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2016年11月 8日 (火)

文芸同人誌「群系」37号(東京)

【「桜の木が倒れた日」荻野央】
 「わたし」の住むマンションの前に、木村という老人の「木村屋敷」がある。そこに一本の桜の大木がある。「わたし」は、息子が海外に住み、最近妻を亡くした。桜の木の老木ぶりを気にかけていたが、老人の判断で木村屋敷を、壊してマンションにするのだと知らされる。子供たちのへの資産として残すためだという。そして、桜の大木が2台の重機でネジ切られるのを痛々しく目撃する。
 時代による喪失現象と、妻の喪失心を重ね合わせる男の心情を描いた現代的散文詩に読める。文体の水彩画のような透明感が、楽しめてすばらしい。日本の心情の伝統的な価値観の象徴性をもつ桜の木。それを知らないわけでもない老人が、過去との精神的決別をいとも簡単にする。世相に対する抵抗感と、妻の喪失後の不機嫌な気分が、時代の風潮への抵抗感として共感を抱かせる。
【「兄の死」ハッピー(2)小野友貴枝】
 主人公の「悦子」の実家の大坪家の兄、長男が91歳で亡くなった。昔は名字帯刀を許された由緒ある家柄だが、その息子が70歳で家を出ており農業をすることはない。戦後に再興を果たし兄の地域の豪農家が、消滅する情況にある。8人の兄弟姉妹であったので、通夜では各地の遠方から皆が集まる。
 ここでは、悦子が認知症の始まった姉をつれて、出かける。その上の姉と近くの駅で落ち合い、兄と対面する。亡くなった兄の顔つきが、生前より痩せていることから、自ら職を絶って、死に至ったのではないかと、推察する。
 家族それぞれの事情をかかえたものが、葬儀に集まる様子を、悦子の視点でドキュメンタリー風に描くことで、高齢化社会の現状を表現している。プロローグで、所有者不明の土地が8%を占めるという現状を示し、それがどのような状況から生じているかを、ひとつの事例をしめして、納得させる仕組みになっている。
 また、悦子と認知症の姉の言動を多く採用して、日本の将来に向けた皮相的風刺効果をあげている。現代性という意味では、通常の概念の小説の形に変化することもありそうと思わせ予感を含んいる。個性の発揮された特徴のある作品として面白く読める。
【評論「伊藤桂一初期の私小説『産卵』-生かされたものとしての義務」野寄勉】
 作者の伊藤桂一作品への評論は、本誌で長く継続されており、その熱意と評論に毎回納得させられている。今回も釣りに題材をとった「産卵」の梗概が素晴らしい。
 伊藤桂一氏は、なぜか釣りに傾倒し、雑誌に多くのエッセイを発表している。本編ではその動機を、戦場のなかで生き残ってきた贖罪の意味を含めて解説。それを戦場を体験したことのPTSDへの癒しでもあるとしているところは、なるほど、とその見解の現代性に新味を感じさせられた。
 ちなみに伊藤氏は住職の息子であったことから、おそらく戦場での間は、明日おも知れぬ兵士の立場で、禁欲的な修行僧のような心境になっていたようにも思える。戦場からの生還は、死に満ちた修業期間から俗世間での生活に変わったことへの精神的均衡の必要があったのかもしれない。
 わたしの記憶では、戦争から帰って、自分と母親の家事を面倒を見てくれる女性と結婚を考えた。しかし、戦場においては性的な機能は失われ、排尿の具と特化してしまっていた。そこで、機能を回復するのに、野口晴哉氏に整体治療を受けている。世俗界への参加である。昭和50年に刊行の「伊藤桂一詩集」(五月書房)には、戦後の釣り旅の題材が多くあって、「鰍の詩」では、釣り上げられた鰍が、しばらくは夢から醒めたごとき優雅な放心にあえぐが――魚籠に入れると珠玉のごとく沈む/その 観念の仕方がまたたまらない――。生命体から物質に移行する瀬戸際を視ている。また、「蝉の伝説」では、蝉の声を――テンダイ ウ―ヤク/ジョ―フク ジョウリク――と聴くのである。
  風景のなかの樹も虫も石も風などあらゆる存在物が、詩人と会話する。常に世俗と霊界とを交流する魂の人であったように思う。
発行所=〒136-0073江東区大島7-28-1-1336、永野悟方、群系の会
紹介者=「詩人回廊」北一郎。


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コメント

拙作「桜の木が倒れた日」をご講評いただきありがとうございました。文芸誌「群系」は批評が主ですが、今後、創作にも注力してゆきたいと思います。今後もよろしくお願いいたします。

投稿: 荻野央 | 2016年11月27日 (日) 05時19分

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