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2016年11月28日 (月)

文芸同人誌「日曜作家」第16号(大阪・茨木市)

【「臆見」稗田翔】
 全文カタカナでの独白スタイルの小説。カタカナにしたということの、表現効果はどのように働くか、という問題提起を含んでいる。文体でのカタカナ表記は、谷崎純一郎が効果的に用いた事例がある。「沢山の作家ガ書イテイルヨウニ、精神病棟ハモウ現世トハオモエナイ。ソコニ住ム人間モ、医師モ狂ッテイル」というのは、異常であるのだろうか。
 ここでの効果は、語り手が精神病院に入れられるという、思考の変調者の言い分を、そのまま受け入れるということになる。そこから、性格の非日常的感覚を、読者にそのまま提示する。独特の傾斜があるが、それがために病院で実質的監禁状態にする正当性があるのか。しかも異常な事件を実行した犯罪者でも、精神鑑定をうけることもない現代社会。社会人としての世間並みの感性と異なる語り手の、違和感のない存在感を浮き彫りにさせて提示している点で、この文体の必然性を感じさせる。
【「居酒屋だより」(二)妻がフランメンコを踊る夫の話」野上史郎】
 居酒屋を営んでいると、人それぞれ、訳ありの事情を持っている。今回は、掲題のとおり、妻がフラメンコのダンス教室の教師をしている。その妻の地方公演に付き合ってくと、活き活きとして旅芸人の舞台を自ら司会し、色気を売って、仕切っていることがわかる。それを知らずにいてカルチャーショックを受けるが、夫には辞めさせる権利もなければ、理由もない。結婚生活の現代性を示した話。このような、視点であるなら、かなり大きな物語に展開する可能性があって面白い。
発行所=〒567-0064大阪府茨木市上野町21-9、大原方。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。

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2016年11月25日 (金)

同人誌評「図書新聞」(2016年11月26日)評者・越田秀男氏

 《対象作品》 「カノン」右田洋一郎(「九州文学」35号)/ 「私は ずっと昔から こうよ」柊木董馬(「澪」8号)/
 「もしかして」田原明子(「海峡派」137号)/「学生たちの牧歌」中村桂子「朝」36号)「吉本隆明の『全南島論』」特集」(「脈」90号)/「人間―人類」論における生物学序説⑧」月村敏行(「VIKING」789号)/「馬の記憶」伊藤恭子(「渤海」72号)。
   〈自分探し〉という言葉は誰が言い出したのか。旅行代理店の指矩か。芥川賞受賞作「コンビニ人間」(村田沙耶香)は、〈自分隠し〉の物語。世の常識から極端に乖離した少女は、他人と関わることを避けて生きてきたが、チョットしたキッカケで“コンビニ店員”に仮装して、世間と繋がることができた。しかし時を経てこの仮装すら奇異の目で見られていることが分かりだす。しかも彼女の仮装は、いつの間にか生身の表皮に化し、コンビニ動物に変身していた。カフカの「変身」では、ゴキブリとなり掃き捨てられてしまったが。彼女の場合、生活と心の寄処としていたコンビニが職人技のごとく血肉化したとも言える。この寄処を持てない、あるいは奪われた人々は、生活と心の難民となり巷を亡霊のごとく彷徨う。向き合うはスマホばかり。
同人誌評「図書新聞」(2016年11月26日)評者・越田秀男

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2016年11月24日 (木)

第23回文学フリマ東京(11/23)に出店での様子

  第23回文学フリマ東京(11/23)の様子を《文芸同志会の広場》に記していています。となりのブースの「クライテリア」は、単価2000円ほどの本を150冊以上売り切っていた。ここは、東浩紀氏の評論グループでもあり、ブースには東氏が顔を出していた。
 ほかのブースでも、毎回100冊以上を売るところもあって、フリーマーケットらしさが、色濃くなってきていた。
 また、大坂文庫の猿川西瓜氏とも、すこしばかり文学論を交わす。こちとらは、同じことを手変え品を変え、時流に合わせて表現するだけなので、深みはでないけれど。

