。自分もずいぶん書き物を読んでいただいたり、詩の跋文をいただいたりしたが、蚊ほどの人間でも、自然体のまま相手をそしてくれたのだと思う。
 自分などは、生物は死ねばただの物質になってしまうという、感覚から離れられないが、伊藤先生は、物質化すること以上のロマンを生物と無生物の間に観ていたのかも知れない。まさに、この宇宙界では、伊藤桂一文学菩薩そのものであるように思う。

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2017年4月23日 (日)

真田左近 元公安刑事・自衛官の作家

 現代的な自衛隊や公安警察の体験者である作家の意見~公安は相変わらず共産党を調べるのが仕事らしい。主婦のパートでも雇った方が効率的なのでは。東京新聞・中日新聞(4月22日付け朝刊)《真田左近 元公安刑事・自衛官の作家》より。
-まず一般にはなじみのない公安警察とは何かについて教えてください。
 左翼や右翼の情報、スパイ・テロなど外国からの脅威、デモ取り締まりや要人警護をするセクションで、それぞれ公安、外事、警備と呼びます。戦前で言えば特高警察。全国の警察本部に警備部や公安部があって各警察本部ではなく警察庁の指揮下にあります。静岡は県警本部警備部に公安、警備、外事の三課があり、清水分庁舎に「裏公安」と呼ぶ協力者づくり専門の作業班がいて、獲得した協力者に定期的に接触します。裏公安は大きな署にもあります。
 -警備の仕事内容は?
 藤枝署警備課の担当は文書(庶務)と共産党、極左、特対(特殊組織犯罪対策)、外事、右翼、(警備)実施、災害対策に分かれていて、私は配属時は文書担当でした。共産党員など視察対象者の情報をまとめて本部に「逓送」する仕事です。視察というのは監視のことで内部では対象団体の構成員を「マル対」と呼び、逓送は警察内部の文書を警察車両を使って本部や警察署間でやりとりする部内郵便のことです。
 -担当はきちんと決まっているのですか。
 課長含めて五人の小さな組織ですから何でもやりました。監視する組織には番号があって一は共産党、二は右翼、三は外事、四は極左、七はカルトなど特対。番号の割り振りは時々入れ替わります。マスコミと接触するなど不穏な動きのある警察官がいれば二十四時間監視もやります。
 -最も重視されるのは?
 監視組織の協力者獲得です。かつてはマル対にもAからFまでの六段階と最後にZがプラスされて七段階の格付けがありました。共産党で言えばAが国会議員や中央委員、Bは県委員など、Cは一般党員。A~Cは党員ですから「M」と呼びます。メンバーのMですね。DからFはシンパで、ランクはその度合い。Zは活動休止状態や脱党、除名された党員です。藤枝署管内だけでも左翼右翼計千人以上の視察対象者がいるので、活発に動いていて将来性のある人に絞って作業をかけます。二十歳前後の出世しそうな人につばをつけたいですね。

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2017年4月21日 (金)

幻想的社会の明瞭化を観るだけの民衆

  「詩人回廊」で外狩雅巳「後期高齢者の年金・健保とカール・ビンソン」がでているが、自分も同じ年なので、健康保険の後期高齢者のカードになった。身分証明証にこれをもって歩くには、ぺらぺらで薄すぎる。自分は以前から、出入りするのに身分証明証が必要なところによく行くので、あまり使われていない写真入りの住基カードを作った。2020年まで有効だ。また、年金は厚生年金基金の団体が解散したり、組織替えをしたりしたので、その分が年金機構に繰り入れられたりしてる。そのため、税金その他に関係するらしく、削られたり、間違えて削りすぎたかも知れないなど、暫定的なことを知らせる通知が来ている。自分ではどうにもできない、幻想世界にいるようだ。
 おまけにトランプの指示次第では、北朝鮮の攻撃がどうなるか、とか、まるで現実感のないことが起きるようなことをメディアで報道している。まるで、ライトノベルの幻想世界に入ってしまったようだ。
年金とカール・ビンソンとの結びつきも、それだけ読むと、無関係のようだが、イメージを結び付けると、ひとつの現実と受け止めることができる。本来は、言葉の並びだけを見つめると、詩的幻想としての表現であるものが、非常にはっきりしたものに受け止められる。
 言葉には幻想をつくる作用があって、それを連ねて、創作や生活リアリズムをイメージさせる。このところは、幻想であるはずのものが、幻想と思えないように明瞭化するのが不気味だ。
 武器産業の資本家は金儲けを考え、彼らの意志を黙ってみているしかない民衆。嫌な感じだ。

