« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »

2016年12月31日 (土)

文芸同人誌「相模文芸」第33号(相模原市)

【「新時代を迎えた文芸同人誌」木内是壽】
 文芸評論として、明治期にはじまった文芸同人誌と商業文芸誌との関係、近年の国文学系の学術誌などの廃刊、休刊の時流に触れる。そのうえで文芸同人誌の全国組織として、森啓夫氏の「文学街」、五十嵐勉氏の雑誌「文芸思潮」などの活動を記す。
 さらに現状としての文学フリーマケット「文学フリマ」が東京において、600グループ、大阪で300グループの市場が生まれたことが記してある。じつは、ここでの「文学フリマ」というのは、過去の話。すでに同人誌だけの市場ではなくなり、現在は文学作品のフリーマケットとなっている。市場としての機能も、12017年早々の1月22日に京都、3月には前橋、4月には金沢、5月には東京と、ほぼ毎月のように全国の各地でフリーマーケットが開かれ、合計で3000を超える文学グループが作品を即売するようになった。
 これは「作家は個人という存在」意識の高まりから、単行本が多くなり、1日で100冊以上即売するという一般書店顔負けの強い市場力をもつようになったことによる。いまや「文学フリマ」は同人誌もある文学市場になっているのである。また、ここでの同人誌は合評会というのをしない傾向にある。価値は見知らぬ読者が買うことで決まるからである。
【「工場と時計と細胞」外狩雅巳】
 この作品は「詩人回廊」サイト(外狩雅巳の庭)にシナリオ風に断片的に執筆したものを、作品としてまとめたものである。
 形式としては、プロレタリア文学的手法で、工場労働者の労働実態が活写されている。舞台は大田区の外資系ゲーム機製造工場の労使対決の一場面である。
 話は小さな町工場を転々としてきた労働者が、日本の高度経済成長の途上で、ある程度経営基盤のしっかりした中堅企業に入社し、時代の波に乗って大企業になろうとするなかで、働く機械として非人間的な状況に置かれてゆく労働者の権利を確保する組合づくりの過程が描かれている。特に大田区は、共産党の活動拠点として、労働運動が盛んな時代が長く続いた。
 その時代の状況を多摩川に沿った大田区という工場地帯の雰囲気を烏の眼として俯瞰的にとらえている。さらに企業内でのベルトコンベアの流れに組込まれた工員たち、会社からの指令を実現する管理職という、それぞれの視点から描き、組合結成を阻止しようとする側。組合結成によってストライキ権を確保する労働者の立場を描いている。日本の資本主義社会の製造現場が歴史的な一場面として、ドラマ性をもって描かれているのは、興味深い。本作品は、自分の表現しようとしているものの形がつかめない段階で、まず「詩人回廊」に書き起こした。そして、その自分の表現したいものはこうではないかと、まとめたということになる。その意味と表現法の追求行為がともなうゆえに文学作品たりえるのである。すでにわかっていることを、その通り書いても、それは線を引いてあるものに色を塗るだけの「ぬり絵」に過ぎない。ぬり絵を美術だという人は変人である。
 プロレタリア文学には、芸術的価値と社会的価値の双方が要求されることから、その姿も変化してきている。
 偶然かどうか、作者が「詩人回廊」にメモ風に書きとめ、構成などを推敲している間に、雑誌「民主文学」の17年1月号に、仙洞田一彦「忘れ火(連載第1回)が掲載されはじめた。この作品を読むと、地域性や企業の製品などからして、同じの企業でしかも、この企業が大企業に成長したのちの舞台設定である。ここでは、主人公がリストラとしてクビにされないが、窓際族として処遇されるような予感をさせるもの。おそらく、企業内組合活動で標的にされた男の戦いが描かれるのではないか。合わせて読むのもひとつの趣向であろう。
発行所=相模原市中央区富士見町3-13-3、「相模文芸クラブ事務局」担当・竹内健。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

| | コメント (0)

2016年12月29日 (木)

西日本文学展望「西日本新聞」16年12月27日(朝刊)長野秀樹氏

題「異なる人」
内山博司さん「哀傷桂橋」(「飃(ひょう)」103号、山口県宇部市)、波佐間義之さん「今津の唄いさん」(第7期「九州文学」36号、福岡県中間市)
前出「九州文学」より吉岡紋さん「一度っきりの指切り」、小笠原範夫さん「家出計画」(「ガランス」24号、福岡市)
今年メインで取り上げた作品の掲載誌:「詩と眞實」(熊本市)4作品、3作品は「飃」と「九州文学」、2作品は「海峡派」(北九州市)、1作品は10誌。単行本2冊。作者性別は男性14人、女性10人。
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

| | コメント (0)

2016年12月28日 (水)