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2016年11月23日 (水)

文芸同人誌「海」第94号(いなべ市)

【「筏師」宇梶紀夫】
 鬼怒川の江戸時代の山村風俗を描き続けている作者である。今回は鬼怒川上流の山の丸木材を伐採し、丸太を筏にして鬼怒川を下って運搬する筏師の生活を描く。当時から世界最大の都市になっていた江戸城下町周辺の木材と石の需要は旺盛であった。鬼怒川から筏流しで、木材を運搬する筏師の視線で当時の庶民の風俗が良く調べて書かれている。
 筏師は、江戸に近い青梅の山の丸太を多摩川を使っても、下流の六郷まで筏を流し、江戸の町の屋敷建設を大いに盛りたてた。現在の高級住宅街となった田園調布の多摩川沿いに、筏道という道筋が残っている。これは、下流に丸太を流した筏師が、青梅に戻るための道筋であったという。
 本作では、鬼怒川の筏師の仕事と、丸太運送に通る川筋の説明と、周囲の人物像がおおまかに描かれている。欲を言えば、この設定をもってテーマを盛り込んでみたら、さらに厚みが増すように思う。
【「詩人 清岡卓行」久田修】
 清岡卓行は、東京・池上に住んでいたらしく、池上線池上駅近くにあったバッテンイグセンターによく通っていたようだ。かつて私自身、池上に住んでいた。この門前町のもつ静かなたたずまいというか、宗教的なものと多少持ち味のことなる霊性をもつ地であった。
 それというのも、そこは池上本門寺とその関連寺院の町で、面積の割には人口が少なかった。そのため商店街も地味で、そこに新しく店を出しても、見かけより人口が少なく、多くが撤退していた。その頃の町の雰囲気と清岡卓行の詩や散文が実にぴったりとしていたのである。現在は、高層マンションが多く建って、人口が増え、さびれていた行きつけの茶坊がにぎわう。静寂さを失ってしまい、昔のような町ではなくなっている。
 清岡卓行も原口統三も、読んで親しみを感じていたが、自らの生活には無縁のものであることは、確かである。しかし、「朝の悲しみ」や「アカシアの大連」にある美しきもの、愛しきもの存在を思い起こすのである。
 作者の清岡卓行きへの傾倒する想いと参考資料の豊富さは、貴重なものだ。
発行所=〒511-284三重県いなべ市大安町梅戸2321-1、遠藤方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎

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2016年11月22日 (火)

第二十三回文学フリマ東京(11/23)に出店

第二十三回文学フリマ東京☆ (文学フリマサイト )
 開催日  2016年11月23日(水祝)、 開催時間 11:00~17:00、 会場   東京流通センター 第二展示場
 ブース数 約800ブース
 文芸同志会は、2階展示場ブース(オー44)です。売り物は前回のものに、新作を出します。《参照:第22回「文フリ・東京」は文学の坩堝だった=北一郎
 とくに予定の新作として<「なぜ「文学」は人生に役立つのか」伊藤昭一、表紙・佐藤みーこ(送料別500円)文芸同志会発行>の続編、MarkⅡを特価販売します。
 通常時も文芸同志会振り込みか、詩人回廊「北一郎」の連絡先〒146-0093大田区矢口3-28-8-729、で販売します。

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2016年11月21日 (月)

恩師・伊藤桂一さんを悼む=穂高健一

  穂高健一氏の「恩師・伊藤桂一さんを悼む…」が「穂高健一ワールド」に掲載されている。門下生にそれぞれの想いがあるものだ。

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2016年11月17日 (木)

文芸同人誌「弦」100号(名古屋市)