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2017年4月20日 (木)

東京五輪で食器の再利用を検討

  食器の再利用はイベントだけでなく、首都圏直下型地震などの災害時に、有効である。具体的にどんなものがあるか、暮らしのノートで取材している。《参照:R計画まわる君プロジェクトの展示体験装置》この記事は、雑誌に寄稿するつもりでいたが、なにせ長すぎるのである。しかし、短くてはその実情がわからない。そこで、いつか同人誌に発表しようと思っている。ところが、現在は改良版が出来ているそうで、現在形にするなら取材しなおしが必要だ。
   新聞記事ーー2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会は20日、選手村や競技会場などでの飲食提供の在り方を議論する飲食戦略検討会議の第2回会合を開き、環境への配慮の観点から食器の再利用について検討した。
 過去の大会では、使い捨ての紙皿やコップの使用が主流だった。再利用には食器の保管スペースの確保のほか、洗浄機や乾燥機を稼働させるために電気や水の供給能力を高める必要が生じるケースも想定され、費用面の課題がある。洗剤で洗って再利用した場合には、洗い残しなど衛生面を懸念する声もある。
 検討委員からは「リユース(再利用)という言葉は聞こえがいいが、コスト面などを考えてもリスクが大きい。選手村は使い捨て、ほかの競技会場は食器を再利用するなど分けて考えては」といった提案もあった。(時事通信4月20日付)

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2017年4月18日 (火)

文芸交流会メンバー小野友貴枝さん「夢半ば」が好調=外狩雅巳

 文芸交流会の常連参加メンバーである小野友貴枝さんの出版された『夢半ば』が本格的に売れ出している。発行元の文芸社から350セット販売の報告が来た。《参照:小野友貴枝さんが出版体験を講演
 小野氏から今後も講演会などを行い活発に行動してゆくと連絡もあり22日の交流会でも現状を報告する。
五冊組にした日記集は千セット作成し文芸社の販路に乗せ様々な広告も行って来た2ケ月間の成果が出た。
 初期投資は大きかったが無料配布等をせず有料読者を掘り起こす手法が軌道に乗り出した。
少女期から現在までの日記を保存し出版した根気と覇気が78歳になり大きな花を咲かせたのだ。
 医療行政での全力投球は日本看護協会の重鎮となって社会的意義を残している。
同時に文学努力を続け家庭も充実させた人生を丹念に書き綴った記録は読み応えのある日記になっている。
 実売数が五百セットを超えの間近だろう。増刷するか新規に小説を出版するか。文学館のドル箱である。
 人は何を残すか?彼女の真意を聞ける22日の交流会。毎月毎回を楽しく開催して行く。

文芸交流会事務局長・外狩雅巳《参照:外狩雅巳のひろば》 

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2017年4月17日 (月)

詩人囲碁の会・合宿に参加=北一郎

  16日から詩人囲碁の会の湯河原合宿に参加してきました。《参照「詩人回廊」》そこで、ブログはおろそかになりました。とくにこの通信は、うまく編集に入れないので、やりにくくなりました。
 それはともかく、今回は体調をくずしていた伊藤礼氏にお会えたことが収穫でした。いぜんから、わいせつ罪に興味があったので、伊藤礼氏は父親の伊藤整訳「チャタレイ夫人の恋人」のわいせつ罪で削除された部分の復活補遺をした新しい「チャタレイ夫人の恋人」(新潮社)の共訳者なのです。以前から、伊藤整全集で調べて、問題点をかくつこりでいたので、その資料本をいただけることになったのです。詩人囲碁の会の関連記事は後に書きますが、とりあえず、会員の対応をしなければなりません。
 このサイトでは、あまり出しませんが、同人誌を読むだけなく、自ら書いたもの文学フリマで売っています。5月のフリマでは、2階展示場の入口に近いカー2という席に、決まりました。親入会員もいて店番をしてくれそうなので、フリマ現象の観察に会場を視察できそうです。