今年2016年はどうでしたか? 赤井都さん

  充実した一年でした。たくさん作って、たくさん売れて、教室も定期的にしていました。おかげさまで、ありがとうございます。
  作品作りは、かなり手が速くなり、金箔押しの技法も身についてきました。
その結果、新しいものを生み出すことができる自由さや軽快さが出てきた気がします。
  ミニチュアブックソサエティでの受賞は、周りの方が喜んでくれたし、NHKに出た時も、応援してくれる人のことを考えていました。スポーツ選手がよく、そんなコメントを言っているのと同じように、私もそうしたことが自ずと力になって、いい循環な気がします。
  順々に2016年を振り返ってみると、1月は個展「航海記」。ドライポイントへの挑戦。活字組版と印刷の挑戦。
フェイスブックを使ってメイキングを上げて、自分を鼓舞していました。
  個展に来られないはずの海外の方からの、熱烈ストレートな反応が以来続きます。
  大作の新作が売れたので、今年はもう働かなくていいやと思ったけれど、その先の予定が入っていたので、また作り……。
  4月は「豆本がちゃぽん10周年」。大きい本にチャレンジして大変でしたが、手を動かしたいということについてはかなり気が済むという、満足でした。
  でもデザイナーさんにはかなわないなあ、とひそかに思いました。5月は名古屋で、「そっと豆本、ふわっと活版、ほっこりお茶2」。行ったのは一日だけでしたが、お客様が来てくれてうれしかったー。
  7月はみずのそらで活版グループ展「漂流線」。『孤独』を作りました。ドライポイントと活字組版を、さらに発展させて作品にし、革や磁石、金箔押しを加えた表現にしました。スケジュールがちょっとタイトでしたが、すごく集中できて、この作品がこの時点で作れて良かったです。
  8月は、ミニチュアブックソサエティでの受賞のお知らせが届きました。9月は三省堂の神保町いちのいちで「そっと豆本、ふわっと活版5」。いいムードの中、『雨ニモ負ケズ』新作を出せました。これは弘陽の三木さん
と今年作りたいと思った本なので、実現して良かったです。
  活版組版へ視線がいくように、活字組版の本を作ったり、you-tubeに動画を置くという初めてのことをしました。挿画への評価が、非常に高く、あちこちからいただいているのが私にとっては新鮮な驚きでした。疲れたのでちょっと休みつつ、次の準備。
  12月は、中野のギャラリーリトルハイで個展「手のひらの中のアリス」。また、たくさんの方においでいただき、たくさん売れました。特装版、原画、豆本の作り方の本、豆本がちゃぽんなどがそれぞれ人気でした。お客様も、作品も、幅が広くて、それが良かったと思いました。この個展では、『雨ニモ負ケズ』特装を新作として出しました。
NHK総合テレビの朝7時45分からのニュースで豆本が紹介されました。
  現時点で、『雨ニモ負ケズ』特装はご予約済み、『航海記』特装、『孤独』は完売しています。
言壺》便りより。
■ 来年2017年の予定
2月は東京製本倶楽部展(目黒、京都)
5月は「そっと豆本、ふわっと活版、ほっこりお茶3」(名古屋)
9-10月は「そっと豆本、ふわっと活版、ほっこりお茶6」(神保町)
教室は、1,3土曜日に自宅で、毎回ご予約満席が続いています。
2月19日に朝日カルチャー千葉でワンデイレッスンをします。
マイペースで、やっていこうと思います。
作品としては、稲垣足穂の『一千一秒物語』の全集を出します。
これは革で、伝統のデコールの技法をたっぷりと、そして
私オリジナルの新しいエッセンスを加えるつもりです。

| | コメント (0)

2016年12月25日 (日)

文芸同人誌評「週刊読書人」(16年12月2日)白川正芳氏

「俳句史研究の広がり-大阪俳句史研究会三十年に際して」(「俳句史研究」23号)、季刊「びーぐる」33号の特集「黒田喜夫の世界性を問いなおす」より新井高子・神山睦美・河津聖恵・倉橋健一・下平尾直・長濱一真、「ほほづゑ」90号より自著紹介「『ファイナンスの哲学 ダイヤモンド社』」堀内勉、「群系」37号の特集Ⅰ「私小説について」より宮越勉「所謂「私小説」をめぐる断層-志賀直哉の場合、その「斑」、荻野央「田山花袋と葛西善蔵-作者と主人公」・名和哲夫「私小説を考えるということ」・特集Ⅱ「 野口存彌著作解題」
前出「群系」37号は「第6回富士正晴全国同人雑誌賞」大賞受賞。特別賞は「水路」20号、「文芸中部」100号
創刊号は「組香」より樅原もえぎ「創刊のことば」・樅原もえぎ「星でも見ようか」
「mon」9号より森田哲司「金木犀」・飯田未和「迷い鳥」、「山陰文学」44号より内藤丈二「籠手田安定の風貌」・寺井敏夫「あれからの七十一年 陽介の憶い」
藤木由紗「部屋・その時間と顔」(「全作家」103号)、「連用形」36号より中山みどり「きらきら光る」・清水信「直人曲人伝」、中園倫「俳句 星の恋」(「文学街」345号)、間端宙子「継ぐ者」(「詩と真実」10月号)、西田宣子「窮屈なはなし」(「季刊午前」54号)、内田勝馬「原時間」(「限」4号)
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

| | コメント (0)

