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2016年12月 9日 (金)

文芸時評12月「ある領域から別のある領域へ移動する人物」石原千秋氏

 主人公とは何だろうか。主人公とは「ある領域から別のある領域へ移動する人物」だとする。NHKの「連続テレビ小説」は「少女から女へと移動(成長)する人物」を数十年繰り返して放映している。これが、主人公の典型である。僕はいまこれを「物語的主人公」と限定的に呼んでおきたい。小説にはもう一つの主人公の型があるからだ。それは「~について考える人物」である。漱石後期3部作の近代的知識人と呼ばれてきた主人公たちで、須永市蔵(彼岸過迄)、長野一郎(行人)、「先生」(こころ)。これを「小説的主人公」と呼ぶことを提案したい。
 もちろん、主人公はこの2つの型にはっきり分けられるわけではなく、多くの場合、一人の人物がどちらの性格も具(そな)えているが、それでもどちらかに偏っているのがふつうだろう。このように主人公を2つの類型に分けてみると、近代文学が理解しやすくなる。たとえば、私小説の主人公は身辺に起きたことについていろいろ思い考えるから「小説的主人公」の性格をより多く具えているというように理解すればいい
《産経:主人公の2類型 早稲田大学教授・石原千秋》 

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