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2017年4月15日 (土)

文芸同人誌「澪」第9号(横浜市)

 本誌は地域リトルマガジン的同人誌という姿になりつつある。
【YOKOHAMA発巻頭インタビュー「先人の営み、その精神を伝えたい!」清水靖枝】
 インタビュ-アは石渡均編集長。話すところの清水靖枝さんは、地元の市民活動家で、長屋門公園歴史体験ゾーン運営委員会事務局長、阿久和北部連合自治会事務局長、阿久和北部地区社会福祉協議会会長、NPO法人見守り合い広場代表など。藍綬褒章受章者である。
 清水さんの話には、日本人の生活の現場が良く見えて、大変興味深い。地域社会の現状である「自然破壊」の停止、日本の原風景を守ることをしてきた。子供の教育と、貧困問題、団塊世代の社会的活動の影響力など、都市部の住民の現実を知ることができる。
 国家として、教育方針を打ち出していても、それはお役人の空理空論にすぎなくなっていることがわかる。最近は、教育勅語の導入などがメディアで論議されているが、メディアですら国民意識の現実を知らないで、組織の上部構造のいうままであることが、報道なのか、その矛盾の露呈することを意識させる企画といえる。
【「パ、の同窓会」衛藤潤】
 おそらく、学校の同窓会を軸にした、女性の生活意識を描く。女性の夫は、同窓会は成功者たちが集まるもので、それを見せ合うものだと定義する。その一例を示す。現実の日本人の生活描写であるが、そこに提示されたことの意味を、読者が考える余地がある。
【「魚無釣堀場」片瀬平太】
 「大人の童話」という肩書つき。ある場所の釣り堀には、そこで釣りをすると、過去の幸せだった時代の幻想のなかに入れるところがある。アニメか、コミックの原作になりそうな題材。日本の国民が、国家のライフサイクルの最盛期を終えて、下降段階に入ったなかにいること強く意識させる。
【映画評クラシック日本映画選3「君は大魔神を見たか」石渡均】
 映画「大魔神」のこの時期に映画を見たことがないが、トリック撮影の手法がわかって面白い。
【「明日に乾杯」鈴木容子】
 派遣の仕事の一例(倉庫の物流仕訳)が詳しく描かれていて、その部分が面白い。現代人の生き方のひとつであろう。人間無欲になって、なにもいらない、なにしないことの焦りと、その幸せの見つけ方のむずかしさ考えさせられた。
【「梳く」草野みゆき】
 介護するなかで(おそらく親)、髪を梳く作業に焦点をあて、内面を表現する。人生を見つめるこまやかな心遣いが感じられる。
発行所=〒241-0831横浜市旭区左近山団地3-18-301、文芸同人誌「澪の会
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2017年4月14日 (金)

「文芸多摩通信」13号(町田市)を読む=外狩雅巳

  本冊子は、日本民主主義文学会の町田支部が発行している。十人足らずの小さな支部だが熱心な人が多い。
 支部文芸誌「文芸多摩」を毎年発行しているがその間を埋めるのがこの通信である。
 A3の大判で24ページだが旅行記やエッセイなども掲載し支部の存在を知らせる小冊子となっている。
 佐藤順子「息子への手紙」は掌小説とも読める巧みなエッセイである。息子に成りすました詐欺電話で始まる。借金依頼に巧妙な返答をする。前回の借金全額返還を喜び借用書を返すから取りに来いと返答するのだ。
  息子が建て替えてもらった借金を働いて返す話への導入にする巧みさが上手い。親子の情を書いた作品。
  エッセイ二編、旅行記二編、大会レポート二編を盛り込んだ読み応えの一冊に編集した手腕に感心した。
 この支部は町田文芸交流会の常連で民主文学会外部の文芸同人誌世界に積極的に交流している。
 その実績を全国大会や東京大会で発表している。佐久健さんはその発表内容を今号に掲載している。
 4月22日の交流会では当誌を取り上げる。支部長が病気療養中で編集後記を佐久健氏が執筆している。
 「文芸多摩通信」第13号=(2017年3月発行)町田市中町2-18-10。編集発行=日本民主主義会町田支部代表・大川口好道・事務局・木原信義
《参照:外狩雅巳のひろば

