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2017年2月28日 (火)

文芸誌の発行部数と文化の拡散多極化について

   雑誌「民主文学」3月号には、民主主義文学会の第27回大会(2017年5月13~14日開催)に関する特集がある。そのなかで、田島会長がインタビューに答えて、会員減により「民主文学」の昨年5月実売が2506部で、8年前の3100部より、500部減少していることを自己批判している。
 それでも第3者的には、時代のなかでのカルチャーのポジションが低下しているなかで、健闘しているように思える。
竹内七奈「『民主文学』の灯を消さぬために考えたこと」、乙部宗徳「竹内七奈さんへ」の論調のなかで、純文学商業誌の実情が下記のように記されている。
(一社)日本雑誌協会による発行部数2016年7月号~9月号=「文学界」10000部、「新潮」8400部、「群像」7333部、「すばる」6000部。
 これらの商業誌は、人気作家の連載で、それを後日単行本にする。一挙掲載の読み切りをなども、雑誌での読者反応を見て、単行本にするなど、雑誌単体での利益評価できない構造になっている。
 先日、NHKスペシャルで、「火花」の又吉直樹の芥川賞受賞の第二作「劇場」を執筆する姿をドキュメントで追っていた。そこで、又吉は「火花」がむずかしいと言われたことにこだわり、難しくて芸術性を持つ作品ではなく、優しくて面白くて、人を力づける文学が出来る筈、という考えで創作をしていた。同時に小説は精神の鬱性を求めるとも語る。
 これは、常に大衆を相手にする芸人であることからして矛盾のない発想である。
 それは、大衆受けを中心にした発想である。よく、個性的というが、本当の個性というのは、支持者は一人しか存在しないはずである。商業性の個性とは、大衆の平凡性のなかにある。
 しかし、そうした大衆の思いつかない発想の転換があったとしても、それは広まらない。そのことは社会の仕組み、制度の発見にも言える。
資本主義は、お金を貸すと利子がつく、時間の経過がお金を増やすシステムである。変であるが、そうなってきた。だが、今はゼロ金利という。何かが変わったのだ。
現代の文化の多極化は誰にでもわかりやすい社会の仕組みの発見されない未開状態からくるのではないか、などとも考える。

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2017年2月27日 (月)

文芸時評2月毎日新聞(17年2月22日) 田中和生氏

「現代に通じる三島 肉体と言葉の葛藤=田中和生」
《対象作品》
 高橋睦郎評論集『在りし、在らまほしかりし三島由紀夫』(平凡社)/木村紅美の中篇「夢を泳ぐ少年」(『すばる』)/山崎ナオコーラの中篇「父乳の夢」(同前)/、荻野アンナの短篇「ダクト」(『文学界』)/
(一部抜粋)「文学は人生を素材にするのではなく、言葉を素材にしなくてはならないこと。そうした指摘をする背景には、演劇でも言葉でも古典的な教養が失われ、伝統と切れたところで文学作品が書かれていることに対する危機感がある。」
 「白眉(はくび)は一昨年行われた講演で、少年愛者である三島は自らの肉体に劣等感があり、表現する者として生き延びるのではなく表現される者としてその肉体を滅ぼすことを選んだと指摘する。言葉が軽んじられる時代を肉体という現実で覆そうとした点で、三島由紀夫は「戦後日本」を象徴する文学者だったと言えるだろうか。
 そうした肉体と言葉の葛藤は、現在では女性の書き手たちのものである。」
 

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2017年2月26日 (日)

