文芸同人誌「海」第94号(いなべ市)
【「筏師」宇梶紀夫】
鬼怒川の江戸時代の山村風俗を描き続けている作者である。今回は鬼怒川上流の山の丸木材を伐採し、丸太を筏にして鬼怒川を下って運搬する筏師の生活を描く。当時から世界最大の都市になっていた江戸城下町周辺の木材と石の需要は旺盛であった。鬼怒川から筏流しで、木材を運搬する筏師の視線で当時の庶民の風俗が良く調べて書かれている。
筏師は、江戸に近い青梅の山の丸太を多摩川を使っても、下流の六郷まで筏を流し、江戸の町の屋敷建設を大いに盛りたてた。現在の高級住宅街となった田園調布の多摩川沿いに、筏道という道筋が残っている。これは、下流に丸太を流した筏師が、青梅に戻るための道筋であったという。
本作では、鬼怒川の筏師の仕事と、丸太運送に通る川筋の説明と、周囲の人物像がおおまかに描かれている。欲を言えば、この設定をもってテーマを盛り込んでみたら、さらに厚みが増すように思う。
【「詩人 清岡卓行」久田修】
清岡卓行は、東京・池上に住んでいたらしく、池上線池上駅近くにあったバッテンイグセンターによく通っていたようだ。かつて私自身、池上に住んでいた。この門前町のもつ静かなたたずまいというか、宗教的なものと多少持ち味のことなる霊性をもつ地であった。
それというのも、そこは池上本門寺とその関連寺院の町で、面積の割には人口が少なかった。そのため商店街も地味で、そこに新しく店を出しても、見かけより人口が少なく、多くが撤退していた。その頃の町の雰囲気と清岡卓行の詩や散文が実にぴったりとしていたのである。現在は、高層マンションが多く建って、人口が増え、さびれていた行きつけの茶坊がにぎわう。静寂さを失ってしまい、昔のような町ではなくなっている。
清岡卓行も原口統三も、読んで親しみを感じていたが、自らの生活には無縁のものであることは、確かである。しかし、「朝の悲しみ」や「アカシアの大連」にある美しきもの、愛しきもの存在を思い起こすのである。
作者の清岡卓行きへの傾倒する想いと参考資料の豊富さは、貴重なものだ。
発行所=〒511-284三重県いなべ市大安町梅戸2321-1、遠藤方。
紹介者=「詩人回廊」北一郎
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