2016年12月24日 (土)

文芸同人誌「奏」2016冬号(静岡市)

  本誌には、「新資料・小川国男『藤枝教会史』」(解題/勝呂奏)が掲載されており、興味深かったので、自分なりの意義を「暮らしのノートITO」に書いた。
【「屏風のような」小森新】
 話は井上靖文学館での米神礼三館長と企画展での交流と館長の突然の訃報を知るところから始まる。そこから、作者の父親の死に目に会えなかったことへの感慨が語られる。これを読んで気づいたのは、肉親との死別の事情を語ることは、その人の境遇や人生の一断面を浮き彫りにするということである。この作品では、父親の死期が近いことが分かっていても、予めそのための準備のような行為をすることをためらう心理が描かれている。そして、死別に立ち会えなかった、やむ得ない事情があったのだが、心残りの気持ちを独り胸の内にしまっておく。米神館長と父親への想いを表現する。――作品の読者としての自分の父親への思いと、比較したりした。自分の場合、父親にとって悪い息子であることを、晩年の介護生活のなかで自覚があったので、今のところその罪の意識に変化はない。
【「芹沢光治良『感傷の森』論」勝呂奏】
  芹沢光治良の作品「感傷の森」の敗戦後の日本人の精神の支えを意識して書かれたことを評している。太平洋戦争の責任、敗戦の責任追及の精神よりも、戦後を生き抜くことへの努力に重心がある作品のようである。これは、やはり人間の愚行を飲み込んだ宗教的な精神が働いていたのかも知れない。
  昨年だったか、都内の図書館で、ご自由にお持ちくださいの棚に、芹沢の全集の茶色のようなクリーム色のような本が並んでいたのを見た。これも時代というものだろう。
【「小説の中の絵画(第5回)太宰治『きりぎりす』―『私』の言葉」中村ともえ】
  太宰治の女性の独白形式1人称小説に関する評論。内容とは異なる受け取り方かも知れないが、太宰の表現力の多彩さ、巧みさなどがわかり、小説はまだまだ技術的な可能性を多くのこしているのではないか、という気持ちになった。
発行所=〒420-0881静岡市葵区北安東1-9-12、勝呂方。
紹介者=「詩人回廊」伊藤昭一。

| | コメント (0)

2016年12月22日 (木)

社会学部 岸 政彦 教授の著書「ビニール傘」が芥川賞候補に

日本文学振興会が12月20日、発表した芥川賞候補には、『断片的なものの社会学』(朝日出版社)で「紀伊國屋書店じんぶん大賞2016」1位を獲得した社会学者、岸政彦氏の初小説「ビニール傘」が入った。2012年、13年の直木賞候補にあがっていた宮内悠介氏は、「文學界」に発表した「カブールの園」で芥川賞候補に選出された。
直木賞は、恩田陸氏が『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)で6回目の候補入り。SFや歴史小説を数多く発表してきた冲方丁氏は、現代ミステリー『十二人の死にたい子どもたち』(文藝春秋)でノミネートされた。選考会は2017年1月19日、東京・築地の新喜楽で行い同日発表する。候補作は次の通り。
【芥川賞】
「キャピタル」(「文學界」12月号)
岸政彦「ビニール傘」(「新潮」9月号)
古川真人「縫わんばならん」(「同」11月号)
宮内悠介「カブールの園」(「文學界」10月号)
山下澄人「しんせかい」(「新潮」7月号)
【直木賞】
冲方丁『十二人の死にたい子どもたち』(文藝春秋)
恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)
垣根涼介『室町無頼』(新潮社)
須賀しのぶ『また、桜の国で』(祥伝社)
森見登美彦『夜行』(小学館)

| | コメント (0)

2016年12月21日 (水)

文芸同人誌「海」(第二期)第17号(大宰府市)

