文芸同人誌「季刊遠近」61号(横浜市)
【「紙の卒塔婆」藤民央】
夫が外で女関係が激しいことから、妻である重岡春代の視点からはじまる。広郷という夫の姓と、重岡という姓の関係がよくわからないが、夫は東京市役所に勤め、作家活動もしている。肌合いに馴染むような自然な文章タッチで、日本の軍国主義時代の生活ぶりと、人間像が描かれている。連載ものだが、意味深な感じの登場人物像の描き方が時代の空気を感じさせる。
【「赤い造花」難波田節子】
家族の古いしきたりの残る時代の女性の立場から、とくに母親との葛藤のことを思い出す話。女性の言い分だけが強く出ている。自己批判もあるが、どことなく時代性への焦点の絞りが物足りない感じがした。
【「婚活生活―グループ交際」森重良子】
女性が、現在よりより良い生活を求めて結婚相手を探す。同じ目的の女性が何となく集まってしまう。現在の社会状況では、独身男性の収入が下がる傾向のなかで、女性は独身で収入をすべて自分のために使える自由を謳歌した方が幸せという発想で、結婚しない女性も増えている。どちらも、結婚生活という共同生活が、必ずしも歓迎される状況ではなくなった時代の風俗である。
本作でも、婚活で結婚にこぎつけた人と、まだ出会いのない女性の方は、結婚生活への不安が語られる。シリーズ化のようなスタイルなので、書き進めるうちに、風俗的なものから、人間性の本質に迫るものが生まれるかも知れない。
【「扉を開けて」逆井三三】
サラリーマン社会のなかの男女交際の情念の機微を語る。竹田一郎の孤独感と、同僚の洋子というOLへのささやかな思慕を絡めて、一郎の生活感覚を表現している。作風の根底に人間の社交性と孤独性への皮肉な視点があり、面白く読める。
発行所=〒215-0003川崎市麻生区高石5-3-3、永井方。「遠近の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。
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コメント
伊藤桂一さん、好きな作家でしたね。地味ながら最後の文士のお一人でした・・。
投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2016年11月 3日 (木) 05時42分