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2017年4月12日 (水)

文芸同人誌「あるかいど」61号(大阪市)

【「スーパームーン」木村誠子】
 病気で亡くなった親族のことを、細かく書いてその出来事を発表している。いわゆる自己表現を重点にした生活記録であろう。書くということは、眼の前にあることを、距離をもって認識させるので、作者にとって有意義な作業である。さらに作者の内面にも読者がいて、使う言葉を選択する。読み手と書き手が立体的に同一化する。その事情が読みとれる。そのような視点で読んだためか、素朴な自己表現と、文学芸術の同居した作品と感じた。生活記録から文芸作品の高度化に向けて一つの問題提起を含んでいるのではないか。。
【「風よ 海よ 空よ」泉ふみお】
 沖縄・渡嘉敷の住民たちの純朴さと長閑な生活ぶりが描かれる。しかし、そんな生活の背景には、太平洋戦争のとき。最前線で米軍に立ち向かった日本軍の強制で、中里先生と知念先生の戦死、その他の住民たちが犠牲になったことを、自責の念をもって語る源爺の姿を浮き彫りにする。神国という幻想に操られた日本国民の犯罪的行為を告発する話に読める。沖縄語をわかりやすく、しかもリズム感良く使い回す文体が優れている。
【「杭を立てる人」住田真理子】
 百歳の老人が、現代でも太平洋戦争の灯火管制の記憶が残っていて、部屋を暗くすることを求める。息子が73歳ということで、戦争は昭和時代小説的な様相を帯びている。それを現代につなげる工夫がしてある。
 執筆にあたっての参考資料に「豊川海軍工廠の記録」(これから出版)、「最後の女学生 わたしたちの昭和」、「豊川海軍工廠」豊川工廠跡地保存をすすめる会・編著、「父の死」久米正雄 青空文庫――とある。
 作品に描かれた、御真影といういわゆる天皇を神格化した宗教カルト国家の様子。それに米軍の空襲の無差別攻撃の悲惨さは、迫力がある。現在、中東で行われている戦争による一般市民の被害に想像を馳せさせるものがある。
発行所=〒545-0042大阪市阿倍野区丸山通2-4-10-203、高畠方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2017年4月11日 (火)

文芸同人誌「私人」91号(東京)

 朝日カルチャーセンターの文学教室から生まれた同人誌。尾高修也講師も作品参加している。
 杉嵩志「立川まで」は手慣れた創り方で読ませた。ーーとっておきの話を教えようーーと始めてーー僕は迷子の達人だーーと続けると何となく読みたくなり一気に引き込まれた。
 少年期や就労期の回想なのだが迷子というキーワードで繋げてーー五十年たっても、僕はまだ迷子だーーと老いた母親の背に駆けてゆく衝動で締めくくるきれいな作品である。
 鳴沢龍「ねぶた祭り」は個人的な理由で気になった作品である。――中学時代に憧れていた友人の話ですーーと朴訥に話し出す回想記です。旧友の叔父が戦闘機乗りでB24に体当たりした勇士なので憧れたとの事です。
 後年作者の父の遺品に戦時中の体当たり勇士の記事がある雑誌を見つけた事と結び付けている。
 旧陸軍航空隊の隼戦闘機などの戦記物が掲載されている雑誌「丸」昭和44年10月号が参考文献との事である。
 武器と戦記マニアなので個人的に引き込まれた作品だが、趣味が異なる人にはどう読まれたのだろうか。
 季刊で発行を続ける旺盛な意欲の同人誌であり毎号乾燥を書いているので愛着も一入となった。

発行所=🏣163-0204新宿区西新宿2-6^1  新宿住友ビル  朝日カルチャーセンター発行  発行人・森由利子
紹介者=「文芸交流会」事務局長・外狩雅巳

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2017年4月10日 (月)

文芸同人誌「マスト」36号(兵庫県たつの市)