 「海」は第二期なので通巻では84号となる。九州では文学的歴史をもつ文芸同人誌です。今号では高岡啓次郎「書斎の雨音」に目が留まりました。主人公の姉が結婚後も夫との不仲に悩む姿を描写している。幼少時には母親代わりに主人公等の兄弟の面倒に奔走し婚期が過ぎそうなので見合い結婚をしたが料理人の夫とは理解しあえず苦労した末に先立たれる。その葬儀に北海道から関東まで出向く。読み進むと心象風景と実際の風景との対比が迫ってくる。雑誌「文芸思潮」での入選作品を加筆して掲載したそうである。授賞式で見た高岡氏は若く溌剌とした文章力を反映させるような人でした。
 高岡氏は、九州の同人誌にも参加して掲載する多忙な人気者です。どれも、水準の高い安定した作品を続々と送り出しています。
 「海」(第二期)誌の主宰者である有森信二氏とも「文学街文庫」で共に掲載した事も有り毎号必ず贈ってもらっています。 今後も遠方でも同人誌活動に励む知人とは励まし合っていきたいものです。
 編集発行人=〒818-0101大宰府市観世音寺1-5-33(松本方)。「海」編集委員会。
紹介者=外狩雅巳(町田文芸交流会事務局
 

| | コメント (1)

2016年12月19日 (月)

文学同人誌「北方文学」74号(新潟県柏崎市)

 本誌は文学同人誌という通称をしているのを、どこかで目にしたことがある。それが印象深いのは、内容が文学的な芸術性をもって粒ぞろいであることだ。その意味で、概要を<暮らしのノートITO>に掲載した。
 文学同人誌と文芸同人誌のどこが違うかというと、文芸ーーの方は、文学性の強い作品と、ただの生活日誌的な作文や娯楽小説とが混在していることであろう。それはそれなりに、社会の世情を反映した親しみやすさをもたせる良さがある。しかも同人会員として、出版費用の負担をすることの支援になるわけである。
 読書愛好家専門新聞などの文芸同人誌評などは、その膨大な作文の類を分け入って文学的な意義のある作品を選び出しているようだ。文学的な野心をもった同人誌でも、こうした作文や読み物との混在で、先鋭てきな文学部門が、埋没してしまうことが起きる可能性があるかも知れない。
【「蜜の味」新村苑子】
 描かれた土地は明確にしないが、土着性の強い風俗を土台にそれが「昭和46年11月中旬のこと」とまず明確にする。飲んだくれの夫と、障害をもつ長男元雄と暮らす主婦キクエの生活の貧困生活を描く。その中で、家出をした次男の光雄が、東京で身元不明で亡くなった男とド同一人ではないか、と警察から告げられる。どうのようにして東京に確かめに行く金を工面するのか。さまざまな問題を抱えるキクエの疲労した神経。そこで観る白日夢を描く。
 重みと粘りのある文体は力感に溢れ、作中で緊張感を生むような語りの構成が、物語の興味を生む手法として成功している。これが長篇小説の一部ではないかと、思わせるところもある。
 作者は「新潟水俣病短編小説集Ⅰ、Ⅱ」(玄文社)を刊行しており、「律子の舟ー新潟水俣病短編小説Ⅰ」で2014年の第17回日本自費出版文化賞各部門賞・大賞の小説部門賞を受賞のほか、新潟県の文学賞なども受賞しているようだ。
発行所=〒945-0076新潟県柏崎市小倉町13-14、玄文社。
紹介者「詩人回廊」北 一郎。

| | コメント (0)

2016年12月17日 (土)

北方領土問題は、日露の過疎地対策問題?

  ロシアのプーチン大統領が安倍首相の招待で来日したが、メディアは領土返還の話に偏りすぎ。過去にの恒和会議と実効支配で、ないことをあるように報道するのは変。それよりも、北方領土と北海道は、過疎地化で共通の課題をもっていることを考えるべき。ロシアは、北方領土周辺に人がいないのが、昔からの課題。現在もインフラ整備を進めているが、賑やかなのはその建設労働者の北朝鮮人と中国人があいるからで、建設がすめばまた寂しくなる。そこの子ども達は、都会に出て行こうとするだろう。樺太周辺の住民はソ連時代にクリミア地方から強制的に移住させられた人たちという話もある。安倍首相が、対米追従の官僚組織にこれだけは逆らっているのは、政治家らしさを示した部分か。《参照:日露首脳会談の成果は、地域の平和を脅かさないことの気運

| | コメント (0)

2016年12月16日 (金)

文芸同人誌「淡路島文学」第12号(兵庫県洲本市)

