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2016年6月12日 (日)

文芸同人誌「海」第93号(いなべ市)

【宇佐美宏子「象のいた森」】
 名古屋市の国有林の森が近くにあるマンションに、私は25年近くすんでいる。それには理由がある。太平洋戦争中に、動物園の象がこの森に飼育係に連れられて、草を食べにきていたのだ。私は子供のときにそれを見た記憶が忘れられない。敗戦の前には、空襲で森が焼夷弾で焼かれ、人々も大勢死んだ。私の心の中には、象のいた森と、その暗さのなかの死者の魂がつながりをもって、忘れることがない。
 その国有林の森も戦後は整理され、現代的な場所になるが、時折、森の中で自死する人のことがニュースになる。頭上ではヘリコタ-が良く飛ぶ。名古屋という場所のせいか、動物園の象という素材で、メルヘンチックな側面と、常に死と向き合う作者の語り口の感性は、文学的な含蓄を含んでいる。グリム童話の大人向けの味わいを持つ。
【南柊一「曽根はどこにいる」】
 主人公は、曽根か、それに似た苗字の男。仕事場の転職をする性格らしく、薬品の訪問販売営業から、競売物件の転売不動産業をしたりしている。日常は、職に就くことで自分の存在を確立できている。
 主人公のやっている競売物件探しの仕事の内容の細部が面白い。その話の途中というか、最中に自己存在への自意識に関する問題提起がいれてある。主人公はその社会的な職業によって、存在保証されているが、それは表面的な一時的な存在である。本質的な自分の内面的な存在感について考える。名前だけで考えても、若いときも成人時も、老年期も同じであるが、中味はちがっている。名前は記号としての意味しかない。そうした現代的な問題提起を含んだ小説に読めた。
発行所=〒511-0284三重県いなべ市大安町梅戸2321-1、遠藤方。
紹介者=「詩人回廊」・北 一郎

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