文芸時評3月「団塊が去りゆく時代の本」早稲田大学教授・石原千秋 の運命
「葉」としての人間を書こうとしたのが山崎ナオコーラ「美しい距離」(文学界)だ。末期がんの妻を看病するために介護休業を取る生命保険会社に勤める夫。皮肉な設定だ。「来年は、一緒にお花見をしよう」という言葉が、やさしく妻を傷つける。妻はほかに言いようがないことがよくわかっているから。彼は、義母を妻の死に目にあわせることができなかった。しかし、義母は「本当にありがとうございました。娘は幸せだったと思います」とだけ言う。妻の葬儀を終えたのち、彼は「これからは離れていくことを喜ぼう」と思う。僕の遠い親戚の話。義母が亡くなったとき、その死に顔を妻を含む娘3人に見せずに火葬場へ送った。そして、3人に手をついて詫(わ)びた。「苦しんだ顔を見せたくなかった」と。娘3人はそれを受け入れた。そんなことを思い出しながら涙ぐんだのは、還暦を迎えたせいだろうか。秀作。《文芸時評3月号 早稲田大学教授・石原千秋 団塊が去りゆく時代の本の運命》
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