 編集をしていた北原文雄氏(71)が、本誌を発行後に亡くなったことを知った。北原氏は農民文学賞受賞など数々の賞を受けた純文学作家。伊藤桂一氏が農民文学賞の選者をされていた時に、しばしばお会いした方である。ここでは、本号の編集後記として、同人作家の作品紹介を行っているので、その部分を抜粋編集させていただくことにします。「淡路島文学」」と同人への深い愛情が心にしみる紹介文と思います。
【一根一乗さん「淡島暮色」】
  架空の市民病院事務官を定年退職した加藤俊策の目をとおして、市民病院のあり方を問う一方、加藤家の祖父が東京から鐘紡S工場へ赴任したころからの、加藤家と鐘紡S工場とS市全体像を傭瞼的に浮かびあがらせる。筆者は医師であるから、病院の運営のあり方や医療施策に詳しいのは理解できるが、主人公俊策を書家と設定し、その書への造詣の深さに驚いた。妻瑛子と俊策の微妙な関係がなかなかおもしろく読ませる力作。
【宇津木洋さん「夕暮れの雲」】
  最近忘れ物が多くなったと主人公が述懐し、認知症が始まったのではないかと思われる事象を数多く語る。これが軽妙な語りで、「昔から自分はこのていどに迂闊でぼんやりしていたという思いがある」に至っては、同感して吹き出してしまう。ユーモアたっぷりの作品である。
【鈴木航さん「宗一郎の後悔」】
  高校から大学時代の宗一郎・圭太・華の交友から、華が圭太を選び結婚したが、圭太は一年後交通事故死するまでを描く。葬儀前に華と会った宗一郎は、圭太の人間像を知る。恋仇の圭太に酷い仕打ちを後悔する話しであるが、若者らしい会話と感性に新鮮さを覚える作品である。
【長木玲子さん「猪尻侍の逃避」】
    地域史を踏まえた長木さんの連作の一つであるが、語り部にマキと山家を登場させながら、徳島藩家老の稲田家の歴史的物語への関わり方が筆者の目で書かれている。マキと山家を有効に動かすべきであったと読後思った。
【芳谷和雄さん「サイパン紀行」】
  近くの農家の男性で、よくお世話になっている先輩である。同人ではないが、父親の戦死したサイパン島へ慰霊の旅に出かけた。その土産に添えられた手紙であるが、胸を打つものがあったので、本人了解を得て掲載させていただいた。
【大鐘稔彦さん「歴史小説と取り組んでーその余話(抄録を兼ねて)1」】
  3月に出版された三千枚の長編小説『マックスとアドルフその拳は誰が為に』上・下本の執筆裏話である。7月9日、なごやかな出版記念会をしたが、そのお礼まで書かれていて恐縮である。
【樫本義照さん「灯明はいずこに」】
  友人澤田と、癌治療中のその妻節子の夫婦愛を理解出来にくい石本をとおして、人の生涯を見つめる物語である。筆者の分身らしい石本が、これまでの作品とちがって、坦々と描かれる場面が多くなっているのは、筆力を大きく向上させたと言ってよい。
【野崎俊さん「徒然入院の記」】
  お酒をこよなく好きな主人公の、お酒の失敗談が多く語られるが、お酒好きの者ならだれでも共感できるものをもつ。失敗を重ねながらも、体調を崩しながらも、悲壮感がないので、かえって面白い軽妙な作となっている。
【植木寛さん「亜利婆と玄五郎丸」】
  後期高齢者夫婦の、よか夫婦振りを描く。大晦日に正月から夫婦で互いの呼び名を、夫玄太は玄五郎丸、妻亜利子は亜利婆と決めて元旦を迎える。近親者が次々に他界していく悲哀を描きながら、この夫婦のありようは、随所におかしみを感じさせる好篇である。
【北原文雄「朝の夢」】
  ある朝のはしたない夢のお話しに、庄一の日常の断面を切り取り描く短編。
【藤井美由紀さん「緑の庭」】
  スナック経営の姉遙子が癌闘病のうちに亡くなり、妹志帆が横浜から帰り、淡路島のスナックを継ぐ。幼くして海難事故で両親を亡くし、年の離れた志帆は姉遙子に母代わりとなって育てられた。姉妹の確執もあったが、病気の介護の中で認め合うようになる。店の名「緑の庭」の命名のいきさつを、ストーリーテーラーらしい巧みな謎解きで、読ませる作品である。
  ▼松下利明さん、橋本正信さんの二人の詩人が本誌にいて、小説作品だけではない文芸同人誌を発行できることを幸いに思っている。合評会をたのしみにしたい。
  ▼追悼「二人の先生」は、本誌の支援者である溝上眼科院長溝上国義先生と、倉本皮膚科院長倉本昌明先生がこの一年で、つづいて亡くなられた。急遽三根一乗さんに執筆・をお願いして、掲載できた。ご冥福を祈念申しあげたい。
  ▼本号は三根さんと藤井さんの作品以外は短編特集のようになった。最近は㎜頁近いのが常であったが、12号は150頁ほどのものとなった。感想批評をお寄せいただきたい。(北原文雄)
発行所=淡路島文学同人会。〒656-0016兵庫県洲本市下内膳272―2、北原方
「淡路島文学」12号について神戸新聞2016年9月10日付けにおいて北原文雄氏へのインタビュー記事にしています。

| | コメント (0)