 本誌掲載の合田聖文「ビームを浴びて」は、がん治療体験記として、有意義なことから、概略を「暮らしのノートITO」に紹介記事にした。
【「チマチョゴリの時」木戸順子】
 容子は65歳になって、NPOの国際交流活動に参加し、世界各国からの人々に日本語になれる交流会に参加している。そのなかで、韓国籍だが、日本人名をもつ金井君のことを思い起こす。少年時代はよく遊んだが、彼の一家は廃品回収業をしていて、周囲から差別を受けていた。そうした間にチマチョゴリをみる機会があって、それがとてもきれいで、着てみたいと言ったことがあった。金井君は後に母国に帰ってしまう。その後、彼がチマチョゴリを送ってくるが、父親はそれを怒る。
 そのほか、現在起きているヘイトスピーチの波紋についてなどが違和感をもって話題にされる。容子は思春期の金子君とのほのかな想いを胸にしまって、国際交流のイベントにチマチョゴリを着ていこうと思う。
 意図が先行して、話の展開にぎこちなさがあるとは思うが、民衆における国家と国民の関係の硬直したなかでのひとつの心情の表現にはなっていると思う。
発行所=〒463-0013名古屋市守山区小幡中3-4-27、中村方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2016年11月16日 (水)

文芸同人誌評「週刊読書人」(2016年11月4日)白川正芳氏

《対象作品》 「VIKING」788号より月村敏行連載評論「『人間-人類』論における生物学的序説(7)」
村若昭雄「跡取り 終焉」(「季刊 農民文学」313号)、「中部ペン」23号より第29回中部ペンクラブ文学賞受賞「犬が鳴く」阿部千絵、「VAV ばぶ」26号より「北川透インタビュー」(前半)「我が詩 わが故郷碧南」
藤木由紗「部屋・その時間と顔」(「全作家」103号)、奈里朋「サプライズ・ポン」、桜井清信「美しい青春」(「流氷群」59号)、高橋光子「麻子のテレビドラマ」(「群青」89号)、寺町良夫「ろくでなし」(「美濃文学」94号)
文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

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2016年11月13日 (日)

文芸同人誌「星座盤」第10号(岡山市)

【「透明な水を湛える」浅岡千昌】
 小さな島にある祖先の墓を、血縁の誰かが守らねばならなくなった。親族は、ほとんど島の外に出ていってしまう事態になった。そこで、作家として暮らしを立てている縁者の私が、島に住んで墓守りをすることになった。独身で毎日散歩と墓守だけの生活。主人公が現在書こうとしている小説は、三崎という自死した男の物語だ。しかし、幾度も編集者からだめだしを受けてしまっている。
 ここでは、孤独に暮らす私に風景はどのように見えるか、何を思うかが述べられている。それだけで充分読み応えがある。短いせいもあるが、はじめから話の方向性が見える明解性に、読む意欲を引き出された。何事も起きていないが、主人公の情念の表現で十分物語が成立している。
【「十年アラーム」三上弥栄】
 オフィスレディの恋愛。それととパワハラから転職する話。転職後の会社で成功し、社員募集の面接員となる。すると、散々に主人公パワハラをした上司がリストラされたのか、募集に応じて来たというオチがある。生活日誌的な作風であるにも関わらず、現在問題となっている過重労働に絡むようなオフィス事情を素材にしているのが、時代の流れを感じさせる。
【「真珠」濱本愛美】
 医療事務員で30歳女性の私は、彼氏が本業がありながら副業のセールス活動をするのに付き合あわさせられる。また顎の痛みの原因がわからず、医師に唾液腺に結石ができたことを知らされる。ひょんなことで、その結石がとれるところで、終わる。その間の彼氏との関係が語られるが、この世代の風俗がよくわかるのが読みどころになっている。各世代間でライフスタイルが異なる時代には、これも一つの世代の表現として読める。
【「かろうと」水無月うらら】
 人生の当面の目標として、まず独身生活を通す主義から自らのお墓をつくることにしている30代の女性の物語。面白いキャラクターを考えるものだ。若い時期から死のことを考えるということで、彼氏から求婚される状況でも、読んでいて妙な意味合いをもって読める。また、この変な趣味の女性が不自然でなく感じさせるところが表現力の妙であろう。
発行所=〒701-1464岡山市北区下足守1899-6、横田方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。

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2016年11月12日 (土)

