【エンタメ小説月評】交番勤務の日常(読売新聞文化部・川村律文)
古野まほろ『新任巡査』(新潮社)は、平凡な成績で警察学校を卒業した上原頼音らいとと、優秀な女性警察官・内田希あきらの新人2人を通して、地域における警察の仕事を活写した長編だ。県警の筆頭署に配属され、大きな駅の東と西の交番で勤務を始めた2人は、交番の外に立つ立番や、家庭や会社を訪問する巡回連絡、交番内での雑用に至るまで、地味に見える仕事に意味があることを、考えながらつかみ取っていく。
終盤の展開はもちろん読ませるが、物語の白眉はさしたる出来事が起きない前半部分だろう。元警察官僚という著者だけに、交番の日常業務についてのディテールが豊かで、人々のわずかな挙動や言葉、うわさ話から、事件などの芽を察知していく警察官の視点に驚かされる。警察回りの新人記者の時に読むことができていれば、もう少しましな仕事ができたか、と思わず独りごちた。
真藤順丈『夜の淵をひと廻り』(KADOKAWA)は、修羅場を経て街の物事すべてに首を突っ込むようになった詮索魔の巡査・シドの物語だ。通り魔に襲われた被害者が加害者に変貌して起こす無差別殺傷や、十数年にわたって続く未解決の連続殺人など、山王寺という街で続く奇妙な事件に関わっていく。長い手記を、ひそかにつづりながら。警察官は登場するが、味わいはミステリーというよりホラーに近い。因果律のように人々をからめ捕っていく禍々まがまがしい出来事に対して、シドは捜査には深入りせず、住民を観察して歩き、情報を集めることで向き合う。警察小説の型におさまらない物語は、奇想の作家の面目躍如と言えるだろう
佐藤亜紀『吸血鬼』(講談社)。オーストリアからの独立の機運が渦巻く19世紀のポーランド・ガリチア地方。若い妻とともに田舎の村に赴任した役人のゲスラーは、次々と起こる怪死と、迷信にとらわれて陰惨な風習にすがる村人を目にすることになる。ウピールと呼ばれる吸血鬼におびえる村人たちと、熾火おきびのようにくすぶる蜂起の動きを底流に、ストーリーは進行していく。タイトルだけ見ればホラーのようだが、この小説は文学者肌の教養人であるゲスラーが、論理的に解決できない人の闇と向き合う小説なのだ。寒村の冬のにおいまで伝わるような、美しい文章にもひかれる。
周防柳『余命二億円』(KADOKAWA)を。建設会社を経営する父親が交通事故で植物状態となった。相続される遺産は2億円に上る。子供の頃に父から腎臓の移植を受けていた次也は、兄の一也から延命治療の中止を持ちかけられ、思い悩む。
序章として冒頭に置かれた葬儀のシーンが、読み進むにつれて効いてくる。人間のホンモノの価値とは、生きるとは――。重いテーマに迫った意欲作だ。(文化部 川村律文)
佐藤亜紀『吸血鬼』(講談社)を取り上げたい。オーストリアからの独立の機運が渦巻く19世紀のポーランド・ガリチア地方。若い妻とともに田舎の村に赴任した役人のゲスラーは、次々と起こる怪死と、迷信にとらわれて陰惨な風習にすがる村人を目にすることになる。
タイトルだけ見ればホラーのようだが、この小説は文学者肌の教養人であるゲスラーが、論理的に解決できない人の闇と向き合う小説なのだ。寒村の冬のにおいまで伝わるような、美しい文章にもひかれる。
周防柳『余命二億円』(KADOKAWA)を。建設会社を経営する父親が交通事故で植物状態となった。相続される遺産は2億円に上る。子供の頃に父から腎臓の移植を受けていた次也は、兄の一也から延命治療の中止を持ちかけられ、思い悩む。
序章として冒頭に置かれた葬儀のシーンが、読み進むにつれて効いてくる。人間のホンモノの価値とは、生きるとは――。重いテーマに迫った意欲作だ。(文化部 川村律文)
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