日本の人口1億人の成熟点を基軸に考える

 文芸誌「みなせ」73号に、小説「一億分の一の幸せの道-1967」(伊藤昭一)を寄稿した。これは1966年の夜間大学生活を軸にしたものだが、1966年というのは、日本人の人口が1億人に達した年だということから、このタイトルをつけた。当時のH大学経済学科は、第一経済学科が昼間部、第二経済学科が夜間部であった。
 教室では、昼間部を受験して受からず、夜間部にきた仕事をしないで済む学生と、すでに職についていて夜に学ぶ生徒と二つの立場の生徒にわかれていたものだ。
 日本の国土にはどれほどの人口であれば適切であるかを、現象的にみれば、1億から7000万人程度であろう。
 今後、人口が減少する斜陽期であるが、それに適合する現象がおきて、経済規模のバランスは取れていくであろう。アメリカなどは、人口3億人で、毎年200万人増えている。10年で国内に東京と同じ規模の人口が生まれていることにつながる。しかしすでに斜陽期に入っている。人口の経済に影響する度合いは文化にもよる。
  映画や音楽などエンタメに消費する額では、米国より日本の方が大きい。外国人スターが日本で商売するしかない情勢は、現象にも出ている。野球のWBCなどは、日本なしでは存在しないのでないか。

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2017年2月25日 (土)

講談社が黒字に、紙が減ってデジタル事業伸びる

  講談社は2月21日、株主総会および取締役会を行い、第78期(H27.12.1~同28.11.30)決算と役員人事を発表した。期中の売上高は1172億8800万円(前年比0.4%増)、当期純利益は27億1400万円(同86.7%増)。75期年以来3期ぶりの増収増益を果たした。売上高の内訳は、「雑誌」627億6800万円(同7.4%減)、「書籍」173億6700万円(同1.1%減)、「広告収入」46億6900万円(同3.0%減)、「事業収入」283億5300万円(同29.7%増)、「その他」9億9600万円(同38.1%減)、「不動産収入」31億3300万円(同0.6%減)。事業収入に計上されているデジタル・版権収入が大きく伸びて全体を牽引した。
  役員人事は、森武文専務が副社長に、金丸徳雄取締役が常務に昇任。清田則子、鈴木章一、吉富伸享の3氏が取締役に新任した。山根隆、清水保雅、入江祥雄の3氏は退任し、顧問に就いた。

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2017年2月24日 (金)

吾輩は孫である ~夏目房之介さんと漱石~と春樹もの

吾輩は孫である ~夏目房之介さんと漱石~
  この記事の面白さは、普通の人には、体験できない、いわゆる非日常性である。村上春樹のの新作が中味がわからないまま、ベストセラーになりそうだという。彼の作品も誰にも体験できないような非日常性の人物が描かれるのではないか。それだから気軽に読める。自分は、初期先品で読むのを止めてしまったので、その後の変化と熟練を知らない。ロスマクやハメット、チャンドラーの翻訳の方が文学的に思える。

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2017年2月22日 (水)

浜田寿美男教授の「自白のなかに無実の証拠」と作家の心理

  以前から、小説の技法について、事実をそのまま書くと、読者への説得力を欠き、それらしく事実にフィクションを加えると、読者を納得させるとい作用が働くことに、面白い現象と、関心をもって、暮らしのノートITOのなかで感じることを記してきた。《参照:美濃加茂市長の汚職事件と村山裁判長の判断
先日、名張ぶどう酒事件=浜田寿美男教授講演で、(2017年2月17日)「奥西勝氏の自白のなかに無実の証拠を見る」という研究成果を聴いた。
 自分は、それ以前に、裁判官の世間知というか、作文の構造をしっていれば、ある程度、述べていることの真偽が見えるのではないか、という質問をした。「そこですよ」と、浜田教授は、裁判官の人生経験の重要性を認めたが、ワークショップの時間切れで、打ち切られてしまった。

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2017年2月21日 (火)

文芸同人誌「R&W」第21号(愛知県)