小説に書き方にかかわる意見

産経ニュースの文芸時評11月号・芸術の「図」と「地」・石原千秋氏が、こんなことを書いているーー 「二人組み」は「中学生裏日記」のような作品で、優秀だがちょいワルの本間が性的な関心から「坂本ちゃん」をカラオケに誘っては体を触る。それの繰り返しで、ついには教師にばれてお説教されるどうということのない日常系。しかし、最後の英語の時間で二人組になって実際に会話を演じる場面ではこうなる。本間はみんなの前で「坂本ちゃんの口を吸った」うえで「坂本ちゃんの胸をブラウス越しに揉(も)み始める」。ここは「口を吸った」で終わったら通俗、さらに胸を揉み始めるから文学になる。ただそれだけだが、コツは押さえている。――
  通俗小説文学の紙一重のニュアンスであろう。作文の種類もいろいろ。

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2016年11月 9日 (水)

トランプ大統領と現実を把握出来ないメディア

 トランプ大統領の登場は、世界に驚きを与えた。そこで明らかになったのは、メディアは現実を把握できないとうことだ。オバマ政権民主党にに満足できない階層が多く存在することを知らなかった。
 これは、日本でも同じで、高給取りとなった記者やテレビ局が、低所得者層が何を考えどれだけいるか、まったく把握できていない。まして、世間知らずの官僚のいうままに情報を垂れ流すメディアは、やがて世間知らずになっていくであろう。こうしたなかでは大手メディアの報道に、距離を置いて受け取る必要があると思われる。また、個人が社会の実態を把握する必要性がでてきている。

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2016年11月 8日 (火)

文芸同人誌「群系」37号(東京)

【「桜の木が倒れた日」荻野央】
 「わたし」の住むマンションの前に、木村という老人の「木村屋敷」がある。そこに一本の桜の大木がある。「わたし」は、息子が海外に住み、最近妻を亡くした。桜の木の老木ぶりを気にかけていたが、老人の判断で木村屋敷を、壊してマンションにするのだと知らされる。子供たちのへの資産として残すためだという。そして、桜の大木が2台の重機でネジ切られるのを痛々しく目撃する。
 時代による喪失現象と、妻の喪失心を重ね合わせる男の心情を描いた現代的散文詩に読める。文体の水彩画のような透明感が、楽しめてすばらしい。日本の心情の伝統的な価値観の象徴性をもつ桜の木。それを知らないわけでもない老人が、過去との精神的決別をいとも簡単にする。世相に対する抵抗感と、妻の喪失後の不機嫌な気分が、時代の風潮への抵抗感として共感を抱かせる。
【「兄の死」ハッピー(2)小野友貴枝】
 主人公の「悦子」の実家の大坪家の兄、長男が91歳で亡くなった。昔は名字帯刀を許された由緒ある家柄だが、その息子が70歳で家を出ており農業をすることはない。戦後に再興を果たし兄の地域の豪農家が、消滅する情況にある。8人の兄弟姉妹であったので、通夜では各地の遠方から皆が集まる。
 ここでは、悦子が認知症の始まった姉をつれて、出かける。その上の姉と近くの駅で落ち合い、兄と対面する。亡くなった兄の顔つきが、生前より痩せていることから、自ら職を絶って、死に至ったのではないかと、推察する。
 家族それぞれの事情をかかえたものが、葬儀に集まる様子を、悦子の視点でドキュメンタリー風に描くことで、高齢化社会の現状を表現している。プロローグで、所有者不明の土地が8%を占めるという現状を示し、それがどのような状況から生じているかを、ひとつの事例をしめして、納得させる仕組みになっている。
 また、悦子と認知症の姉の言動を多く採用して、日本の将来に向けた皮相的風刺効果をあげている。現代性という意味では、通常の概念の小説の形に変化することもありそうと思わせ予感を含んいる。個性の発揮された特徴のある作品として面白く読める。
【評論「伊藤桂一初期の私小説『産卵』-生かされたものとしての義務」野寄勉】
 作者の伊藤桂一作品への評論は、本誌で長く継続されており、その熱意と評論に毎回納得させられている。今回も釣りに題材をとった「産卵」の梗概が素晴らしい。
 伊藤桂一氏は、なぜか釣りに傾倒し、雑誌に多くのエッセイを発表している。本編ではその動機を、戦場のなかで生き残ってきた贖罪の意味を含めて解説。それを戦場を体験したことのPTSDへの癒しでもあるとしているところは、なるほど、とその見解の現代性に新味を感じさせられた。
 ちなみに伊藤氏は住職の息子であったことから、おそらく戦場での間は、明日おも知れぬ兵士の立場で、禁欲的な修行僧のような心境になっていたようにも思える。戦場からの生還は、死に満ちた修業期間から俗世間での生活に変わったことへの精神的均衡の必要があったのかもしれない。
 わたしの記憶では、戦争から帰って、自分と母親の家事を面倒を見てくれる女性と結婚を考えた。しかし、戦場においては性的な機能は失われ、排尿の具と特化してしまっていた。そこで、機能を回復するのに、野口晴哉氏に整体治療を受けている。世俗界への参加である。昭和50年に刊行の「伊藤桂一詩集」(五月書房)には、戦後の釣り旅の題材が多くあって、「鰍の詩」では、釣り上げられた鰍が、しばらくは夢から醒めたごとき優雅な放心にあえぐが――魚籠に入れると珠玉のごとく沈む/その 観念の仕方がまたたまらない――。生命体から物質に移行する瀬戸際を視ている。また、「蝉の伝説」では、蝉の声を――テンダイ ウ―ヤク/ジョ―フク ジョウリク――と聴くのである。
  風景のなかの樹も虫も石も風などあらゆる存在物が、詩人と会話する。常に世俗と霊界とを交流する魂の人であったように思う。
発行所=〒136-0073江東区大島7-28-1-1336、永野悟方、群系の会
紹介者=「詩人回廊」北一郎。