2016年12月14日 (水)

文芸同人誌「アピ」第7号(茨城県笠間市)

【「鬼草紙」西田信博】
 仏教説話にある人間世界の彼方、天界の入り口にある須弥山を舞台に罪と罰をめぐって、人間と鬼が天界と人間界の双方をかけめぐる話。最近同人誌で読んだ作品の中で、題材と文体の工夫に優れて実に面白い。「今は、昔のことである。仁和寺当たりの僧に、如真と云うは、いわゆる悪僧だった」という出だし文のおおらかさに示されるように、古文のリズムと話のスケールの大きさで、気持ち良く読み進められる。人間の善悪と仏教思想の啓蒙にも意義がある異色作である。
【「アクリルたわし」田中修】
 東電福島第一原発から5年。作者の義兄は、相馬市の原発から北西約10キロ離れた場所にある。3.11の大震災には、新築間もなかった家が山沿いにあったため、屋根瓦がこわれた以外に大きな被害はなかったという。しかし、原発事故のため自治体からの避難指示がないものの、親戚の家を転々として避難生活を送った。福島市内の親戚の家を避難に場所に申請し、食料品の配給を受けていた。義兄の母は、当時93歳でつらい避難生活を余儀なくされた。
 作者の家は、茨木県笠間にあるが、避難場所の団地生活からの気分転換に二カ月に1回こちらに来て、気分転換をはかっていたという。そんな母が、アクリルたわしを手作りしたところ、関係先々で評判になったという話である。原発が事故を起こすと、さまざまな不幸を人々にもたらす、その多様性を感じさせる。
 ここで、自分が注目したのは、次のとことである。「母には一男四女がいた。私の妻が四女である。次女と三女は、大震災の数年間前、ほぼ同じ頃に治療困難な癌と診断され、同じ年に亡くなったのである。次女は63歳、三女は57歳の若さであった。」という事実である。
 じつは、事故を起こさなくても原発は常時トリチウムという放射線を放出している。身体に害があるが、無害のところまで薄めることで、海などに放出されている。しかし、日本各地のほか、ドイツの原発所在地では、事故がないにもかかわらず癌患者が多く出ていることを、住民たちが肌感覚で知っている。現在、ロシアでも高額の予算を組んで原発からのトリチウム除去装置を開発、日本に売り込みをかけているというニュースもある。
 福島県に被災者支援、福島県に頻繁に通っていた家族やボランテアの幾人かが、癌と診断されたという話も都市伝説的に流れている。いずれにしても、精神的に福島の影響かと疑惑に悩まされるような要因は、なくしたいものだ。
 発行所=〒309-1722茨城県笠間市平町1884-190、田中方「文学を愛する会」
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

| | コメント (1)

2016年12月12日 (月)

文芸時評11月(東京新聞)・佐々木敦氏

《対象作品》
服部文祥(ぶんしょう)「息子と狩猟に」(『新潮』12月号)/加藤秀行の「キャピタル」(『文学界』12月号)。
《東京新聞:服部文祥「息子と狩猟に」 加藤秀行「キャピタル」 佐々木敦

| | コメント (0)

2016年12月11日 (日)

憲法改正論も非改正論も簡単な基本を把握してから

  憲法改正論が出てきて、その反論もかなりある。そこで《憲法と民主主義の関係(4)松村法学博士講演より》を書いている。その基本は、憲法という法は、国民が、国家(公務員)に向けて、こういうことはしてはならない、と命じたものだということ。
 国民に対して「ねばならない」「するべき」などという文言が入るのは、自分で自分に言い聞かせる誓いでしかない。意味不明と片付けて排除すべきもの。
 松村博士の講演では、資本主義と民主主義について、マックス・ウェーバー論にまで入り込んでいたが、現在の状況について絞って紹介したい。
 かつて、クリント・イーストウッドの映画「ダーティ・ハリー」のシリーズがあったが、この第1巻に操作手順に違法性があれば、たとえ実行犯と判っていても、有罪にできなに、という法のジレンマが主題になっているので、面白いといえば面白いのである。
日本の憲法では、公務員(国家)は、国会議員で、警察や裁判長は含まれないという事実上憲法失効の現状がある。一応、国会議員の選挙の時に裁判長の信任投票があるが、その票数が発表されていない。不信任票数ぐらいは発表すべきではないだろうか。

| | コメント (0)

2016年12月10日 (土)