【「クイーンズ・ハット」霧関忍】
 幼稚園のママ友の交際の様子を描く。陰に陽に、女の世界の嫉妬心と虚栄のバトルをスリリングに表現する。人間が狭い世界で、熾烈な闘争をくりひろげる。愚かで恐ろしい女の執念の生み出す、事件を語り、人間悪の現代性を表現して読みごたえがある。
【「ある女の肖像」渡辺勝】
 大企業のT電力会社の女性社員が、夜になると娼婦に変わる。そうした実在の事件をヒントに、作者のアレンジを楽しむような話。もうひとりの女性と、若い外国人との交情などの人物像も加えて、独自の物語にしている。実在の事件には、闇の謎の迫力があるが、物語となると起承転結が明快で、謎の魅力は失われる感じだ。
【「阿吽」松岡博】
 東大寺の仁王像「阿吽」の彫刻を手分けして作った、運慶と快慶の作仏の過程の二人の心理を描く。歴史物として、知識が得られて面白い。
【「紙一重」藤田充伯】
 長崎原爆投下のあと、米国従軍カメラマンであるジョー・オダネル氏が撮影した「焼き場に立つ少年」の死んだ赤子の弟を脊負い、歯をくいしばってりりしく、火葬をまつ姿の写真はあまりにも有名である。その映像から、野坂昭如「火垂の墓」、五木寛之の「蒼ざめた馬を見よ」の戦争の犠牲となった孤児たちにへ想いを馳せる。作者もまた、少年時代に、戦争の体験があり、「焼き場に立つ少年」と紙一重の運命であったことを語る。考えさせられる。
発行所=〒487-0033愛知県春日井市岩成台8-4-5-603―102、谷口(松蓉)方。
紹介者「詩人回廊」北一郎。

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2017年2月20日 (月)

文芸同人誌評「週刊読書人」(2017年2月3日)白川正芳氏

「野紺菊を描く」高橋裕子(「日本未来派 詩と評論」230号)、及川良子著『したたる瞬間を』
創刊、日本大学藝術学部文芸学科多岐祐介ゼミ発行「黒曜」より島崎葵「ファジー」・仲野真由「枝豆と猫」・井村佳歩「チョコレートを手に入れたら」・小山田美涼「剣の街」
若杉妙「私の岩下俊作像」(「海峡派」138号)
岡田朝雄「忘れえぬ人びと7 北杜夫さん」(「未定」21号)、黒羽由紀子「詩 すみれたんぽぽこき混ぜて」(「同時代」41号)、惣うえもん「お守り袋」(「詩と眞實」811号)、増永香菜子「永遠にサナギ」(「文芸」16号)、中村ちづ子「幸せの逃げ口」(「北斗」1・2月合併号)
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)


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2017年2月19日 (日)

文芸同志会の連絡所と拠点についてー響ルームの廃止について

先日、銭湯にいったとき、あとから上がってきた隣の脱衣箱の老人が、脱衣ボックスの鍵がないと気付き、周囲を探しはじめた。どこかに鍵をなくしたかと、共に探した。そのうちに、その隣で脱衣をしていた壮年の男性が、老人に、あなたの手首に輪ゴムでつけているのは、なんですか。鍵でしょう、と教えてくれた。ーーたしかに、そうでした。どうやらぼけてしまいましたなーーその老人はいった。じつにこともなげに…。私も一緒にさがしたわけで、じぶんも、そうなのだと思ったものだ。
  ところで、文芸同志会の連絡所はサイトに示しているが、最近、同人誌送付先に響ルームにくるものが増えた。当会では、文芸同人誌作品の社会分析に活用させてもらっている。このいきさつは、幾度も記しているし、長くなるのでひとことでいうと、文芸研究月報という情報紙を、当方の都合で休刊したので、そのかわりとして、ネット発信をしている会員優先のサイトでした。会員以外の方のものは、対象外で、なんらかの感想類を発信することをお約束するものではありません。
 また、時の経過で、役割も変化しています。そのため、主宰者が事業を行っていた響ルームを廃止しました。
 そこに、郵送物やFAXが届きますと、元事務所のMCX社(かつてのコンサルティング得意先で、いまだに交流はあります)にも迷惑がかり、わたしも通勤しなければなりません。
 ☆文芸同志会の本部は、「詩人回廊」のサイト(右下)に北一郎として記しています。もし、送付先を響ルームにしたい方は、それを止めてこちらにどうぞ。

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2017年2月18日 (土)

文芸同人誌「日曜作家」第17号(大阪府)

