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2016年12月16日 (金)

文芸同人誌「淡路島文学」第12号(兵庫県洲本市)

 編集をしていた北原文雄氏(71)が、本誌を発行後に亡くなったことを知った。北原氏は農民文学賞受賞など数々の賞を受けた純文学作家。伊藤桂一氏が農民文学賞の選者をされていた時に、しばしばお会いした方である。ここでは、本号の編集後記として、同人作家の作品紹介を行っているので、その部分を抜粋編集させていただくことにします。「淡路島文学」」と同人への深い愛情が心にしみる紹介文と思います。
【一根一乗さん「淡島暮色」】
  架空の市民病院事務官を定年退職した加藤俊策の目をとおして、市民病院のあり方を問う一方、加藤家の祖父が東京から鐘紡S工場へ赴任したころからの、加藤家と鐘紡S工場とS市全体像を傭瞼的に浮かびあがらせる。筆者は医師であるから、病院の運営のあり方や医療施策に詳しいのは理解できるが、主人公俊策を書家と設定し、その書への造詣の深さに驚いた。妻瑛子と俊策の微妙な関係がなかなかおもしろく読ませる力作。
【宇津木洋さん「夕暮れの雲」】
  最近忘れ物が多くなったと主人公が述懐し、認知症が始まったのではないかと思われる事象を数多く語る。これが軽妙な語りで、「昔から自分はこのていどに迂闊でぼんやりしていたという思いがある」に至っては、同感して吹き出してしまう。ユーモアたっぷりの作品である。
【鈴木航さん「宗一郎の後悔」】
  高校から大学時代の宗一郎・圭太・華の交友から、華が圭太を選び結婚したが、圭太は一年後交通事故死するまでを描く。葬儀前に華と会った宗一郎は、圭太の人間像を知る。恋仇の圭太に酷い仕打ちを後悔する話しであるが、若者らしい会話と感性に新鮮さを覚える作品である。
【長木玲子さん「猪尻侍の逃避」】
    地域史を踏まえた長木さんの連作の一つであるが、語り部にマキと山家を登場させながら、徳島藩家老の稲田家の歴史的物語への関わり方が筆者の目で書かれている。マキと山家を有効に動かすべきであったと読後思った。
【芳谷和雄さん「サイパン紀行」】
  近くの農家の男性で、よくお世話になっている先輩である。同人ではないが、父親の戦死したサイパン島へ慰霊の旅に出かけた。その土産に添えられた手紙であるが、胸を打つものがあったので、本人了解を得て掲載させていただいた。
【大鐘稔彦さん「歴史小説と取り組んでーその余話(抄録を兼ねて)1」】
  3月に出版された三千枚の長編小説『マックスとアドルフその拳は誰が為に』上・下本の執筆裏話である。7月9日、なごやかな出版記念会をしたが、そのお礼まで書かれていて恐縮である。
【樫本義照さん「灯明はいずこに」】
  友人澤田と、癌治療中のその妻節子の夫婦愛を理解出来にくい石本をとおして、人の生涯を見つめる物語である。筆者の分身らしい石本が、これまでの作品とちがって、坦々と描かれる場面が多くなっているのは、筆力を大きく向上させたと言ってよい。
【野崎俊さん「徒然入院の記」】
  お酒をこよなく好きな主人公の、お酒の失敗談が多く語られるが、お酒好きの者ならだれでも共感できるものをもつ。失敗を重ねながらも、体調を崩しながらも、悲壮感がないので、かえって面白い軽妙な作となっている。
【植木寛さん「亜利婆と玄五郎丸」】
  後期高齢者夫婦の、よか夫婦振りを描く。大晦日に正月から夫婦で互いの呼び名を、夫玄太は玄五郎丸、妻亜利子は亜利婆と決めて元旦を迎える。近親者が次々に他界していく悲哀を描きながら、この夫婦のありようは、随所におかしみを感じさせる好篇である。
【北原文雄「朝の夢」】
  ある朝のはしたない夢のお話しに、庄一の日常の断面を切り取り描く短編。
【藤井美由紀さん「緑の庭」】
  スナック経営の姉遙子が癌闘病のうちに亡くなり、妹志帆が横浜から帰り、淡路島のスナックを継ぐ。幼くして海難事故で両親を亡くし、年の離れた志帆は姉遙子に母代わりとなって育てられた。姉妹の確執もあったが、病気の介護の中で認め合うようになる。店の名「緑の庭」の命名のいきさつを、ストーリーテーラーらしい巧みな謎解きで、読ませる作品である。
  ▼松下利明さん、橋本正信さんの二人の詩人が本誌にいて、小説作品だけではない文芸同人誌を発行できることを幸いに思っている。合評会をたのしみにしたい。
  ▼追悼「二人の先生」は、本誌の支援者である溝上眼科院長溝上国義先生と、倉本皮膚科院長倉本昌明先生がこの一年で、つづいて亡くなられた。急遽三根一乗さんに執筆・をお願いして、掲載できた。ご冥福を祈念申しあげたい。
  ▼本号は三根さんと藤井さんの作品以外は短編特集のようになった。最近は㎜頁近いのが常であったが、12号は150頁ほどのものとなった。感想批評をお寄せいただきたい。(北原文雄)
発行所=淡路島文学同人会。〒656-0016兵庫県洲本市下内膳272―2、北原方
「淡路島文学」12号について神戸新聞2016年9月10日付けにおいて北原文雄氏へのインタビュー記事にしています。

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