研究用としてのまとめ記事サイトのあり方について

  まとめ記事サイトといえば、当サイトもそのひとつである。それは文芸文化の分野の現状を研究するのに、その資料として情報を集め、紙に印刷し「文芸研究月報」として発行したのが、はじまりであった。元記事を短くまとめて、その原文の所在がわって、改めて確認できるように、記号化して記すようにしていた。そして、大手新聞4誌を購読、テレ部番組の文学者インタビューなどを録画、概要を記した。
 こうした作業は、図書館や博物館で資料の収集や管理を行う専門職であるキュレーターを由来とした「キュレーション」とも呼ばれているようだ。
 この月報新聞では、ミニコミとして販売したところ、引用や内容の抄録は著作権侵害にあたる、という情報源からの抗議うけ、研究会員専用の会報として外部販売を停止した経緯がある。そのため会費で発行する同人新聞化していた。その後、運営者に原稿依頼がくるようになり、月報の発行が困難になり、休刊。会報だけのために入会していた購読者には、会費を返金。それ以外の活動が目的のひとには会員として残ってもらった。そして、情報発信を続けて欲しかったという会員に向け、発信したのが、本サイトの通信である。
 その際、過去の著作権問題でのトラブルを教訓として、他からの情報を示すが、それを収益とするものではなという姿勢を示すために、広告のつかないサイトにした。まだ、曖昧なところがあるが、それなりに經驗をもとに、発信法に工夫をしているつもりである。
 また、ライブドアのネットニュース「PJニュース」の外部記者として報酬を得ていた時期もあったが、おそらく採算が取れなかったのであろう。なくなってしまった。

| | コメント (0)

2016年12月 9日 (金)

文芸時評12月「ある領域から別のある領域へ移動する人物」石原千秋氏

 主人公とは何だろうか。主人公とは「ある領域から別のある領域へ移動する人物」だとする。NHKの「連続テレビ小説」は「少女から女へと移動(成長)する人物」を数十年繰り返して放映している。これが、主人公の典型である。僕はいまこれを「物語的主人公」と限定的に呼んでおきたい。小説にはもう一つの主人公の型があるからだ。それは「~について考える人物」である。漱石後期3部作の近代的知識人と呼ばれてきた主人公たちで、須永市蔵(彼岸過迄)、長野一郎(行人)、「先生」(こころ)。これを「小説的主人公」と呼ぶことを提案したい。
 もちろん、主人公はこの2つの型にはっきり分けられるわけではなく、多くの場合、一人の人物がどちらの性格も具(そな)えているが、それでもどちらかに偏っているのがふつうだろう。このように主人公を2つの類型に分けてみると、近代文学が理解しやすくなる。たとえば、私小説の主人公は身辺に起きたことについていろいろ思い考えるから「小説的主人公」の性格をより多く具えているというように理解すればいい
《産経:主人公の2類型 早稲田大学教授・石原千秋》 

| | コメント (0)

2016年12月 5日 (月)

文芸同人誌「異土」13号(奈良県)