編集後記によると女性七人が集まり年一回発行している文芸同人誌である。36年続けた現在は70歳になったと書いてあるが俳句会も行い活発に活動している。
 西野小夜子「夕茜」は亡くなった娘の同級生との交流場面から入り老婦人の半生記が書かれている。二度の不倫経験を中心にした回想記は読ませる作品になっている。導入部分は娘の同級生を主役にしているが後半は作者と思われる老婦人の回想のまま終わってしまっている。
 七人の七作品は回想的な作品が多いが、松尾康子「七生倒敵」は異色の時代小説になっていて興味深く読んだ。輪廻転生の物語である。南北朝期に勤皇の武将として知られる楠正成と弟の正季が七回生まれ変わり忠節を尽くすと言い残した名言を基にした作品です。
 室町初期の武将・斯波義将や日野富子などに生まれ変わり最後は日清戦争時の軍神である広瀬中佐となり足利尊氏以来の抵抗を成し遂げる連載長編の終回となっている。独特の作り込みがマニア好みになっていて女流作品としては珍しい。彼女の俳句は,

まごころに素直に応え大黄菊
空晴れて枝豆を刈る手に力

 ーーの二句である。

発行所=〒6794100たつの市龍野町末政34 三木方 マストの会(2017年3月発行)
紹介者=「文芸交流会」事務局長・外狩雅巳

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2017年4月 9日 (日)

なぜいま日記なのか?「小野友貴枝「夢半ば」の出版意義を講演

 小野友貴枝さんが、「夢半ば」日記を」出版した《参照:小野友貴枝のひろば》。各方面からの反響があり、講演依頼がきているという。今月は12日に八千代台東南公共センターで「女性の日記から学ぶ会」(島利栄子会長・千葉県)主催で、日記をつけるということや、出版するでの経過を語ることになった。文芸同志会経由でも購入者がいる。会では、日記評論という分野も開拓したい作っていきたいと、いう気持ちがあり注目している。
 このところパソコンの不調が続き使いずらかった。調べていくと、パソコンでもなく、ウイルスでもなく、プロバイダーでもなく、電話回線の混雑群にはまってしまったことがわかり、素の回線網から離脱する方を教えてもらって、解決した。そんなこともあるかと驚いた。また、同じ時期に、北一郎はアレルギー炎症に風邪菌がはいったらしく、肺の中がむずがゆくなって、熱がでてしまったが、ようやく沈静化したので、再開します。

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2017年4月 6日 (木)

文芸月評4月(読売新聞4月6日)文化部 待田晋哉記者

《対象作品》村上春樹さん(68)長編『騎士団長殺し』(新潮社)/又吉直樹さん(36)「劇場」(新潮)/温又柔おんゆうじゅうさん(36)「真ん中の子どもたち」(すばる)/今村夏子さん(37)「星の子」(小説トリッパー春季号)。
 元の記事を読むThe Yomiuri Shimbun《【文芸月評】自己確立の難しさ》

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2017年4月 3日 (月)

西日本文学展望「西日本新聞」3月31日(金)朝刊・長野秀樹氏

題「家という装置」
階堂徹さん「張り子の家」(「詩と眞實」813号、熊本市)、三東昇さん「狐の棲む家」(第7期「九州文学」37号、福岡県中間市)
後藤みな子さん「川岸」(「イリプス」21号)、「飃」104号(山口県宇部市)より藤山伸子さん「朝鮮冷麺」、由比和子さん「女絵師花里」(「文学街」348号)、水木怜さん「代り筆」(第2期「照葉樹」11号、福岡市)、「ひびき」10号(北九州市)より北九州文学協会文学賞小説部門大賞は高岡啓次郎さん「無口な女」
寺井順一さん『静かな隣人』(長崎新聞社)、玉川さん『金満家の憂鬱(ゆううつ)』(幻冬舎メディアコンサルティング)、深田俊祐さん「散骨」(私家版)椎窓猛さん「天窓舎”走馬燈”季録」(「九州文学」)

15年に渡り「西日本文学展望」を執筆してこられた長野秀樹さん(長崎純心大学教授)に代わり、次回から茶園梨加さん(宮崎大学非常勤講師・近代文学)が執筆されます。同人誌を発表の場としている人たちにとって、大きな励ましであるこの欄がこれからも続いてゆくことが有り難いです。長野さんが、送られてきた同人誌の散文は全て読みます、とおっしゃっていました。誠実な対応に感謝しております。次回からの茶園さんの評を楽しみにしています。
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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2017年4月 2日 (日)

