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2016年8月 4日 (木)

文芸同人誌「小説春秋」27号(鹿児島市)

【「盆迎え」出水沢藍子】
 山懐に小さな滝壺があり、主人公の美濃さんと語り手の「私」恭子は、隣同志である。そこで、敗戦前からの昔ながらの生活をする美濃さんの夫は、亡くなっているが、浮気者でよその女と去ったようなことが身の上話で語られる。その夫のために七夕を飾る美濃さんの不動心を描き「美濃さんは、心底、女に生まれたことを喜んでいるように見えた」と「私」は述べる。そこには、自分の中の愛を慈しむ「私」の心の反射作用であるのだ。
 主人公は美濃さんだと述べたが、じつは語り手の「私」もこの世界を眺める「見者」としての主人公なのである。「私」の大学生時代の淳二郎という男性の「恭子ちゃんと、ぼくだけの秘密にしよう」という言葉を忘れられない。純粋な愛の形を保ち続けている。女性らしい愛を内面にはらんで生きる喜びを、抑えた筆致伝える。都会を離れた田園生活のなかでの、自由自在な老女たちの姿が、まるみを帯びた筆で表現されており、雰囲気小説として美意識を刺激する。
 作者はかつて雑誌「文学界」が同人雑誌推薦作掲載をしていたときの推薦常連作家であろう。読んだような気がする。どこまでも、文章芸術の道を歩む人がいるのだと、感慨を持った。
【「夢幻」杉山武子】
 これは独白体で、女心の愛というものを、生活の歴史のなかで浮き彫りし、前に紹介した「盆迎え」と同様の素材を内包している。兵隊に招集する前から交際していた精一という男性が、戦死してしまう。世俗のしきたりで、結婚はするが、その精一との純愛の思いは消えない。エピソードとして、夫を戦死で失った未亡人が、毎日夫の着物を肌に会わせることで、充実した日々を送る事例が語られる。そして、わたしは、世俗的な生活を捨て去って離婚。家庭のしがらみを離れて、心の奥の純愛の世界に住むことを選ぶ。
 告白体の小説は、人間関係の社会的な背景の存在をなかなか表現しにくい。その分、シンプルで解りやすいのであるが、単調さが見えてしまう。自分自身、そうした欠点を克服しようと試みて失敗した。これは、まとまっていて完成形を示していることで、あまり欲を望まないことにしよう。
【福迫光英「青空」】
 独特の筆力で良く書けている。いわゆる犯罪性異常者の男の起こす事件を男の内側の感性ので語る。言葉の強さ、文章の力で、人間の行動、とくに売春婦殺人や、動物虐待などの悪業を描く。言うに云えぬ現代社会の風景を表現している。
 ただ、基本的に、この男の精神の姿が、なにかを納得させるかいうと、それは表現から読めない。ちょうど、異常な殺人事件を、起きた必然性を納得しないまま、現実にあったことして、メディアが報道する範囲になにかが抜けているようなものか。そこで近隣の人が「普通の人で、あいさつもよくしていましたし、とてもそんなことをするような人に見えませんでした」というようなコメントをきいても、そのことを人間的な共通意識で納得できない。カミユの「異邦人」のような哲学性を望むのを無理にしても…。
 クライム、ノワール小説としては、充分成立するが、文学的成果が出たといえるのかどうか、考えてしまう。難しい問題提起をしているところがある。
発行所=〒890-0042鹿児島市明和1-36-5、相星方。小説春秋編集所。購読会員募集中。
紹介者「詩人回廊」北一郎。

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