 本号は2017年冬号とあるが、もう春になってしまった。読んではいるのだが、紹介手法に変化をさせたいと思うが、どうも思いつかない。
【「どぶねずみ」大原正義】
 松尾芭蕉の弟子たちのなかに、路通という乞食生活をする男が入門する。貧しく汚れた俳人の存在そのものが、裕福な流派の生活ぶりの批判となる様子をえがく。俳諧文人の雰囲気を楽しみながら、俳句も味わえる。面白く読めるが、それほど路通の人間性への追求に深みはない。しかし、現代においては、想像力を読者に任せて、大まかな事柄表現の方が、多様な解釈の自由を邪魔しないとも考えられる。読者層の多様化を考えると、悪くない対応かも知れない。作者にその意図があったどうかはわからないのだが…。
【「残り香」(連載十一回)紅月冴子】
 長い連載のなかで、いろいろな出来事があって、最終回は節子と博之の恋愛状態で、それが続くことを感じさせるところで終る。恋愛が恋愛に受け取れる書き方。表現力は手堅く正確で、作家的手腕は充分。あとは読者をわくわくさせるテーマや素材に出会うかどうかではないか。
【「華麗なるトマトケチャップⅡ」甲山洋二】
 トマトケチャップも熟成して、まったり風味のワインになっている。
【風来流 言いたい放題「腐り切った政治屋どもに渇!小池東京都知事に期待」風来俊】
 こちらは都民で、それなりに都政を見ている。都庁の図書館で政策の資料をさがしたり、会見に出る交渉をしたりしている。外部の世情の見解はこうなのだ、という目安にはなる。ただし、行政の運営では、政治家と官僚との関係に問題がある。政治家に思想があっても、官僚には、自分の身分の保持の利害しかない。これは都庁も霞が関も同じで、役人の眼先の無思想の利害関係が、政治家の思想の実現に関わってくるのである。
発行所=〒567-0064大阪府茨木市上野町21号。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2017年2月17日 (金)

お知らせ=共謀罪に反対する百人委員会の結成を!

ジャーナリストの林さんからの呼びかけを転載します。要するに治安維持法の復活です。この時も、政府は国会答弁できませんでした。今回も全く同じ状況です。文芸同人誌も結社として対象になります。小林多喜二の運命です。《参照: 「星灯」第4号に米国「日本プロレタリア文学選集」の序文訳
              ★
 読者の皆様JVJA会員の林克明です。先週送信した案内を再度投稿することをお許しください。下記のNHKの世論調査を見て重大な疑問もち、あらためて呼びかけなければならないと思ったしだいです。
【世論誘導のNHKに抗して】
 先日お知らせした2月18日(土)14時からの共謀罪についての講演会について再度送信します。それは、先日NHKが露骨な世論誘導で政府に媚を売っている状況を看過できないと考えたからです。以下がNHKの放送原稿。
≪政府が組織的なテロや犯罪を防ぐため、「共謀罪」の構成要件を厳しくして「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法の改正案を今の国会に提出する方針であることをめぐり、こうした法整備が必要だと思うか聞いたところ、「必要だと思う」が46%、「必要ではないと思う」が14%、「どちらとも言えない」が29%でした≫
 1、本質は共謀罪なのに「テロ等準備罪」と政府の言うとおりに言葉を変えている。これは退却⇒転身、全滅⇒玉砕、と言い換える大本営発表と同じ。
 2、「構成要件を厳しくして」と簡単には適用できないかのように虚偽に近いことを本当のことのようにしている。
 3、「組織的なテロや犯罪を防ぐため」と、誰でも賛成しやすいフレーズを使っている。
  これでは、賛成が増えるのはあたりまえではないだろうか。政府の宣伝機関としてのNHKの本領をいかんなく発揮していると言えるだろう。その悪質きわまりないNHKの宣伝工作が犯罪的だと同時に、まだまだ、共謀罪(テロ等準備罪)について知られていない、ということでもある。
  そこで、今回のような勉強会をどんどん利用してもらい、自分なりに理解したうえで自分以外の人々に危険性を発信していただきたい。そのため、再度のメルマガを送信した次第です。(以下、再送)
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 国際条約(パレルモ条約)を締結するためにテロ等準備罪(共謀罪)の成立が必要だと主張する安倍晋三首相の発言は、真っ赤なウソである。
 そして、共謀罪がなければ2020年の東京オリンピック開催に支障をきたすとの発言もまったくのウソだ。
  政府が国会に出そうとしている「テロ等準備罪」は、過去に3回廃案になった共謀罪そのもの。1月20日に開幕した国会で野党の追及に対して法務大臣が答えられない状況が続いており、これ以上質問するなとの趣旨の文書を出して、結局は文書を撤回した。
 こうした中で、「『共謀罪』なんていらない!?」の著者四人(海渡雄一・山下幸夫・斉藤貴男・足立昌勝)が、共謀罪に反対する百人委員会の結成を呼びかけ、近く発足する予定だ。
  百人委員会の呼びかけや、国会での動きなどを含め、共謀罪のABCを語っていただく。
みなさんの参加をお待ちしています。そして、ツイッター、フェイスブックなどのSNSで共謀罪反対の声を拡散させ、署名、勉強会おや集会、ロビー活動など、できることは何でもやりましょう。
■「テロ等準備罪のウソと国会の動向 そして共謀罪に反対する百人委員会の結成を!」
講師:足立昌勝氏(関東学院大学名誉教授・百人委員会呼びかけ人)
日時:2月18日(土) 13:30開場、14:00開演、16:45終了
場所:雑司が谷地域文化創造館第4会議室
   東京都豊島区雑司が谷3丁目1-7。交通:JR山手線「目白駅10分」、東京メトロ副都心線「雑司ヶ谷駅」の上
資料代:500円
主催:草の実アカデミー(公益社団法人マスコミ世論研究所)

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2017年2月14日 (火)

 ポスト真実時代の沈黙の意味「名辞以前」佐藤 裕

 「詩人回廊」の「名辞以前」(佐藤裕)には、言葉が汚れてしまったという時代の空気が読める。
 聖書には「はじめに言葉ありき。言葉は神と共にあり、言葉は神であった。」( ヨハネによる福音書1章1節)とあるが、そう考えるひともいるだろうが事実は石や物があって、それ以前に沈黙があった。
 中原中也は「汚れちまった悲しみに」と愛の喪失を歌った。
「名辞以前」には、
言葉は 汚れている/沼地の流動は/言葉を得て 死んでしまう/氷河のように/ 寒さに 固まってしまう/
心の中で 蠢いていた/温かさが どこかに霧消するーーとある。
  言葉があるから、嘘が成立しやすくなる。猿がウソを嘘をつく様子を観察したら、面白いかも知れない。現代は、それが嵩じてついに「ポスト真実」という言葉の蜃気楼に人々の心が操られる。
 沈黙の段階の心の動きを、言葉が純粋に表現できるのか。その手法の以前に、発想を戻さなければ…。(北 一郎)

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2017年2月13日 (月)

同人誌評「図書新聞」(2017年2月11日)評者・越田秀男

 《対象作品》「真っ白なキャンパス」(佐々川来太/黒曜創刊号)/「カラス」(川﨑正敏/静岡近代文学31)/「ウララ」(小畠千佳/あるかいど第60号)/「ジグソーパズル」(岸川瑞恵/九州文學第36号)/「喜蔵の決断」(塚越淑行/狐火第21号)/「電話のむこうでは」(山本恵一郎/漣第3号)。
「石本隆一・この一首」(鈴木成子・選/鼓笛№4―12)
わがものかあらぬか麻痺の腕一本抱えピノキオ冬辻に佇つ
 人間になったピノキオは再び木の人形に還っていく。
(風の森同人)
《参照:評者◆越田秀男「若者、中年、老人、それぞれの心の葛藤劇――人間になったピノキオは再び木の人形に還る」 (No.3290 ・ 2017年02月11日)》

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2017年2月12日 (日)