 本誌は長編評論が多く、読むのに時間がかかる。内容が専門的で、ほとんど学術書である。自分などは知識がなく、まさに学ぶための読書となった。小説2編もあるが、まず、評論のタイトルを紹介する。
 紀井高子「J・M・クッツエー―コウモリであることはどのようなことか」(108枚)=クッツエーは、「恥辱」で2003年のノーベル文学賞受賞の南アフリカの作家。ブッカ―賞を2度受賞している。講演で自らの小説を読み上げたそうで、その作品「動物のいのち」の解説である。我々には縁遠いような作家でも、日本語の訳が出る。日本人の文学的な知見は実に多彩である。
 松山慎介「『海辺のカフカ』は<処刑小説>-小森陽一『村上春樹論』批判―」(159枚)=話題性とデータベースの厚さではこれが一番。小森陽一「村上春樹論」を紹介し、村上の「海辺のカフカ」に対する小森の批判を検証している。「海辺のカフカ」には、多くの歴史的事実と文学作品が関連しているため、小森の文学体験や漱石論など、「テクストの構造分析」「文脈」などをからめ文学と政治思想の関係に結びつけている。
 野武政「ゲーテ――愛と真実を求めて」(111枚)=ゲーテといえば「ロミオ とジュリエット」かもしれないが、「若きウェルテル」は、若い読者が影響を受けて自死するのが流行したというからすごい。芸術で人が死ぬのである。現代に果たしてゲーテの思うような恋愛というものが、文学作品で書かれているのか、という視点で読むと、恋愛の不思議さを改めて思わせられる。
 月野恵子「評論Ⅱ・女画師平田玉蘊」(93枚)=平田は画師として頼山陽との恋愛関係が話題になったそうだ。田崎勝子「田岡嶺雲―近代天皇制国家成立期に生きた男」(147枚)=明治の文化人の評論。秋吉好「ビワ湖他界観諸相―ダウテンダイと井上靖」(168枚)=いずれも、話の広がりの大きさで、散漫さのなかに瑞々しい存在感を示すところがあり、ビワ湖伝説の研究者がいるとすれば貴重な資料とされる可能性がある。
【熊谷文雄「顔がちがう」】
 会社の慰安団体旅行という、今ではあまり行われない行事。旅行先は、韓国でのバス旅行。板門店も見学する。韓国のバスガイドは、中年ながら美人で日本語が流暢で、人気を得る。美人ガイドの話から、板門店から見える北朝鮮兵士の顔が幸せそうでない、わびしい顔になったという。また、韓国人も良い顔つきとは言えない、と感想を述べる。そこで、日本人の顔はどうかと訊くと、豊かな顔をしてると、外交辞令の感想を述べたので、一同、満足する。その話と、関西の財閥家の娘と出会った男。現在は一介のサラリーマンだが、これから男一匹の事業家としを目指している自分に、財閥の家柄の女性を伴侶にできないと、別れを覚悟して彼女にそれを告げると、女性は彼のどこまでもついて人生を賭けると伴侶となる意思をしめすところで終る。
【「みなと遊園」湖海かおる】
 昭三は、妻に無断で娘の夕子を「みなと遊園」に遊びに連れてひとときを楽しむ。近くのフェリー乗り場で、昔の恋人に出会って、別れてからの消息をしる。夕子の生活ぶりも入ってなかなか面白い。
 ただし、こうした小説創作は、評論に比べると、ボリュームも風格も貧弱に見えるのは確かだ。それがデータベースのある評論と、無から有を生む創作の難しさと立ち位置の違いなのであろう。
発行所=〒650-0015奈良県生駒市青山台342-98、秋吉方。「文学表現と思想の会」 
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

| | コメント (0)

2016年12月 4日 (日)

西日本文学展望「西日本新聞」16年11月29日朝刊・長野秀樹氏

題「世界と一生」
草倉哲夫さん『プリンクル物語』(朝倉書林刊)、阿賀佐圭子さん『柳原白蓮-燁子の生涯』(九州文学社刊)
「南風」40号記念号(福岡市)より松本文世さん「南風と私」・宮脇永子さん「『南風』創刊のころ」・「目次一覧」・宮脇さん「心中異聞 摂陽年鑑 寛政五年二月十九日」・紺野夏子さん「百日の記」、後藤みな子さん「川岸」(「イリプス」20号、奈良県香芝市)
高校生文芸コンクール長崎県受賞者・最優秀賞徳永真由さん(諫早市高校2年)「十四日の本堂・優秀賞奥村啓さん(大村高校2年)「時にかける救済」・優良賞里鮎美さん(長崎女子商業3年)「こえと、ひとつの夏」
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

| | コメント (0)

2016年12月 3日 (土)

文芸同人誌「文芸中部」103号(東海市)

【「『新カラマーゾフの兄弟』の風土」三田村博史】
 ドフトエフスキー作品の翻訳者である亀山郁夫・名古屋外語大学長による「新カラマーゾフの兄弟」の愛知県人と地域を舞台に描かれた部分を、風土的視点に絞って解説したもの。
 作品に、愛知関連記述部分の言及に付箋をしたところ、百か所を超えたそうである。その割には、愛知県的な風土色が薄いという。しかし、本編の引用と解説によって「新カラマーゾフの兄弟」の物語の一面を教えられる。とくにロシア文学は、大地性というか、郷土的風土性、神秘性を帯びていることへの対比としても亀山作品「新カラマーゾフの兄弟」との対比が学べそうだ。
【「影法師、火を焚く(第四回)」佐久間和宏】
 理由は分からないが、おそらく文学性における異なるものの面白さであろう。
発行所=〒477-0033愛知県東海市加木屋泡池11-318、三田村方「文芸中部の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

| | コメント (0)

2016年12月 2日 (金)

よみカル教室から泉ゆたかさんと南杏子さんの作家誕生

  よみうりカルチャー(読売・日本テレビ文化センター)の小説教室から2人の女性作家が誕生した。「お師匠さま、整いました!」で第11回小説現代長編新人賞(講談社)を受賞した泉ゆたかさんと、「サイレント・ブレス」(幻冬舎)を出版した南杏子さん。泉さんは「新人賞作家になれる小説の書き方」(町田センター、若桜木虔講師)、南さんは「作家養成講座」(荻窪センター、五十嵐貴久講師)で、それぞれ講師の助言を受けながらあきらめずに執筆を続けた。
《参照:よみカル小説教室から2人の女性作家が誕生

| | コメント (0)

« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »