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2016年4月 7日 (木)

クナウスゴール氏「小説執筆は、現実理解のための手段だ」

 スティーヴ・エリクソンさん 芸術は自分ルールで 「小説だけでなく映画や音楽に触れながら『創造とは何か?』を考えてきた。どれも自分にとっては大事なのです」
 このほど邦訳が出た長編『ゼロヴィル』(柴田元幸訳、白水社)の主人公は、米映画『陽のあたる場所』(1951年)の1シーンの入れ墨をスキンヘッドに施している。映画を偏愛し特異な編集の才を発揮する男の歩みに、60年代末以降のハリウッドの変遷を重ねた。「ちょうどポップカルチャー全体が大きく変わる時代。一種の文化的な混沌が、小説の背景として面白いと思った」
「芸術は自分のルールでやっていい。ただしそのルールが通るだけの良さが作品にないといけない。そうやって、ほかの世界へと人を連れて行くのです」
《参照;カール・オーヴェ・クナウスゴール氏「小説執筆は、現実理解のための手段だ」 》産経新聞。

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