文芸同人誌「異土」13号(奈良県)
本誌は長編評論が多く、読むのに時間がかかる。内容が専門的で、ほとんど学術書である。自分などは知識がなく、まさに学ぶための読書となった。小説2編もあるが、まず、評論のタイトルを紹介する。
紀井高子「J・M・クッツエー―コウモリであることはどのようなことか」(108枚)=クッツエーは、「恥辱」で2003年のノーベル文学賞受賞の南アフリカの作家。ブッカ―賞を2度受賞している。講演で自らの小説を読み上げたそうで、その作品「動物のいのち」の解説である。我々には縁遠いような作家でも、日本語の訳が出る。日本人の文学的な知見は実に多彩である。
松山慎介「『海辺のカフカ』は<処刑小説>-小森陽一『村上春樹論』批判―」(159枚)=話題性とデータベースの厚さではこれが一番。小森陽一「村上春樹論」を紹介し、村上の「海辺のカフカ」に対する小森の批判を検証している。「海辺のカフカ」には、多くの歴史的事実と文学作品が関連しているため、小森の文学体験や漱石論など、「テクストの構造分析」「文脈」などをからめ文学と政治思想の関係に結びつけている。
野武政「ゲーテ――愛と真実を求めて」(111枚)=ゲーテといえば「ロミオ とジュリエット」かもしれないが、「若きウェルテル」は、若い読者が影響を受けて自死するのが流行したというからすごい。芸術で人が死ぬのである。現代に果たしてゲーテの思うような恋愛というものが、文学作品で書かれているのか、という視点で読むと、恋愛の不思議さを改めて思わせられる。
月野恵子「評論Ⅱ・女画師平田玉蘊」(93枚)=平田は画師として頼山陽との恋愛関係が話題になったそうだ。田崎勝子「田岡嶺雲―近代天皇制国家成立期に生きた男」(147枚)=明治の文化人の評論。秋吉好「ビワ湖他界観諸相―ダウテンダイと井上靖」(168枚)=いずれも、話の広がりの大きさで、散漫さのなかに瑞々しい存在感を示すところがあり、ビワ湖伝説の研究者がいるとすれば貴重な資料とされる可能性がある。
【熊谷文雄「顔がちがう」】
会社の慰安団体旅行という、今ではあまり行われない行事。旅行先は、韓国でのバス旅行。板門店も見学する。韓国のバスガイドは、中年ながら美人で日本語が流暢で、人気を得る。美人ガイドの話から、板門店から見える北朝鮮兵士の顔が幸せそうでない、わびしい顔になったという。また、韓国人も良い顔つきとは言えない、と感想を述べる。そこで、日本人の顔はどうかと訊くと、豊かな顔をしてると、外交辞令の感想を述べたので、一同、満足する。その話と、関西の財閥家の娘と出会った男。現在は一介のサラリーマンだが、これから男一匹の事業家としを目指している自分に、財閥の家柄の女性を伴侶にできないと、別れを覚悟して彼女にそれを告げると、女性は彼のどこまでもついて人生を賭けると伴侶となる意思をしめすところで終る。
【「みなと遊園」湖海かおる】
昭三は、妻に無断で娘の夕子を「みなと遊園」に遊びに連れてひとときを楽しむ。近くのフェリー乗り場で、昔の恋人に出会って、別れてからの消息をしる。夕子の生活ぶりも入ってなかなか面白い。
ただし、こうした小説創作は、評論に比べると、ボリュームも風格も貧弱に見えるのは確かだ。それがデータベースのある評論と、無から有を生む創作の難しさと立ち位置の違いなのであろう。
発行所=〒650-0015奈良県生駒市青山台342-98、秋吉方。「文学表現と思想の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。
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