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2016年11月 5日 (土)

伊藤桂一氏の「グループ桂」とその運営

 先日亡くなった直木賞作家・詩人の伊藤佳一氏の門下生による文芸同人誌「グループ桂」にかかわることを、文芸評論家の勝又浩氏が東京新聞に寄稿している。《参照:勝又浩氏「伊藤桂一さんを悼む」東京新聞に寄稿
  このなかで、「グループ桂」の伊藤桂一氏の巻頭について、昨年までは、若いころからの作品メモが沢山あって、それを現在の視点で加筆したり、けづったりしているということを述べていたように思う。過去に発表したものでも、どこか、推敲した痕跡があるかもしれない。また、新作も含まれている可能性もあるとおもっている。

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2016年11月 4日 (金)

文芸同人誌「駱駝の瘤」通信12号(福島市)

 福島原発事故で、安倍首相がアンダーコントロールにあると世界に宣言した福島の原発事故の収束作業。これの現場からの声として、評論の一部を「暮らしのノートITOこれは人間の国か、フクシマ」に掲載した。本誌の秋沢陽一「扉の言葉」には、文学的発想の紹介がある――あらゆる局面で権力側の人間は決して危険に身をさらすことがない。そこに例のフリッツ・ホルムの提唱する「戦争絶滅受号法案」の出番がある。「戦争が開始されたら10時間以内に、次の順序で、最前線に一平卒として送り込まれる。第一、国家元首。第二、その男性親族。第三、総理大臣、国務大臣、各省の次官。第四、国会議員。ただし戦争に反対した議員を除く。第五、戦争に反対しなかった宗教界の指導者」。庶民はこの立法精神を発想の根に据えたいーー。これは風刺小説にそのまま使えそうな素材である。
【評論「原発小説論」(3・11以前の小説―7―澤正宏】
 1980年代の小説(二)吉原公一郎「破断 小説 原発事故」を対象にしている。この小説が3・11を予言するような事態を描いていることを検証している。おそらく発刊された時代では、原発に関する関心が薄く、その利権関係や設備の構造なども理解できなくて、それほど読まれなかったであろうと推測される。
 ここでは、すでに原発の設備のメンテナンスには、作業者の放射線被ばくがつきもので、通常ではやりたがらない仕事である。そこで高給を目当てに原発のある場所を渡り歩く、専門作業員が出て来た。それを「原発ジプシー」と称して、ドキュメントにまとめるライターや写真家がいた。吉原は、彼らの取材対象と対米関係での利権関係を関連付けて予言的な作品を書いていたことがわかる。また、ここに米国からきた黒人作業員のことが記されているが、樋口健二写真集「原発」(1979年7月発行)には、米国から日本に出稼ぎ技術指導に(おそらく「GE」)きているらしき黒人の写真が掲載されている。
【「『むらぎも』論(1)二つの高台と二つの窪地」石井雄二】
 プロレタリア作家・中野重治の小説「むらぎの」に関する評論である。大西巨人、桶谷秀昭の評を引き合いに出し、「むらぎも」の冒頭に象徴的に「二つの高台と二つの窪地」についてのこだわり方に意味を追求するものように読めた。
 この高台の住人と窪地の住人をブルジョワ層とプロレタリア層の階級社会になぞらえたものと表現したことへの中野の階級意識の本心をさぐる。
 現在、マルクス主義思想による階級対立社会としてとらえる世界認識は、全的に肯定されない状況にある。どのような認識での評論になるのか興味深く思うと同時に、時代背景への理解を前提としたものになるようにも思える。
発行所=福島市蓬莱町1-9-20、木村方。「ゆきのした文庫」。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一