消耗品でなく、読んでもらう努力の小野友貴枝「夢半ば」日記

   「夢半ば」(小野友貴枝)日記」の4巻を刊行して以来、各方面に働きかけ、その努力の地元の書店が店頭に平積みしてくれるほどだという。《参照:「夢半ば」日記知名度が拡がる=小野友貴枝
  まさしくライフワークとしての作家活動の読んでもらおうという意欲は、称賛にあたいするであろう。作品は消耗品ではないということを自ら証明してるのである。
 内容的にも、少女少年時代の記憶というのは、事実と同じとは限らない。しかも、大人になると自分の子ども時代の心理を忘れて失ってしまう。そのため親子の対話を成立させるためには、学ばねばならない。もし、少年期を覚えていれば、学ぶ必要はないのかも知れない。世代の断絶も減らせるかもしれない。そういう意味で思春期のナマの記録は検討にあたいするであろう。

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2017年2月11日 (土)

トランプに安倍総理は「和して同ぜず」ができたのか

  米トランプ大統領とゴルフをした安倍首相は、二階官房長官のいうように「和して同ぜず」ができたのだろうか。《参照:二階幹事長の講演から
 そろそろ日本も独立国家の基盤をつくる時期だと思うのだが…。

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2017年2月10日 (金)

ピース・又吉、芥川賞受賞後第1作はまだだったのか

 「火花」に続く2作目の執筆について聞かれた又吉さんは、〈今はだいぶ終盤で書き直してるところ〉と作品が仕上げ段階に入ったことを明かしている。
絶対一つ目より難しい
 芥川賞を受けた「火花」は、売れない若手芸人2人の輝きと挫折を描いた切実な青春小説だった。人気芸人の又吉さんが自らの実感を交えながら、「笑いとは何か」を真摯(しんし)に探究しているのも話題を呼んだ。
 当然次作の内容に興味は向かうが、執筆中ということもありインタビューでは新作のタイトルや題材、具体的な発表時期・媒体などは触れられていない。ただ、「火花」の予想を超える反響がもたらした次作へのプレッシャーや迷い、悩みについて、飾らない言葉で率直に語っているのが興味深い。
 ピース・又吉、芥川賞受賞後第1作の完成迫る 「文学界」のインタビューで明かす(産経新聞)

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2017年2月 8日 (水)

文芸同人誌「胡壺・KOKO」第13号(福岡県)

【「約束」ひわきゆりこ】
 狭山というかつての祖母の家を訪れる。そこから子供の頃から大人になりまでの祖母の記憶と、過疎地的な山村の変わらぬように見える風景が、時の移ろいのなかに、語られる。
 祖母の記憶が昔の家庭の形の崩壊を暗示しながら、徐々に人が時間のなかに存在する儚さをじわりと感じさせる。そのなかで純郎と出会うことになる。この二人の愛の姿を言葉で迫るのであるが、そこに人生の経験を通じて獲得したと思わせる愛情感覚がいろどりである。さりげなさと独特の味わいが出ている。
 作品の背景には、常に死を意識した視線が感じられるが、それは死の影ではなく、死の光ともいうべき色合いもっている。タイトルの「約束」は恋人との死後の約束であり、主人公はその約束の日をひたすら待つのである。これまで、物語は人の死によって終わることになっていたが、現代文学では死後の世界と生の世界が広がっていくことの一例がここに示されているように思う。
【「河口に漂う」桑村勝士】
 主人公はシラウオの生態研究で、現在は無給だが、大学院で博士号取得に向けて有望なポジションにいる。結婚していて、子どもいる。妻が生活を支えているのだろう。研究生活のなかで、シラウオについて、やや詳しく知ることができる。
 同じ大学院生の中山という男は、博士号をとれる見込みはなく、物語の世界に行くといって姿を消す。この作品も異界との接点をほのめかして終わる。この作品のあとに、作者の「雑感」というエッセイがある。そこで、小説には関数化できる法則があるかもしれないと思ったことがあるという。そして、書くものと書かないものの判断が大切だとある。
 こうした問題は、読者層をどこに向けたものかによって、異なるが、非日常性を好む大衆小説向けには確かにそうしたものはある。ハーレクレインという米国の官能小説は、コンピューターの作った流れと要素を採用しているといわれている。
 また、大塚英志の「物語の体操」で、その構造の共通性をもとに、物語化の基本構造を解説している。ところが文芸作品には物語のないものもあるので、一概に法則的なものが存在するとは言えないのであろう。
【「緑の手綱」雨宮浩二】
 なぜ人は、小説を読むかというと、暇つぶしであり、現実からの離脱、認識力の高度化により、意識の豊かさを楽しむなどの要件がある。この小説は、非日常的な異界物語であり、設定事態はライトノベルに近い、架空世界ものである。映画「アバター」を見るような森の中の描写が楽しめる。
【「三人の母」井上元義】
 産みの母と育ての母、義理の母とそれぞれの事情から、生活のなかで、そうなった経緯を語る。ひとの生活や身の上話は、人間の興味の原点である。テレビ番組でも一般人や、かつての有名人のその後など、身の上情報が人気である。
 その意味で、文学通のこなれた文章での身の上を話なので、興味深く読んだ。自分の人生と比較してしまうからかもしれない。サルトルだったと思うが、人間の「実存は目的に先行する」とかいって、目的をもって作られた道具や商品と人間が基本的に異なる存在であるとする。故に、人の人生行路は興味をもって読まれるのであろう。
発行所=〒811-2114福岡県粕屋郡須惠町678-3、樋脇方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2017年2月 6日 (月)

