文芸同人誌「相模文芸」第32号(相模原市)
【「姫、峠越え」宴堂紗也】
地元の神奈川県とその周辺は、武蔵国といわれていた。武田信玄の娘を峠越えさせる話を中心にし、郷土史から題材をとっている。なかなか面白い読み物である。とくに、文体が、庶民に身近であった講談調を取り入れて、語りに安定感がある。このところ、職業作家も語りは現代調になっているなかで、双方の良さを取り入れたリズムと味わいがある。懐かしさを感じさせて、なかなかの文才を思わせる。
【「砂時計」五十嵐ユキ子】
中年過ぎての夫婦関係の心理を描いて、文芸的な意味で、よくまとまっている。夫婦で映画館に行ったが、映画が終わって、妻の私がお手洗いにいく。当然、夫が待っていると思っていたら、先に帰っていて良いと勘違いした夫が、そこに居なかった時の記憶。その気分が簡潔な表現で、心を打つ。
それと息子を交通事故で亡くしたこと。その後の夫の行動など、断片をつないだものだが、その行間に読者の想像力を喚起する仕組みが活きている。短い作品だが、長い物語の時間を内包しているのが、効果的である。
【「やるまいぞ 須田貞明から黒澤明」登芳久】
無声映画時代に活弁士であった須田貞明という人物と、交際のあった黒澤明の家庭環境から話を進める。また、三船敏郎との関係の一面を紹介している。監督論やシナリオ論では知ることのない事情がわかり、興味深く読める。
【「夢のある日々」外狩雅巳】
どういう訳か、インターネットの詐欺メールとの交流をはじめた年金生活者の対応ぶりを描く。何億円かを処分したいので、千円を振り込んで、銀行口座を通知すれば億単位の金をおくるというのだが、そのような金がありすぎて困る状況がどうして生まれたかを説明する話が面白い。背後に、現代的な孤立した年寄りの多さや、わびしさを感じさせる。
発行所=相模原市中央区富士見3-13-3、竹内方。「相模文芸クラブ」
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
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