文芸時評3月(毎日新聞3月29日)=田中和生氏

 <一部抜粋>森友学園の問題は、わたしが見るところ現政権に近い思想信条をもつ者が、特別な便宜を図ってもらえると感じていたこと、またそのことに対するチェックが、公的機関でもマスメディアでも甘くなることに本質がある。現在の日本では報道の自由だけでなく、公的機関の公平さが失われつつあることを示す、象徴的な出来事と言っていい。力作揃(ぞろ)いの今月の作品で、そこまで想像力が届いていると思ったのは、黒川創の長篇(ちょうへん)『岩場の上から』(新潮社)である。
 作品は戦後百年の「平和維持」を訴える少数派となった人々と、殺し殺される戦場を目前に基地から脱走を企てる若者たちの、偶然と必然の出会いを追う。その蝶番(ちょうつがい)となる、原発事故後の放射能汚染の問題、世界規模で結びつく戦場と貧困の問題は驚くほど生々しく、岩場に上がってそれを指摘しようとする者がいなくなるなか、ついに日本は戦争状態に突入する。登場人物の生活ひとつひとつにリアリティがあり、小説として非常に読みごたえがあることが怖くなる、傑作という以上に黙示録的な作品だ。
 笙野頼子の長篇「さあ、文学で戦争を止めよう 猫キッチン荒神」(『群像』)。猫の意識をもつ「荒神」が作品全体の語り手となっていることに特徴がある。それは飼っていた猫の死後に、実は「私」の方が見守られてきたと信じるからだが、そのことはそこで語られる苦しい家族史や病歴に強い説得力をあたえている。その「私」が、女性作家たちの拠点であったキッチンから「戦争を止めよう」とする言葉を引き出している。
 ドン・キホーテ的な意図とサンチョ・パンサ的な世俗性が混在する作品だが、時代に訴えようとする長篇を書いているうちに、前提となる「舞台が壊れてしまう」という「私」の切実な危機感を評価したい。これらの作品に示された鋭い感覚から考えたとき、大きな話題となっている村上春樹の長篇『騎士団長殺し』(新潮社)や又吉直樹の長篇「劇場」(『新潮』)は、いわば「奇妙に平穏な日常」に収まっている安全な作品だと言える。
  いずれの主人公も、女性にもたれながら自分の世界を追求するが、ここには日本人が好きな「母子の濃密な情緒」(江藤淳『成熟と喪失』)が生きている。かつて江藤淳は、それが六〇年代に崩壊したと論じたが、だからそれは小説でしか成立しない安全な世界である。だとすれば、そうした情緒が存在しない場所から作品が書きはじめられているという意味で、今村夏子の長篇「星の子」(『小説トリッパー』)が注目に値する。
 作者は病弱だった「わたし」を語り手に、中学生になるまでの出来事を辿(たど)る。次第にわかってくるのは、両親が「わたし」の治癒と引き替えに新興宗教らしきものに入ったことで、我慢強い「わたし」の語り口から、崩壊した家族の空間が宗教の原理で満たされた世界が見えてくる。オウム真理教事件が起きた、九〇年代以降の日本の現実に、ようやく正面から立ち向かう作者が現われた。(文芸評論家)
《参照:想像力の先の現実 作家の切実な危機感=田中和生

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2017年4月 1日 (土)

文芸交流会の趣味的サークル活動の側面

  町田文芸交流会のレポートを外狩雅巳氏が報告している。《参照:生きがいともなる「文芸交流会」の3月例会報告=外狩雅巳
 今回は、岡森利幸氏の雑誌「みなせ」73号に掲載した「岡森利幸オブジェクション」とペンネーム盛丘由樹年氏の「雑事記」の感想。それといつか言及したことのある「1億分の1の幸せの道」(伊藤昭一)につて論じられた。
 他人の作品の感想、批評をすると、それぞれその人の生活背景が反映されるので、それを聴くのは面白い。参加者は、読み、考え、喋るということで、趣味的なサークル活動での仲間意識も生まれてくる。
 とくに岡森利幸オブジェクションは、現在の出来事の新聞記事のなかから、「苦悩」とか「生命倫理」とかいうテーマをもって、新聞記事の奥にある事柄を推察するという、継続した企画である。一部は、「暮らしのノートITO」にも転載している。交流会に参加したことの収穫のひとつでもある。

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