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2016年11月 3日 (木)

文芸時評11月号・芸術の「図」と「地」=石原千秋

今月は新人賞がめじろ押しだ。 新潮新人賞は鴻池留衣「二人組み」と古川真人「縫わんばならん」の2作。「二人組み」は「中学生裏日記」のような作品で、優秀だがちょいワルの本間が性的な関心から「坂本ちゃん」をカラオケに誘っては体を触る。それの繰り返しで、ついには教師にばれてお説教されるどうということのない日常系。しかし、最後の英語の時間で二人組になって実際に会話を演じる場面ではこうなる。本間はみんなの前で「坂本ちゃんの口を吸った」うえで「坂本ちゃんの胸をブラウス越しに揉(も)み始める」。ここは「口を吸った」で終わったら通俗、さらに胸を揉み始めるから文学になる。ただそれだけだが、コツは押さえている。
《参照:産経新聞=文芸時評11月号・芸術の「図」と「地」=石原千秋》

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2016年11月 2日 (水)

文芸時評(東京新聞10月31日)佐々木敦氏

《対象作品など》新潮新人賞・鴻池留衣(こうのいけるい)「二人組み」/と古川真人(まこと)「縫わんばならん」のダブル/すばる文学賞は受賞作が春見朔子「そういう生き物」で佳作がふくだももこ「えん」。文藝賞が町屋良平「青が破れる」。
   『文学界』11月号で、阿部和重が長編小説「Orga(ni)sm」の連載を開始している。『シンセミア』『ピストルズ』に続く「神町三部作」完結編とのことである。前二作とはまたしても趣向を一変し、いきなり作者と同じ名前の人物が登場する。二〇一四年三月三日夜、「阿部和重」宅に「ニューズウィーク」の記者を名乗る血まみれの「ラリー・タイテルバウム」が訪問する。まだ何が何だかわからないが、すでにして阿部ならではのたくらみの予感がぷんぷんする。
《参照:鴻池留衣「二人組み」 町屋良平「青が破れる」 佐々木敦》



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2016年11月 1日 (火)

伊藤桂一氏と東京新聞

 伊藤桂一氏が死去して、東京新聞の記事を待っていた。《東京新聞報道「伊藤桂一さん死去 兵士の目で見た戦場小説」
 それというのも、同新聞の後藤編集委員と懇意であるらしいことを、感じていたので、特徴のある記事や解説が期待できると感じていたからだ。短いが、期待通りの記事が書かれていた。
 それにしても、自分にとって、文学がつまらない。すべてがつまらない。と意欲が減退した。ああ。なんだかつまらなくなった。すべてが太宰治の「トカトントン」だな、,という思いをしているこの頃である。

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