第1回文学フリマ京都のレポートから

  第一回文学フリマ京都イベントレポートの公開がされた。なでも当日に着物をきて、会場を見学できる仕組みもあったそうで、やはり土地柄がでるものである。《参照:第一回文学フリマ京都イベントレポート

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2017年2月 5日 (日)

産経【文芸時評2月】 早稲田大学教授・石原千秋

 松浦理英子「最愛の子ども」(文学界)は、おそらく横浜にあるだろう私立玉藻学園高等部(若い頃、フェリス女学院大学の『玉藻』という国文学系の雑誌論文を何編もコピーしたものだ)が舞台で、いきなり今里真汐(いまざと・ましお)の「女子高校生らしさとは何かというテーマで作文を書くようにと言われましたが」ではじまる作文が提示されて、白けた。保守的な「らしさ」への批判はもう昭和初期からはじまっているので、「なにをいまさら」と思ったからだ。フェミニズム系のテーマとしても「女らしさ批判」はもう古くさい。

 そう思って読み進めたら、不思議なことに気づいた。今里真汐たちのグループの少しばかり知的で少しばかり刺激的な女子高生活は、同級の「わたしたち」から見られ、語られる構成となっているのだ。「放課後わたしたちは、担任の唐津緑郎(ろくろう)先生に呼び出された今里真汐が職員室から戻ってくるのを、教室で待つともなく待っていた」というふうに。それでいて、「わたしたち」が誰なのかわからない。「わたしたち」は、すっかり成長したワセジョでもあり、まだ「言ってみたい~」と授業中に声にしてしまうワセジョの卵でもあるような不安定なポジション。そのポジションが今里真汐たちの揺れをみごとに読者に伝える。見て、語るポジションを「わたしたち」として抽象化し、それを同級生から少しずらしながら動かす方法があるとは思いもつかなかった。素直に感服した。
文芸時評2月号】不安定なポジションの妙 早稲田大学教授・石原千秋

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2017年2月 4日 (土)

文芸同人誌「札幌文学」第85号(札幌市)

【「記憶の沼地」須崎隆志】
 短い章をいくつも重ねて、記憶をたどった想いを述べている。記憶をたどることで、曖昧さの中に意識の流れが拡大し、イメージを広げて、物語化することなく、浮遊して失われがちな心象を浮き彫りにしている。人間精神の幽明な部分の表現として味わいがある。
【「海辺の墓地」石塚邦男】
 自分がどこで誰か、記憶を失った情況で、私は海辺を彷徨い、かつての自分を知るという女性に出会う。これには落ちがあって、死者が幽体となってこの世を彷徨い、自らの墓地に戻っていく。これは幽霊物語という形式をもっていることで、話としてまとまりがある。読後すっきりする。その分、味わいが浅くなるのはやむを得ないかもしれない。
発行所=〒006-034札幌市手稲区稲穂四条四丁目4-18、田中方。札幌文学会。
紹介者=「詩人回廊」北一郎

