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2017年1月12日 (木)

文芸同人誌「あるかいど」60号(大阪市)

【「太陽の塔」住田真理子】
 1970年の大阪万博の開催の時期、主人公は12歳であった。その頃、母親は万博見物に出かけるために、ショートパンツで行くつもりだったが、太ももの痣が隠せないので、諦めてスラックス系にする。
 万博見物にうかれているうちに、岡本太郎の太陽の塔の作品を目の当たりにして、母親が気分を悪くして倒れてしまう。母親が、太陽の塔に表現されたものなかに、人間の残酷さや悲惨さ、暴力的に崩壊させられる暗黒的側面の意味が含まれていることを読み取ってしまったのだ。それが、母親のトラウマを直撃する。
 そこから母親の太平洋戦争の空襲の出来事の独白に入る。女学生たち全員が海軍工場で作業に駆り出されていた時に、米軍爆撃機の攻撃にあい、みんな逃げまどうが、運命の紙一重で、生死がわかれてしまう。ことに母親の友人であったカヨちゃんは、身体を破壊され、奇跡的に助かった母親の腹の上に重なって絶命する。母親は、その時に腹と太腿に傷を負ったのだった。母親もしばらくは、行方不明者のなかにいれられていたが、やがて発見され命は助かる。カヨちゃんの家族は、カヨちゃんが、どこでどなって死んでいったか、知りたがるが、母親はあまりの悲惨さに、事実を語らずにいるという話。また、その語れないということも深いトラウマになっているのだ。
 岡本太郎の太陽の塔の表現の奥深さ。私は取材であったが、新婚間もない妊娠中の妻を伴って、万博に行った。塔のエネルギーの強さが、ある圧迫感で迫ってきたのを記憶している。
  太陽の塔の人間の業の裏表の存在を浮き彫りにする迫力と、母親の過去の悲惨な体験を娘に記憶させるという、重ね合わせた手法は迫力と説得力がある。
 芸術はゲーテ「若きウェルテルの悩み」やピアフのシャンソン「暗い日曜日」のように、若者をたち自殺にさそうほどの力をもつことがある。
 現代は、ピコ太郎の「PPAP」のような、視覚とリズムに強烈に訴える刺激の強いものがあふれる。そのなかで、文章による視覚的効果への挑戦として、よく計算されている。
 ほかにも、現代風俗に絡めた作品があって、触れる気であったが、今回はこの作品で充分と思った。襟を正さねばという思いがする。
 なお、編集後記のなかで、善積健司氏が2016年(原文は2017年となっているが気が早すぎる)9月の第4回「文学フリマ大阪」が開催され、雨天の中2000人が来場したことや、100部以上売り上げた同人誌の存在もあることを報告している。
発行所=〒545-0042大阪市阿倍野区丸山通り2-4-10-203、高畠方。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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