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2017年1月26日 (木)

文芸時評1月(毎日新聞1月25日)田中和生氏

  《対象作品》  金原ひとみ『クラウドガール』(朝日新聞出版)/羽田圭介「成功者K」(『文芸』)/青山七恵「帰郷」(『群像』)/松浦理英子「最愛の子ども」(『文学界』)。
ーー文学作品と現実の関係は、どうあるべきなのか。そんなことを考えたのは、実力ある中堅作家たちが、その関係に苦しみながら作品を書いていると感じられたからだ。――小説は小説のためだけに書かれる、という考え方もある。たしかにこの「小説らしさ」を前提とする文学観は、小説が社会に影響をおよぼす主要なメディアで、教養的にも熱心に読まれていた時代にはリアリティーがあった。しかし作家よりお笑い芸人の言葉で本が売れ、ネット上ではまんがやアニメーションが熱心に語られている現在、これは楽観的すぎる考え方だろう。
 だから意識的な書き手は、作品で「小説らしさ」を前提にせず現実との関係を作り出そうとする。まず金原作品は、父親と離婚した母親と暮らしていてその母親も亡くした、大学生「理有」と高校生「杏」という姉妹を描く。現代日本を舞台にしたその作品で、これまで現実と通じる回路となっていた作者自身を思わせる語り手や主人公は姿を消し、性的に奔放な妹と生真面目すぎる姉が、危うい印象で生きる様子が辿(たど)られている。
 作者は現実との関係を作り出し、作者自身と切り離された若い女性たちを描く挑戦をしている。しかし「理有」と「杏」が抱える生きづらさの起源が、すべてその母親にあるように感じられてくると、実は作品が作者自身を思わせる人物に強く規定されていることに気づく。
 作者自身を思わせる人物の位置づけに苦心しているのは、羽田作品もおなじだ。二〇一五年に芥川賞を又吉直樹と同時受賞し、それからテレビへの出演が増えた羽田は、羽田自身を連想させる「成功者K」という主人公を造形している。「芥川賞」や「文藝春秋」が実名で登場し、受賞から大きく環境も生き方も変わった小説家の「K」は、読者がテレビで拡散された「羽田圭介」のイメージを重ねられるように書かれている。
 それによれば、小説家「K」は近づいてくる女性たちと好きなように性交し、以前から交際していた地味な女性とは別れて若い女優とつきあい、仲間の作家たちからは少し距離を置かれている。テレビというメディアを介しているので、体験的な告白と小説的な虚構の区別がつけにくいが、だからこそ告白や虚構を経由せずに語れない真実の感触に乏しい。思うに小説が作り出す現実との関係より、テレビが生んだ作家「羽田圭介」のイメージの方が強いのである。
《参照:毎日新聞・作品と現実の回路 ありふれたものでつなぐ

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