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2017年2月 3日 (金)

文芸時評(東京新聞2017年1月31日)評・佐々木敦氏

「三田文学」特集「保坂和志」孤立の文学 強力な磁場
松本理英子「最愛のこども」超絶技巧で描く愛の姿
≪対象作品≫
第156回芥川賞・山下澄人「しんせかい」(「新潮」2016年7月号・新潮社刊)/特集「保坂和志」―保坂和志「ある講演原稿」、エッセイ「TELL TALE SIGNS」、「地鳴き、孤鳥みたいな」ほか対談(「三田文学」冬季号)/松本理英子「最愛のこども」(「文学界」3月号)。

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2017年2月 2日 (木)

文芸同人誌「いぶり文芸」第47集(室蘭市)

 本誌は胆振芸術祭実行委員会の発行。巻末に胆振管内文芸団体一覧がある。地域は白老町、苫小牧、登別市、むかわ町、安平町、室蘭市などで、短歌、俳句、エッセイの一般文芸の60数グループである。
【「金成マツ略伝(三)」浅野清】
 石川啄木の友人で支援者でもあった金田一京助。彼の北海道の少数民族アイヌの言語研究を手助けしたのが金成マツである。青空文庫に「おば金成マツのこと」(知里真志保)などがある。ここではその時代のさまざまな資料が示されているが、そのなかに大正2年の新聞「北海タイムス」に旭川町近文における旧土人としてアイヌの記事が紹介されている。なかに差別といじめの戦いも含まれている。アイヌ民族は国連でも少数民族に認定されている。研究家には有益な資料であろう。
【「死骨の魔王・赤毛熊―なぜ赤毛と渾名されたのか謎であるー」石塚邦男】
 明治時代に苫小牧が開拓がすすみ、製糸工場ができた。用材に森林を伐採したので、その山地に住む赤毛熊という知恵のある巨熊が、人が備蓄している食材を食い荒らしてしまう。怪我をもせている。熟練の漁師たちが退治のために死骨湖に山狩りにいくが、赤毛熊は戦いの中で、追手を逃れて討たれなかったということだ。死骨湖というのは昔の名前で、いまは支笏湖になっていると小説のなかで説明している。風土にあった作品で、面白く読める。
【「クラック」高岡啓次郎】
 工務店を一人社長で経営する私は、10年前に知り合った家のモルタルのひび割れの修理を頼まれる。知り合いだった女の娘も、10年前に子供だった。今は二人の子持ちになっている。この一家の生活の変化と、離婚歴のある私の現在の結婚生活。家のクラックを修理しながら、二つの家庭のひび割れを見つめさせる。渋い味の短編である。特長的なのが、モルタルのひび割れの修理の仕方などが詳しく書いてあるところ。読み物の短編では、物語の運びに筆を多く費やすので、こうした仕事の具体的手順などは省略せざるを得ないし、知識もない。こうしたところに優れた個性を感じさせる。
発行所=胆振芸術祭実行委員会。発行者=〒050-0072室蘭市高砂5-7-1、三村美代子・室蘭文化連盟会長。編集者=室蘭文芸家協会、井村敦。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2017年2月 1日 (水)

西日本文学展望「西日本新聞」2017年1月31日・朝刊・長野秀樹氏

題「血の繋がり」
片科環さん「背中の記憶」(「独り居」5号、福岡市)、牧草泉さん「奈津子と父の関係」(「海」第2期17号、福岡県太宰府市)
「草茫々通信」10号(佐賀市)は特集「〈ひとり〉を生きる-障害・人間・文学-」、吉松勝郎さん「ちぎれ雲(続編)」(「火山地帯」188号、鹿児島県鹿屋市)、同誌より所薫子さん「念願の作品展」、「海峡派」138号(北九州市)は笹田輝子さんの追悼特集・若窪美恵さん「まいど、鰻(うなぎ)屋です」・坂本梧郎さん「ラスト-ストラグル」最終回
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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